※ハオ葉でほの温く肌色。


疲れた。
そう、心から思った。


ほの暗い闇の中。肌に纏わりつく様な、淫靡な気配を孕んだ空気。まるで鉛か何かの様に重くなった手をつき、葉はのろりと上体を起こした。体重の乗ったベッドのスプリングがきしりと鈍く鳴る。いつの間にか清められたのか、さらさらとした素肌が触れるシーツは心地良い。するりと滑り落ちた掛布から剥きだしの肩がのぞいて、冷たい空気に身体が小さく震えた。それに、淡く苦笑する。今迄散々文句を言ったせいか簡単に体を清めるところまではしてくれるようになったものの、どうも服を着せるというところまでは気が回らないらしい。
視界の端に、ベッドの淵へと腰かけたそんな彼の背中が映る。

「…オイラも」

むき出しの白い背中。暗闇の中から浮かびあがるそれに緩く抱き着きながら強請ると、ペットボトルを口につけたままのハオと目があった。にやりと、その艶めかしい唇の端が意地悪につりあがる。そのまま唇を重ねられて、緩く割開かれた。流れ込んできた水に瞼を閉じる。口移しというにはあまりに長いキスの後、散々口内を荒らした舌先が軽く唇をなめて離れていった。上がってしまった息を小さく笑われる。

「なぁに、足りないの」

そう告げる赤味を帯びた瞳が、嗜虐的な色を宿す。
それすら、酷く綺麗だった。そして、そんな形でその裏側にある感情を隠そうとする彼が、ハオが、ひどく愛おしかった。ひとりの人間として、愛しかった。

『皆、消えてしまえばいいんだよ』

お前と僕の二人以外。
そう冷めた声音で語るその眼差しは、言葉とは裏腹にいつも薄暗い影を宿している。
自分も、昔そう思っていた。だからこそ、分かる。
消えることを望むのは、受け入れて貰えないと思っているからだ。異端だと虐げられ、危害を加えられることを無意識のうちに知っているからなのだ。
難攻不落の堅牢な鎧と鋭い憎悪の刃の下に隠したのは、驚く程脆弱で軟からな心。
傷つきたくない、受け入れられたいと無意識に叫ぶ弱く純粋な、幼い彼だ。
彼はただ、恐れている。彼を慕う家臣達にも思いを向けるからこそ、裏切られ、異端視され、傷つけられることを恐れている。そのことで、傷ついてしまう自分を酷く恐れている。
訊かれてもいないのにいらないと応えるのは、本当は、どうしようもなく欲しいからだ。意識を囚われ、欲しくて欲しくてたまらないのに、それが手に入らないと思っているからだ。
葉は、そんな風に不器用で危うい彼が、たまらなく愛おしくなる。

「おう」

そう応えて抱きしめれば、不自然な沈黙がその場を満たす。
ゆるりと背中に回された腕は、凶暴な瞳の色とは裏腹に、ひどく優しいものだった。その指先が腰を辿り、背骨を撫で、肩甲骨へと触れる。肩を掴まれたと思ったら、再びベッドへと押し付けられた。二人分の体重を受け止めたベッドのスプリングが、ぎしりと一際大きく鳴る。

「言うじゃないか。………煽ったのは、お前だよ」

蜜が滴る毒花の様に艶やかに微笑んだ唇が、それとは裏腹な、ひどく柔らかい温度を自分のそれへと落とす。
器用な癖に、不器用な男だ。柔軟な癖に、ひどく凝り固まっている。ひとりで何でも手に入れられる癖に、根本的にはひとりではいられない。自分と彼は、裏腹な様でひどく似ている。


「お望み通り、めちゃくちゃにしてやるよ」


なんて。
そんな風に悪ぶってみせたって、絡められた指先は、ひどく淋し気なのだ。



ひとりぼっちを覚えないで



にゃぁ、という甘い鳴き声にハオは一度閉じた瞼を再び開いた。
いつの間にかベッドに上ってきた大量の猫。それに小さく苦笑して、ハオはその小さな頭を撫でる。

『じゃあ、またな』

そう告げて、この場を後にした彼を想う。
伏せられた瞳に浮かぶ憂いに、思わず瞼へと唇を寄せた。淡く触れた唇を離すと、小さく微笑まれる。名残惜しむ様に葉の指先がハオのそれを軽く撫で、離れていく。
窓から遠のいていく背中を見送り、ハオは再びベッドへと身を沈めた。

「……お前たちには、分かるんだね」

彼のいないまどろみから目覚めた唇で小さくつぶやき、ハオはまだ体温の残るベッドからするりと抜け出した。
乱れたシーツからは、仄かに彼の気配がする。

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2014.12.17

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