※学パロ
双子と両親でほのぼの話。

「皆、明けましておめでとうございます」
「はい、おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「おめでとうなんよ」

そんな幹久の挨拶を皮切りに着いた、家族揃っての元旦の食卓。
茎子手製の色とりどりのお節料理を突きながら、まったりと過ごす時間は穏やかだ。

「ハオ、葉。幹久さんもみて」

適度に腹も膨れ、火燵で寛いでいると自然にまぶたが落ちてくる。テレビをみるハオの傍らで、葉はごろごろと寝転んでいた。幹久は蜜柑を食べながら、息子たちを愛おしそうに見つめている。
そんな中で、茎子が古い臙脂色の冊子を取り出してきたのだ。

「うわぁ、懐かしいねぇ…!」

首を傾げるハオと葉とは裏腹に、幹久は思い当たる節があったようだ。
元々細めのたれ目が、笑う事で一層優しげになる。そんな幹久に、茎子も愛おしそうに微笑んだ。妻から冊子を受け取り、幹久は確かめるようにそっとその表紙を撫でる。
埃っぽいながらも丁寧に保管されていたとわかるそれには、『1985〜1986』とだけ書かれていた。

「とうさん。なに、それ」
「ああ、これは君達の生まれた時のアルバムだよ」

ハオの問いに、幹久が嬉しそうに笑った。

「島根からこっちに出てきたときに、荷物に紛れてこれだけ見つからなかったんだよ。どこにあったんだい?」
「それがね、幹久さんの私物の中に紛れ込んでたのよ。大掃除したときに偶然見つけて、よけておいたの」
「あちゃー…あの譜面の中か。それは見つからない訳だ」

夫の言葉に、茎子がくすくすと笑いながら応える。
それを聴いた幹久は、なんとも言えない困った様な顔をした。がりがりときまずそうに髪を掌で掻き回してから、そっと件のアルバムを開く。
そんな幹久の手元を興味津々で覗き込む息子達に、茎子は一層笑みを深めた。

「あ、これかあちゃんだ。腹パンパンだな」
「当たり前でしょう?こーんなに大きな子が二人も入ってたんだから」

写真の中では、妊婦姿の茎子が嬉しそうに微笑んでいた。大きく膨らんだ腹を、その右手が愛おしそうに撫でている。
その様に率直な感想を口にした葉へと、茎子がその頭を抱き寄せながら、からかう様に軽口を叩く。二人のやりとりに、幹久はうんうんと頷きながら続けた。

「大変だったんだよ。茎子が陣痛がくる度に『生まれる!』、『やっぱりまだかも!』って家と病院を行ったりきたりしてね。それなのに、本格的に痛くなりだしたら生まれる直前まで気づかなくてさ。助産婦さんが茎子を見た瞬間、『先生!麻倉さんもう生まれそうですー!!』って大声で叫んでいたなぁ」
「そんなこともありましたねぇ」

のほほんと答える茎子としみじみ呟く幹久に、ハオと葉は顔を見合わせた。
双子だと言うのは二人の容姿を見れば一目瞭然だが、こういう話をきくと何となく不思議な気分になる。

「ああ、そうそう。この頃ハオの夜泣きが酷くてねぇ」

数枚アルバムのページをめくった幹久が、とあるページで手を止め、一枚の写真を指差した。
そこには、泣きじゃくるハオとその隣ですやすやと眠る葉がいる。
赤ん坊の頃なのでほとんど見分けはつかないが、幹久の言葉から察するにその認識で間違いないだろう。

「……え、僕だけ?葉は?」

それに不満げな声を上げたのはハオだ。息子の質問に、茎子はあっさりとその言葉を肯定した。

「葉は、夜泣きはあんまりしなかったわねぇ。そのかわり、ハオが凄かったわ。夜、目が覚めた時に葉が見当たらないと、凄く泣いちゃってね。ほら、こっちの写真」

そう言って茎子が指差したのは、頬が真っ赤に腫れたまま幸せそうに眠る葉と、葉の頬を叩きながら火が着いた様に大泣きしているハオの写真だった。

「なんでかはわからないんだけれど、ハオったら夜泣きしても葉と目が合うとすぐに泣き止むのよねぇ。でも、葉ったら一度寝ちゃうと全然起きなくて。それでも、ハオは起きて欲しいから一生懸命葉の頬っぺた叩くのよ。だからハオが夜泣きしてる間は、叩かれ過ぎて葉の頬っぺた真っ赤になっちゃってたわねぇ」
「あはは、そうそう。でも葉本人は全く気にしていなくて、次の日起きてもケロッとしてたなぁ。アレは不思議だったよ。おもちゃの取り合いとかで喧嘩してる時は、ハオも葉も相手に叩かれたらすぐ泣いてたのになぁ」

しみじみと回想する二人に、ハオは何となくいたたまれない。
覚えてもいない自分の過去を他人の口から聞かされるのは、気恥ずかしい以外のなにものでもなかった。

「にいちゃんのくせにー」

それをわかっていながら、ニヤニヤとからかいまじりに口にする葉が心底癪にさわる。

「うるさいな、双子なんだからそんなに差なんかないだろッ」
「なんだよ、普段はにいちゃんぶるくせに!」
「それとこれとは話が別だよ!」
「もう、ふたりともけんかしないのっ」

口喧嘩を始めた二人を、茎子が軽く窘める。息子達のやりとりに、幹久は淡く瞳を細めた。

「でも、二人は昔から仲が良かったねぇ。喧嘩してもすぐ仲直りしていたし。…ああ、ほら。こっちは葉が泣いてるよ」

次に幹久が見せたページには、葉明に抱かれて泣きじゃくる葉が写っていた。
紅葉の様な小さな掌は、茎子に抱かれたハオへと懸命に伸ばされている。

「この時は、確かハオが風邪を引いてしまってね。移ったらいけないと葉を離そうとしたんだけど、凄く泣いて嫌がってたなぁ。僕らがちょっと目を離した隙に、自分ではいはいしてハオのところに行ってしまって、とても困ったよ」
「そうそう。それで結局、二人仲良く風邪引いちゃったのよね。おたふく風邪もみずぼうそうも、先に罹ったハオから全部葉に移っちゃって。だってちっとも離れたがらないんだもの」

二人の言葉に、今度は葉が居心地悪そうに肩を竦める。
そんな片割れの様子に、ハオはニヤニヤと意地悪く口端を吊り上げて笑った。

「で、僕がなんだって?ブラコン」
「……うるせぇ。チビんときの話だろ」
「今も大して変わらないと思うけどなぁ」
「はぁ!?オイラのどこがブラコンだよ!」
「まぁまぁ、葉。落ち着いて」
「いいじゃない、仲良しなんだから」

さっきの仕返しとばかりにからかうハオへと、今度は葉が食ってかかる。
それを嗜めながら、幹久はアルバムを閉じた。

「さて、そろそろ時間だ。僕と茎子は仕事に行ってくるよ」
「あ、うん。いってらっしゃい」
「いってらっしゃいなんよ」

二人の言葉に、幹久と茎子は顔を見合わせた後で、くすくすと笑いだした。
ハオと葉が同時に首を傾げれば、その笑みは尚一層深くなる。

「ふふ、行ってきます」
「懐かしいなぁ。小さい頃もこうやって、いつも見送りしてくれていたね。本当に、昔と何も変わらないんだなぁ…」

そう愛おしげに相好を崩す二人に、ハオと葉は気まずい様な嬉しい様な、複雑な気分だった。

「……うん?」
「どうかした?」

両親を見送った後。
不思議そうな声を上げた葉に、ハオはそっと近づいた。片割れの手には、一枚の写真が握られている。恐らく、幹久がアルバムを閉じた拍子に、ページへと挟まれていた写真の一枚が落ちたのだろう。
そこには、髪を肩口で切り揃えた、小学校低学年頃の二人が写っていた。

「あ、これ」
「正月にじいちゃんとこ行った時の奴だなぁ」

揃いの藍色の着物と袴を着ている。写真の中の幼いハオと葉は、むくれた表情でカメラを睨みつけていた。どうやら、不満で堪らないらしい。

「ああ、あのお偉いさん達に散々挨拶させられた時のか」
「そうそう。そのちょっと前に、じいちゃんのネズミとり用のとりもちに二人で引っ掛かってべちゃべちゃになってな」
「うん。それで僕が髪切る羽目になって、葉と見分けがつかなくなっちゃったんだよね」

当時、葉明が自宅に仕掛けようと、台所に作り置きしてあったとりもち。
それに興味をもった幼い二人が、悪戯心からうっかり手を出したことがその出来事の発端だった。
島根の名家でもある麻倉の家は広大だ。そのすべてに仕掛けられようとしていたとりもちの量は、膨大なものになる。
その白くて巨大な塊に、幼いハオと葉は目を付けた。
祖父母の家は広大な反面、近代的な要素には欠ける。葉明があまりテレビなどの娯楽を好まないこともあり、家の中には幼い二人の興味を引くものがあまりなかった。
その結果、どちらかというと怖いもの知らずだった葉の方が、ハオよりも先にとりもちへと触れた。勿論、とりもちなのだから触れれば取れなくなる。得体のしれないものから離れられなくなった恐怖に、幼い葉は耐えられずに泣き出した。そんな片割れをハオがどうにかしようとして、副次的に餌食になったのである。
お互いがお互いを助けようともがきにもがいたその結果は、想像に難くないだろう。

「あはは、そうだったなぁ。それでお前だけ羽織り着せられてな。『長男は羽織り着てろ』ってじいちゃんが言ってさ」

結局その後、葉が凄まじい勢いで大泣きしていたところを茎子が発見し、二人は無事助け出された。
けれどとりもちの被害は、主に長髪だったハオの方へと表れた。長く細い黒髪にとりもちがまとわりつき、取りきることができなかったのである。その結果、幼いハオは髪を切ることになった。
しかし、肩口で切りそろえられた髪のおかげで、ハオと葉の双子は家族でも咄嗟に見分けがつかなくなってしまった。
細かな言動は違うので、二人を良く知る人間ならまず間違えることはない。けれど、親戚の面々すべてがそうではないのだ。おまけに二人はもうすぐ7歳。新年のあいさつと七五三にかこつけて、麻倉の家には親類縁者他、葉明の仕事の取引先の相手なども祝辞に駆けつける。
その時二人を見分けるための苦肉の策が、着物の羽織だった。

「ふふ、でも羽織りでしか見分けられないから、こっそり二人で入れ替わったりしてね」
「そうそう。『ぼくもう"ちょうなん"あきたー』とかお前が言ってな」
「そしたらお前が、『じゃあつぎはオイラが"ちょーなん"やるんよ!』って言ってね」

昔を懐かしみながら、二人はくすくすと声を揃えて笑い合う。
幹久と茎子の二人から始まった、ハオと葉の十数年。短いながらも、今まで色々なことがあった。
恐らく、それはこれからも変わらない。

「なぁ」
「うん?」
「今年も、楽しいといいなぁ」

「うえっへっへ」といつもの気の抜けるような声で笑いながら、葉はぽつりと口にする。
その言葉へと応える様に、ハオも吐息混じりに小さく笑った。



ささやかな永遠



ゆくとせくるとせ。

===

本年もどうぞ宜しくお願い致します。

2013.01.17

prev : main : next
top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -