※小話まとめその6 原作ハオ葉でmemoからの格納1本、初出2本です。 2本目がそこはかとなく雰囲気がいかがわしいので、苦手な方はちょっとご注意下さい。 「よう、すきだよ」 ハオは、常に一方的だ。 突然現れては独り言の様に想いを口にし、微笑み、髪を撫でて去っていく。 「だいすき」 繰り返し繰り返し告げられる声音や言葉は、ただただ甘い。囁かれる度に、酷い羞恥が葉の胸へと募る。 …偶然な訳がない。 会う度、"その瞬間"にぴたりとタイミングを合わせて口にされる言葉が、偶然である訳がなかった。 「…ふふ。だったら、ぼくはあいしてるよ」 試しに、自分の方がお前を好きだと心の中で呟いてみた。途端、ハオから嬉しそうに微笑み返される。 …嗚呼、やはりそうだ。 「すきだよ、よう」 お前が好きだと繰り返し訴える葉の、言葉にならない声音。それに、ハオは応えていただけなのだ。 「拗ねないでよ。だって…あんなに好きだって言われているのに、応えない方が酷いじゃないか」 「………ちょーしのんな、ばぁか」 背中から抱き着いてきたハオの頬を、葉が軽く叩く。ぺちん、と触れ合った皮膚が渇いた音をたてても、ハオは楽しげに笑った。 「そういうところも、何だかんだで好きだろう」 断定口調で言われた台詞を、否定出来ない。それが何よりも悔しかった。 「ぼくも、そんなようがすきだ」 嬉しそうに頬を擦り寄せながら告げられれば、尚更葉が否と言える訳もないのだ。 === 葉は、変わってしまった。 変わった、とはいっても、それは決してマイナスの意味を孕んだものではない。 むしろ、ハオにとって葉の変化は好ましいものだった。葉の変化にハオが感じるものを更に俗物的な言い方で表すならば、「好都合」や「優越感」とも言い換えられるかもしれない。 葉を変えたのは、自分だ。 「………なんだよ」 葉はじっと自分を見詰めてくるハオに、不機嫌そうな顔をした。 これも、葉の変化の内の一つだ。ハオ以外に対してなら、葉はへらりと笑って見せただろう。 「いや、何でもないよ」 「………それなら見るなよ」 葉はぶすくれた表情のまま、ふいとハオから視線を逸らした。ハオは、それでもじっと葉を見詰めつづける。 ハオに抱かれてから、葉は変わった。 時折、匂い立つ様な色香を滲ませる様になった。そういう風に、ハオが変えてしまったのだ。 葉が纏う雰囲気は、静謐だ。清浄な場に満ちる空気の様に凜としているのに、何処か穏やかさがそこには横たわっている。 葉の傍らにいて安堵は覚えても、艶かしさや淫靡さを感じることはない。 確かに発育途中の身体は外郭の線も甘く、所々幼さが滲む。けれど、れっきとした男の身体だ。女のような括れもなければ、柔らかさもない。肌に触れれば鍛えているのだとわかる硬さをもった筋肉が、葉の皮膚の下で熱く惷く。春雨を握る掌は硬くて、触れられると少し痛い。性格的にも無頓着なせいか、余り手入れなどしていないのだろう。 けれど、そんな葉が不意に艶かしい顔をする。 瞳を細めて、横目にハオを見やってくる。 その一瞬が、ハオは堪らなく好きだった。 他者からみてもあからさまにわかる変質に興味はない。 葉とハオの間だけで解る、極々僅かな変化。 葉のそれは、ハオの幼い部分を酷く満足させた。自分自身の思考に、ハオは薄く笑みを履く。 "幼い"。 千年も生きている自分には、不釣り合いな言葉だ。 この感情も、葉も、なにもかもが。 葉は、変わってしまった。 けれど、恐らくハオ自身も変わってしまったのだ。 気づかないような、極々淡い変質。けれどそれも積み重なれば、確かなものとなって表出する。 「本当に面白いなぁ、お前は」 ハオの言葉に、葉が変な顔をする。 「何を言い出すんだ、こいつは」。そうあからさまに顔へと書いてある葉に、ハオはくつくつと咽を鳴らして笑った。 === 「好きだなぁ」 そう唐突に呟いたハオに、葉は瞳を瞬かせた。 葉の向かいに頬杖を着いて腰掛けたハオが、不思議そうに首を傾げる。 「葉?」 「…ハオ、お前また言ってることと考えてることがごっちゃになっとるぞ」 「……」 葉の指摘に、ハオが渋面を作った。 霊視の力のせいか、ハオはたまに言っている事と考えている事がごっちゃになる癖があった。確かにハオからすれば、相手が口にする言葉と口に出さずに考えている言葉に差はないだろう。ハオにはどちらも同じ様に届いているからだ。ハオの中で、その境界線が酷くぼんやりとしたものなのは想像に難くない。 葉と会話するときも注意しているのだろう。けれど気を抜いた瞬間に、ハオのその癖はふと顔を出す。 渋面を作るハオに、葉は小さく微笑んだ。切なさと、愛おしさと、許諾と祈りを合わせて溶かした様な、そんな笑みだった。 「ハオ、オイラも好きだぞ」 名前を声に出した後、葉は心の中でそっと続ける。 数旬の沈黙。僅かに鼓膜を震わせた、呆れたような溜息。 そして。 「……ばかじゃないの、よう」 そう困った様に続いたハオの声音に、葉は小さく笑った。 片割れの魂が孤独に過ごした1000年。それを簡単に埋められるとは思わない。 それでもどうか、今この瞬間だけは、彼にとってその力が幸せなものであればいい。 葉はそう、願う様に思った。 せめて境界線までは手を離さないで 仄かな体温と淡い接触。 たとえ、それだけの繋がりだとしても今は、まだ。 === 原作の二人には、これくらいの淡い空気感が似合うかなぁと思います。 2012.12.13 memoからの格納+初出 top |