※学パロ


「さむいなぁ」

そう言いだしたのは、ハオの目の前でぬくぬくと炬燵に包まった葉だった。
いったい、この片割れは何を言い出すのか。
そう怪訝に思いながら、ハオは僅かに首を傾げる。厚手のセーターを着て下半身を炬燵に深々と潜り込ませたその姿に、寒いという言葉は到底似つかわしくない。

「充分あったかそうだとおもうんだけど」
「そりゃ、足とかはな。でも、背中がさみぃ」

ハオが出ろっていうからだぞ。
炬燵の上に顎をのせながら不満そうに唇を尖らせる葉に、ハオは甘い溜息をついた。
若干理不尽な気はするものの、こうして甘えられるのは案外嫌いではない。

「当たり前じゃないか。葉が炬燵独占しちゃったら僕が寒いもの」
「そこはかわいい弟にゆずってやろうとか思わんのか」
「それを言うなら、お前こそ尊敬する兄にそんな思いをさせないでやろうとは思わないのかい」

葉の軽口にさらりと切り返せば、件の片割れは「うえー」とか「そんけー?」とか言いながら、もごもごと口を動かしている。恐らく、少し眠いのだろう。
そう思うハオも少しだけ眠い。眠いというか、温いというか、なんというか。まったりとした空気感は心地よいものの、それは幾分暇なものだ。
葉が反論してこないので、手持無沙汰になったハオは炬燵の中央に置いてあった蜜柑の籠にのろりと手を伸ばす。
艶々としたオレンジ色の塊は美味しそうだ。無造作に爪を立てれば、甘酸っぱい香りが空気に溶ける。そんな香りに誘われるように、ぺたりと炬燵に上体を倒していた葉の視線が動いた。ハオの手元を見、そして亜麻色の瞳はそのまま赤茶の瞳を捉える
葉の眼差しを感じながらも、ハオはもくもくと蜜柑を向き続けた。そもそも、食べるつもりはあまりない。まぁ、向いてしまったからには食べるが。そう何ともなしに思いながら、ひとつずつ、薄皮まで丁寧に丁寧に剥いていく。
缶詰に入っている様な艶々とした綺麗なオレンジ色の房がハオの前に並び始めると、葉がもぞもぞと動き出した。
それを視界の端に捉えながらも、ハオの手は止まらない。
何をするのかは何と無くわかっている。
そして、どうやらその予想は外れなかった様だ。
体を起こした葉が、一瞬ハオの視界から消える。そして、ひやりと足元を掠めた冷たい空気に、葉が炬燵の裾を持ち上げたことがなんとなくわかった。そのまま何かがもぞもぞと炬燵の中を這い、掌がハオの太ももに触れる。
すぽ、と蜜柑を剥くハオの身体と炬燵の間から、葉の頭が現れた。炬燵の中を潜ったせいか、髪がぐしゃぐしゃと乱れている。けれど本人はそんなことにまったく頓着しないまま、くるりと体を反転させた。ハオの胸に後頭部を預け、布団へと包まる様に炬燵へと体を収める。

「よう」
「うーん?」
「なぁに、これ」
「いや、なんつーか」
「うん」
「寒くてさ」
「うん」
「あと、蜜柑喰いたいなぁって、思ったんよ」

そうハオの方を上向きながらふにゃりと笑う顔に、ハオは小さく苦笑する。
丁度ハオが蜜柑を剥ききる頃にこちらへと寄ってきたのも、態となのだろう。葉の思惑通りだ。その言葉と同時に、最後の一房が剥き終ったのだから。

「僕が剥いたのに」
「だって、お前別に喰いたいわけじゃねぇだろ」
「おや、なんでかな」
「だって、綺麗に剥いとるから」

当然の様に続けた葉に、ハオは僅かに口元を緩める。
何も気にしていない様で、本当に他人をよく見ている弟だ。

「ふふ、あたり。でも、欲しいって言われると途端にあげたくなくなるなぁ」
「なんだそりゃ」
「人情ってやつだよ」
「ハオのいう事はたまによく分からんなぁ」

そうのんびりとつぶやく葉は、すっかりとハオの胸と炬燵の間に身体を落ち着けてしまっている。本人曰く、背中が寒かったという不満も解消されて満足したのだろう。

「欲しいなら、ちょうだいって言ってごらん」

そう冗談の様に囁いて葉の頭に自分の顎を乗せれば、「うえー」とか「おもてぇ」とか言いながら、片割れが不満そうに唇を尖らせる。照れ隠しだ。それもよく分かっている。
何故なら、今葉がちっとも抵抗しないからだ。

「いわないなら、あげられないなぁ」

そう呟くハオの気分は、九割方綺麗に剥いた蜜柑を片割れの口へと放り込む方向に傾いている。もともと食べる気もあまりなかった。けれど、もう少し。もう少しだけこの時間を引き延ばして、もう少しだけ葉との言葉遊びを楽しみたい。そんな気持ちが、ハオの中で鎌首をもたげている。そして、葉がなんだかんだそんな自分を甘やかしてくれることも、ハオは知っていた・

「んー…うー…うーん…」

また口をもごもごとさせながら、葉がちらりとハオの方を向く。

「にーちゃん、ちょーだい」

開かれた唇からいつになく甘えたな口調で告げられて、ハオは一瞬面喰った。なんだ、その妙に鼻にかかった、強請るような声は。

「ハオ、早くしろよ」

オイラちゃんと言っただろ。
そう不満げに告げる葉は、すっかりいつもの葉だった。
なんだかうまくやられたような、そうでもないような。
そんな複雑な気分になりながら、ハオは片割れの要求通りに、開かれた口へと蜜柑を放り込んでやる。口内へと広がった甘酸っぱい香りに、葉の頬が嬉しそうに綻んだ。
手持無沙汰になったハオは、葉を腕の中に抱え直し、催促されては蜜柑を片割れの唇へと放り込む作業を繰り返す。
その場に流れる空気は、相変わらず穏やかだ。
けれど、暇ではない。
のんびりと甘えてくる葉を構いながら、ハオは「本当にかなわないなぁ」と心の中で一人ごちた。



こたつとみかんとあまえたのはなし



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2014年1月26日の武井プチオンリーで初出した無料配布ssペーパーでした。
1月のイベントでも配って殆ど捌けたのでサイトにも再録です。

2015.01.25

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