※学パロ ギャグ風味に肌色です。 今回ハオさんが多少キャラ崩壊紛いの仕様になっているので、苦手な方はご注意下さい。 「ようー」 でろでろに蕩けた、やけに甘ったるい声音。 耳慣れない声で聞き慣れた自分の名前を呼んでくるハオに、葉の思考は完璧にフリーズしていた。 クリスマスイブという少し特殊な日常も、後数時間で終わりを迎える。 友人達はつい先程帰宅したばかりだ。クリスマスイブだというのに――否、だからこそというべきか。いつもの面子で麻倉家に集まり、鍋を囲んでいたのである。葉とハオが場所とケーキを提供する代わりに、夕飯の食材は他の面々が持ち寄った。翌日のクリスマスは、友人達も各々の家族と過ごすらしい。 急な仕事で数日前から両親が家を空けた、ハオとふたりきりのクリスマス。 それが、嫌な訳ではなかった。 恋人でもある片割れが、両親のいないのに託けて、"そういうこと"を期待しているのも知っている。わかっては、いた。けれど照れ臭くはあっても、自分がそういうものを望まないという訳ではなかった。 それでも、せっかく奮発して高い苺を購入し、手立てのホイップクリームまで用意しようとしたのに。 そう、少しだけ残念な気持ちもあった。それを葉が友人達に吐露した結果が、今日の集まりである。暖かい鍋を突きながら、和気藹々と食卓を囲む。ハオは少しだけ不満そうだったが、それでもなんだかんだで夕食を楽しんだ様だった。 そんな数時間前のことを思い出しつつ、葉はふわふわとした充足感に満たされていた。柔らかい気持ちのまま、洗い物に手をつけようとしたところでふと止める。視線の先には、ケーキ作りで余ったホイップクリームのボウルがあった。捨てるのはもったいない。けれど、これだけ食べるのもなんだか妙だろう。葉がそう余らせた生クリームをどうしようか頭を悩ませていた、そんなときだった。 妙に甘ったるい声音で、ハオが葉を呼んだのは。 「ようー」 ギョッとして振り向いた先には、ほんのり頬を染めたハオがいる。ふにゃんと蕩けきった笑みを浮かべた兄を見止めた瞬間、葉の全ては呆気なく硬直した。 ハオは、案外寂しがりやで甘えただ。他人と葉が仲良くしていると拗ねたり、葉には良く解らないハオなりの基準で怒ったりと、妙に子供っぽい一面をみせてきたりもする。 けれど、ここまで甘えた全開の声音や笑顔を向けられた事はない。 葉の見慣れたハオの笑みは、嬉しいのを必死で隠そうとしているくしゃくしゃの顔だ。後は他人に向ける愛想笑いか、肌を重ねた後で時たま見ることの出来る、物凄く甘い笑顔くらいだろう。それも、決して頻度が高いとは言い難いものだ。けれど、今の笑みはその比ではない。 ハオと共に過ごした時間の中でも歴代史上稀にみる、デレデレの笑顔だった。 「よう、よう」 そんなハオの笑顔で葉が硬直しているのを良いことに、件の片割れはふらふらしながら葉に近づいてきた。危なっかしい足どりに慌てて駆け寄ると、ハオは嬉しそうに笑み崩れる。至近距離でその笑顔を向けられた葉は、何だか言い表しようのない羞恥に襲われた。正直余りにもデレデレ過ぎて、見ているこっちが恥ずかしい。おまけに、今のハオはいつも以上にマイペースだった。近づいてきた葉をあっさりと抱き寄せ、その肩口に顔を埋める。そのまますりすりと甘える様に額を擦り寄せられてしまい、葉はすっかりと困り果ててしまった。 「は、はお?」 「よう…ようー」 葉が名前を呼べば、ふにゃふにゃの笑顔でハオも名前を呼び返してくる。後はハオの独壇場だった。 鼻先同士が触れ合ったのを合図にする様に、頬や唇はもちろん、額や瞼、はたまた耳朶や鼻先にも次々と口づけられていく。キスの雨という程穏やかなものではなく、どちらかというと嵐に近かった。 「ハ、ハオ?どうしたんだ、お前」 「んー?…わかんないけど、なんか…すごく、きもちいいー」 ハオは吐息に混ぜる様にふふっと笑い、嬉しそうに葉を抱きしめてくる。 「…ん?」 しかし、その時葉はある事に気がついた。 葉が知っているハオの匂いの中に、嗅ぎ慣れない匂いが混ざっている。心なしか、触れ合った肌から感じる体温も高い。 まさか、と葉は咄嗟にテーブルの上へと視線を走らせた。リゼルグと蓮が持参した飲み物の空き缶が、そこには何本も並んでいる。 「…ハオ、ちょっとこっち向け」 「んー?」 葉が恐る恐るそう口にすると、ハオは素直に従った。とろんとした赤茶の瞳にじっと見つめられて、思わずドキリとする。ハオからは、石鹸とは違う甘い果実の香りがした。 いや、しかし。 自分もハオも、未成年故に"ソレ"を試したことはない。仮に葉の予想が正しかったとしても、果たしてこんな風になるものなのだろうか。 頭に浮かんだ疑惑から穴が空くほどまじまじと自分を見つめてくる葉に、見つめられたハオはにっこりと満面の笑みを浮かべた。 そして。 「っ、ん!?」 ちう、とやけに可愛らしい音をさせて、唐突に口づけてきたのである。突拍子もないハオの行動に、葉は目を見開いた。咄嗟に引き離そうとしたものの、すぐにそれを断念せざるを得なくなる。ハオの舌先がするりと口内に滑り込み、葉の中を好き勝手に暴れ回り始めたからだ。逃げる舌を優しく、けれどどこか有無を言わせない仕種で絡めとられ、吸い上げられる。舌先を軽く甘噛みされると、ゾクゾクとした甘い痺れが葉の背筋に走った。弱い上あごの部分を執拗に刺激され続けて、とうとう耐え切れずに腰が砕ける。それを予想していたかのようなハオの腕に柔らかく抱き留められて、テーブルへと引き倒された。粘着質な水音が、鼓膜からも葉の羞恥を煽る。 しかし、ここで漸く予想は確信へと変わった。 触れ合った舌先から感じたのは、アルコール特有のそれだ。 やっぱりこいつ酔っ払ってやがる。 好き勝手に口内で暴れ回るハオへと無意味でささかやな抵抗をしながら、葉は呆れ混じりに思う。恐らく、何かの拍子にジュースの中へとアルコールが紛れ込んだのだろう。店で購入したものではなく、リゼルグと蓮が自宅にあったものを適当に持ってきていたからだ。 「ん、ンんッ…」 しかし、原因がわかったからといって事態が変わるわけでもない。 長い長いキスの後。ハオの口づけから漸く解放された葉は、大きく息を吸い込んだ。熱と愛撫でぐちゃぐちゃになった頭の片隅で、「なんでこんな恥ずかしい思いをせないかんのだ」と僅かの不満が鎌首をもたげてくる。けれど、それ以上に息が苦しい。なんとか酸素を取り込もうと、葉は荒く胸を上下させて浅い呼吸を繰り返した。そんな自分の頬へと、件の片割れは宥める様に柔らかい口づけを繰り返し落としてくる。その頭を、出来ることなら全力でひっぱたいてやりたかった。しかし、その意志に反して身体は今だに動く気配がない。結局なにもできないまま、葉はぐったりとテーブルに横たわることになった。今の所はハオのされるがままだ。抵抗する気力もない。 「ようー」 「………うえ?」 いったいこいつをどうしろって言うんだ。 葉がそう心の中で悪態をついた瞬間、ごとんと鈍い音がする。 その音で反射的にハオをみやれば、どこまでもマイペースな片割れは満面の笑みでもって葉の眼差しを受け止めた。 「ようー」 愛おしそうな声音で名前を呼ばれた瞬間。 普段とは裏腹に、葉の背筋を嫌な汗が伝う。片割れの左手には、何故か余らせた生クリームのボウルが抱えられていた。 ……いったいそれを、どうするつもりなのか。 にこ、っと蕩けそうな程に甘い笑みを浮かべたハオとクリームの組み合わせに、嫌な予感しかしなかった。 いじけたあの子の横顔に 「ああ、そこ終わったら次は流しな」 「……はい」 翌日。 麻倉家の台所には、不機嫌なオーラを垂れ流す葉と、そんな弟に逆らうことなく従うハオがいた。 寝間着代わりの浴衣を着崩した悩ましい姿のまま、葉は椅子に腰掛けて次々と片付けの指示を出していく。曰く、その格好は「ハオへの嫌がらせ兼お仕置き」らしい。今日から二週間の間可愛い弟兼恋人に、所謂「お触り禁止令」を発布されたハオにとって、それは確かに効果覿面なお仕置きだった。全くもって、葉さんはよく分かっていらっしゃる。 しかし、今回ばかりは甘んじてその罰も受けよう。 『………え』 遡ること数時間前。 肌寒さで目覚めたハオが見たのは、あられもない格好で自分に台所のテーブルへと組み敷かれた弟の姿だった。 しかも、ボウルに入っていた筈の生クリームはテーブルや床に零れた挙げ句、何故か自分と葉の身体も生クリーム塗れなのである。口内には、クリーム特有の甘い味が僅かに残っていた。おまけに、葉の身体はクリームだけでなく、デコレーション用のチョコレートシロップやらなんやらでベタベタの状態になっている。白い肌には朱色の痕がこれでもかとばかりに咲いていた。しかも、可愛い可愛い恋人は、瞳を潤ませた真っ赤な顔でハオを睨みつけているのである。 寝ぼけたままでいまいち現状の把握が出来ていなかったハオは、一瞬夢かと思った。 友人達と過ごすクリスマスイブも、確かに楽しいものだった。けれど、両親がいないのに託けて葉と散々いちゃつこうという目論見が、見事に外れた。それに不満がなかったといえば嘘になる。そんな自分が、都合のいい夢を見ているのだろう。 (……いやだなぁ、僕ったら。) 我ながら煩悩の塊過ぎる。 そう思いながらも、ハオはクリームに塗れた片割れの頬をぺろりと舐めてみた。 途端、葉の身体がびくりと甘く跳ねる。甘いものはあまり好きではない。けれど、葉に掛かっているなら別だなと、熟れきった思考でぼんやり思う。 が、しかし。 『…起きたんならとっとと退け!!このバカハオ!!』 葉から叩き込まれた綺麗な右ストレートで、ハオの意識ははっきりと覚醒した。 そこからは、もう散々だった。 朝っぱらから台所の冷たい床に正座させられ、葉から延々と説教をくらい、「もう2、3発殴らせろ」と何だか目の据わった片割れに5発程殴られた。それに思わず突っ込めば、情け容赦のない綺麗な回し蹴りを側頭部に叩き込まれて、流しの角に頭をぶつけた。「さっき2、3発っていったじゃん」と空気を読まずに告げた数分前の自分を、あれ程呪ったことはない。 完全なる低空飛行を辿っている片割れの機嫌を少しでも上昇させようと、ハオは暴君と化した葉に逆らうことなく、名誉挽回に無心で取り組んでいる真っ最中だった。 「台所が終わったら居間も片付けろよ。ひとりで」 「………」 あの惨状をか。 そう居間の状態を思い出しながら思う。食うだけ食って後片付けもせずにとっとと解散した友人達(一番小柄なお人よしの彼は除く)を、今日ほど怨んだことはない。 あれを。ひとりで。 そう遠くを見つめながら現実逃避しかけたハオの耳に、片割れの冷徹な言葉が響いた。 「返事」 「………はい」 アイツら、後で覚えてろよ。 自分のことはすっかり棚上げしつつ、ハオは友人達への報復を誓った。それでも手は止めずに、葉の指示通り流しを丁寧に磨き上げていく。我ながら良い仕事っぷりだ。 けれど、ちらりと盗み見た愛しの片割れは、相変わらずの仏頂面でそっぽを向いている。 ……いじけて不機嫌そうなその横顔に、キスしたいな。 なんて。 やったらそれこそ怒られそうだったので、ハオはあえてすることにした。どちらにしろ、もう怒られているのだ。その要因が一つ増えようが二つ増えようが、大した変化はない。 そう思って、無防備な葉の頬に口付ける。すると、そこが鮮やかな朱色に染まった。意外な反応に目を見開く。けれど不満げに自分を睨みつけてきた顔から察するに、意外と満更でもないらしい。 きっと、今日という日はそんなものなのかも知れなかった。 ……そのあと再び殴られたことについては、あえて言及しないことにする。 === そんなこんなでクリスマスssでしたー いつも以上にぶっ飛んだ感じで、ハオ様も書いてる本人も匙加減が良くわからなくなったのは内緒です。 2012.12.28 top |