※病んでるたまおちゃんと赤ちゃん花ちゃん 殺伐系苦手な方はご注意ください。 いっそ殺してやろうか。 その想いが本気ではなかったと言えば、嘘になる。 「あなたはなんにもわるくないのにね」 泣きじゃくる赤子を見つめながら、たまおは誰にともなく呟いた。 その言葉は耳障りな赤子の泣き声に掻き消されて、部屋のどこかへと行き場もないまま消えていく。 ずくずくと痛む頭を、自分自身でかちわってしまいたい。 自分の中のなにかが壊れたあの時から、その痛みは絶え間無く続いていた。 『私達、別にここにいたい訳じゃないもの』 そう、花組のひとりに言われた瞬間。 ぶつんと、頭の中で唐突に、何かが切れる音がした。 そこから先のことは、記憶にない。 気がついた時には葉の置いていった春雨を手に、家の中のものを手当たり次第に跡形もなく壊し尽くしていた。 泣きじゃくる赤ん坊の声だけが、真夏の蝉の鳴き声の様に自分の頭の中をぐわんぐわんと揺さぶっていたのだけは覚えている。 その時、唐突に気がついた。 自分だってそうだ、と。 ここにいたい訳でもない。我が儘で気まぐれな彼女達の中居教育なんて、したい訳でもない。 好いた人と尊敬する人の子供なんて、見たくもない。 そう、気づいた。気づいて、しまった。 今まで押し殺していた鬱屈とした不安や朧な不満が徐々に輪郭を持ち、葉とアンナがいなくなったことでたまおの中で枷が外れる様に弾け飛んだ。 今までの大人しさをかなぐり捨てる様に方々で暴れ回り、傷を作っては竜やまん太に嗜められた。 『そいつぁ葉のダンナが阿弥陀丸から預かった大事な刀だ。そんなことに使うもんじゃねえ』 そう言われた瞬間、気が狂ったかと思う程笑い続けたのを覚えている。 そんなこと、知っている。 いったいどれだけの間、自分が葉を見ていたと思っているのか。 優しい人だ。穏やかな人だ。緩さの中に確かな芯をもった、強い人だ。 そしてそれ以上に、冷たい孤独を抱えた人だった。 他者から虐げられ、忌み嫌われ、自分を否定され続けた人だった。それでも誰かに微笑むことのできる、優しくて、寂しい人だった。 そんな彼が、誰を傍らにおくと決めたのか。 彼と同じ孤独を抱えた、弱くて強い人だった。 『つらいのはわかるよ。でも、僕はそんなのは違うと思う』 そう真剣な眼差しで告げる小さな彼に、なにも応えず背中を向けた。否、応える事が、たまおにはでできなかった。 葉が友人だと言う彼は、ただの人間故に、時折酷く痛いことを言う。 「わるいのは、いったい誰なのかな」 ぽつりと呟いて、たまおは春雨を鞘から抜き払う。 そう、わかっている。誰も、悪くなどない。ただただ重なり続けた薄暗い焔。それが今、軋みながらたまおの内から漏れでただけだった。たまおを焼き尽くしたその焔は、その牙を目の前の赤子へと向けている。 白銀の刀身はぬらりと怪しく煌めいて、磨き上げられた鏡の様にたまおの顔を映し出した。 ―――酷い顔だ。 そう思った瞬間、可笑しくて自然と笑みが零れた。 飽きもせず泣きじゃくる赤子の声を掻き消す様に、甲高い声で壊れた様に笑い続ける。それでもその泣き声は鼓膜をガンガンと震わせて、たまおは苛立ち混じりに鞘を投げ捨てた。畳に落ちた重い衝撃に、更に泣きじゃくる赤子を無感動に見据える。 頭の痛みは、一層酷くなっていった。 いっそ殺してやろうか。 そう、漠然と思う。 この子供は何も悪くない。そうわかってはいても、この存在が全ての現況の様に思え始めた。真夏の蝉の様な赤子のけたたましい泣き声が、ぐらぐらとたまおの頭を揺さぶる。春雨を頭上へと掲げ、ひやりとした心持ちで赤子を見つめた。 これを振り下ろせば、終わる。 「ごめんね。あなたは、何も悪くないのにね」 好いた男と尊敬する女の子供を殺して。 気まぐれで我が儘な3人の娘達の教育を放り出して。 叱ってくれた、自分を支えてくれた彼の言葉をむしして。 自分の好いた人が友と呼んだ、たまおのことを心配してくれる小さな彼の言葉を振り切って。 この子を殺して、麻倉から逃げ出して、それから。 それから。 それで、いったい何になるだろう。 そう思った瞬間、たまおは膝から崩れ落ちた。 カタン、と固い音を立てて、春雨が畳の上へと落ちる。視界がぼやけたなと他人事のように思った少し後、たまおは声を上げて泣きじゃくっていた。 そうだ。意味なんてない。 そんな自分は、自分自身にとって価値はない。 そう、気づいた。気づいて、しまった。 この赤ん坊も、赤ん坊を置いていった葉もアンナも、ここは自分の居場所ではないといいながら居続ける花組の3人も、それを無理矢理受け入れ様とした自分自身も、憎くて憎くて堪らなかった。 それでも、憎く思えないのも本当だった。 望まれたなら、応えたかった。 強い人達だから、孤独を抱えながら笑える人だから、不安を押し殺して信じようとする人だから、そんな人達の子供だから。 そんな人達が、自分に望んだことだから。 応えたかった。でも、応えられなかった。 愛しさと憎悪と自己嫌悪と淋しさと、様々な感情がくるくると色を変えて、代わる代わるたまおの胸の内側を掻き乱していく。 声を殺すこともせず、叫ぶ様に泣きつづけた。 いったい、どれ程そうしていただろう。 ふと、赤ん坊の泣き声がやんでいることに気がついた。ぼんやりと赤ん坊に顔を向ければ、つぶらな瞳がじっとこちらを見つめている。そんな赤ん坊と畳に転がった春雨を交互に見遣り、たまおは熱っぽく痛む視界と頭を抱えたまま、のろのろと赤ん坊に近づいていった。 いっそ殺してやろうか。 その想いが本気ではなかったと言えば、嘘になる。 けれど、けれど、それでも。 この子は、なんという名前だっただろう。 孤独を抱えながら笑えるあの人と、不安を抱えながら信じようとするあの人の。 自分が好いた彼と、尊敬する彼女の愛したこの子は。 この子の、名前は。 「………………はな、ちゃん」 記憶を辿り、枯れた声音でぽつりと呟いても、赤ん坊は何も答えない。 けれど、僅かにその指が震えた。たまおを見つめたまま、赤ん坊の手が微かに動く。 「……………は……な、ちゃん。はな、ちゃん」 自分に伸ばされた小さな掌を握りしめ、たまおはそっと目を閉じる。 今はまだ、この全てを受け止めることはできない。心の底から愛すことも、まだ、できない。 けれど、いつか。いつの日にか。 「あの二人の子供だから」と憎むのでも愛すのでもなく、心の底からこの子自身を愛せる日がくるだろうか。 ぎこちない朝にいじらしい花を 殺してしまいたい。 けれど、この存在を愛しく思うのも、紛れも無い本心なのだ。 === たまおちゃんお誕生日おめでとうございました。 全くもって祝ってなくて申し訳ない。 花ちゃんを託された時のたまおちゃんに思いを馳せる今日この頃です。 彼女が色々なものを受け止めて心から穏やかになれるのは、もっとずっと先の話なんだろうなと思います。 それでも彼女は悩んで、自分自身と闘って、足掻きに足掻き続けるんだろうなとも思うのです。 2015.07.05 top |