※『葉くんがシャーマンファイトでハオさまに負けて、殺されていたら』というもしも話です。
この説明だけだと何だかダークな内容みたいですが、個人的にはあったかい話を目指しました。
それでも一応死ネタですし、魂魄の扱いも原作とは異なるというある意味捏造オンパレード展開なので、苦手な方はご注意下さい。


それは、唯一の誤算だった。

「何か言い残すことは有るかい?」

喉の奥で低く笑いを転がし、ハオは歌うように軽やかな口調で囁いた。淡々とした笑みとは裏腹に、そこには暗い愉悦と嘲笑が滲んでいる。
肩で息を着いていた葉は、一度深く吐息をついた。

「……なんだ、言ったら叶えてくれんのか」
「さぁね。でもまぁ、褒めてやるよ……僕をここまで手こずらせたのは、葉、お前が初めてだ」
「……おお、そうかい」

それは、ハオにとって最高の賛美だった。
自分に遠く及ばない巫力で、それでも知恵を絞り、絶望を砕き、柔軟な心でもって葉は食らい付いてきた。スピリット・オブ・ファイアにとっても、その魂は類を見ない馳走だろう。当然のように王座へと続く退屈な道程は、葉の出現によって少しは楽しめるものだった。ちょっとした寄り道と暇つぶしには過ぎなかったが。

けれど、それももう終わる。

「……ああ、そうだ。楽しませてくれた褒美だ。葉、最後にお前の願いを叶えてやろう」
「……何だよ、随分と羽振りがいいじゃねぇか」
「ちょっとした気まぐれさ。まぁ、お前を殺さないというのと、お前をシャーマンキングにするという願いは無理だけどね」
「ばぁか、そんなん言わねえよ」

ウエッヘッヘ、と葉はいつものゆるい笑みを浮かべた。それをみたハオが、訝しげに眉根を寄せる。鋭く自分を見据えるハオに、葉は穏やかな声音で告げた。

「オイラの身体は、アンナんとこに帰してやってくれ」

その言葉に、ハオは小さく瞳を瞬かせた。
葉は、既に自分が死ぬことを理解している。覚悟もある。

「アンナには、悪いけど身体で我慢して貰う。なんもやれんのは、流石にオイラも嫌だからな。でも」

そこでふと言葉を切り、葉は、ハオを真っ直ぐ見つめる。

「これだけは、オイラも譲れないんよ」

心が決めたことだから。
葉はそう、小さく呟いた。今にも消えてしまいそうな声音は、それでも不思議と力強い響きでもってハオの鼓膜を打つ。
じくりと、首筋に鳥肌が立った。

こいつは一体、何をするつもりだ。

そんな怖気がハオを襲う。そんなハオに頓着した様子もないまま、葉は静かに言葉をつづけた。何の武器も持たない掌。無防備な片割れ。そんな取るに足らない存在が、何故か、ハオの焦燥を煽り立てていく。

「身体はアンナにやる。でも……"これ"は全部お前のもんだ」

戦闘服の左胸へと当てられた右掌。
閉じられていた瞳が開き、亜麻色の瞳がゆっくりと細められた。

「オイラの魂、丸ごとお前にくれてやる」

それは生を諦め、投げやりに死を選ぼうとする人間のものではなかった。
どこまでも真摯に、心を砕き、想いを向ける人間のものだった。ハオかアンナか。そのどちらも選べずに、けれど、どうにかしたくて堪らないと訴える、脆弱で、身勝手で傲慢な、愚かな程に純粋な心だった。

その身は今も帰りを待つ彼女の元へ。
そして魂は、絶望にうちひしがれた片割れの傍らへ。

自分の胸元に手を宛て、葉は鮮やかに笑って見せた。

「オイラが、お前と一緒にいる」

だから、と続けた葉が全てを言い切る前に、その身体をスピリット・オブ・ファイアの鋭い爪が貫いた。
その先は、聞きたくなかった。聞いてしまったら、ハオの全てが終わってしまう。シャーマンキングになるという野望も、人間への復讐も、今までハオを構成してきた凝り固まった何かが、跡形もなく消えてしまう。そんな予感が、ハオに事の終焉を選択させた。

「……今すぐ燃やしてやりたいが、仕方ない。約束だからな。……お前の身体、アンナの所に送り届けてやるよ」

いつの間にか、鈍い雨雲が空を覆い隠していた。


***


「………おかえりなさい、葉」

葉の遺体を送り届けたハオに頓着することなく開口一番そうのたまったアンナは、泣き出すでも取り乱すでもなく、冷たくなった葉の傍らに膝をつき、そっと手をとった。むき出しの膝が、泥に汚れている。
それはただ、葉の在り方を理解し、意思を受け入れ、そしてそんな葉を愛した彼女だからこそ生まれる言葉だった。
空を覆う鈍色の曇天。ぽつり、ぽつりと、一粒ずつ地を濡らす雨粒。とうとう泣き出した空が、まるで気丈な彼女の涙の代わりの様に葉へと降り注ぐ。

……スピリット・オブ・ファイアで葉の身体を貫いた痕は、一応塞いである。

なんとなく、アンナの元に届けるならばそうした方がいいような気がした。それだけの理由だった。

「――――アンタは、葉から奪ってばかりだったわね」

ぽつりと、雨粒の様なアンナの声音がハオの鼓膜を震わせる。その言葉の意味は、痛いほどに理解できた。
普通の子供としての平穏。兄弟としての幸せ。家族との団欒。

そして、命さえも。

最後の最後まで、ハオは葉から奪い続けた。本来葉が持ちえたで有ろう、ほんのささやかな幸せさえも。
全て。

「……葉自身の大事なものなんて、殆どなかった」

ヘッドフォンは葉が幹久のものを勝手に持ち出しただけで譲られた訳ではなかったし、熊の爪はマタムネから預かったものだ。
フツノミタマの剣は麻倉の宿命の証でもある。春雨は阿弥陀丸が友人から貰った大切な刀であり、葉のものではない。
アンナですら、思い付くものは少なかった。
"麻倉葉"という少年を形作っていたのは、彼が好きだったBOBのCDとただの人間であり友人のまん太くらいだろう。

「だから、葉はアンタと戦う前に全てを置いていった。自分が選んだ選択に人の大切なものを巻き込まない為に、なにもかも」

ヘッドフォンも、熊の爪も、フツノミタマの剣も、春雨も、なにもかも。
……最後の最期まで葉についていくと言い張った、アンナや阿弥陀丸さえも。
困った様に笑って、「……オイラ、行くな」と一言だけ告げて、戦いに赴いた。
「帰ってくる」とは、嘘でも言わなかった。

「それでもアイツ、アタシの渡した戦闘服だけは持って行ったわ」

馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、あれ程とは思わなかった。
そう呟いたアンナは、ひょっとしたら泣いていたのかも知れない。けれど、それは強く降り出した雨に混ざりわからなかった。

「……本当に、救い様がないバカよ」

制服は、学校にいく時に必要だからと置いていった。
勉強なんて好きでもなんでもなかったくせに、最後の最後まで"日常"に戻りたがっていた。
それなのに、葉が最後に自分のものとして持って行ったのは、アンナの用意した戦闘服だった。誰よりもただの日常を望みながら、戦いに身を置くものを自分の物として身に着けていった。それしか、持って行かなかった。

アンナが葉に与えられたものは、それが最後になってしまった。

納得できる訳がなかった。怒りを覚えない訳がなかった。"葉"としての人生は、これからだった。大切なものも、好きなものも、沢山増やして良かった。
それなのに、葉はこんなに早く逝ってしまった。ただの"麻倉葉"として生きる前に、逝ってしまったのだ。
アンナは、それが悔しくて悔しくて堪らない。アンナにとっては、麻倉の宿命も、ハオも、どうでも良かった。葉が望むなら、どんな手を使ってでもそんなもの全て自分が振り払って、葉を麻倉から解放するつもりだった。自分と生きることを葉が選ばなくても、最後の最後まで自分だけは葉の味方でいるつもりだった。
戦闘服以外にも、葉が望むならなんでも作ったのに。
生きて、欲しかった。

「………私は、葉を許さないわ。誰が許しても、そんな選択をした葉を、私は一生許さない。……忘れることも、しない」

それだけが、アンナにできる唯一のことだった。
最後の最後まで"葉"として生きることができなかった葉を、最後の最後まで他人の想いの受け皿としてその生を終えた葉を、それでも愛していたからこそできることだった。

「………話は終わりかい?」
「あら、ただの独り言よ。目障りだわ。とっとと消えて頂戴」
「はは、相変わらず手厳しいな」

そう張り付けた笑みで答えたハオが、スピリット・オブ・ファイアで飛び去っていく。
それを見送りながら、アンナはゆっくりと瞳を閉じた。

そう、葉は自分自身の為に今まで何一つ望まなかった。
けれど、ひとつだけ。

葉がたったひとつだけ、"葉"として選んだものがある。

「何もかも葉から奪い続けたアンタを……それでも葉は選んだのよ」

アンナの言葉は、激しい雨音に掻き消された。



花冠からのぞいた世界



暖かな日差しが注ぐ昼下がり。シャーマンキングであるハオの玉座があるコミューンは、色とりどりの花で溢れている。

「にいちゃーん」

ぱたぱたと駆けてくる小さな足音。いつの間にか耳に馴染んだそれに、ハオはゆるりと瞳を開いた。その途端地上と繋いでいたハオの"目"が徐々に意識から切り離され、金茶の髪を靡かせたワンピース姿の女性の姿が遠のいていく。

「……なんだい、よう」
「おはなでかんむり、つくったんよ」
「へえ、そうか。……上手いものじゃないか」
「ウエッヘッヘ」

くしゃくしゃと掻き回す様に小さな頭を撫でれば、ようは嬉しそうな笑みを浮かべる。
……それは、葉のゆるい笑みにそっくりだった。
元々ようは葉なのだから、当たり前かもしれない。

「マタムネにもやるぞ」

ようがハオの膝で寛いでいた茶虎の猫に小さな花冠を差し出す。それに答えるように、彼は小さく鳴いた。ようが嬉しそうにマタムネの頭へと冠を乗せる。目測で作ったそれは少々大きかったらしく、マタムネの頭を抜けて首へと落ち着いた。
シャーマンキングになれば、世界は王の望む世界になる。
そう、『王の望む世界』を具現化するのだ。

それは、ハオにとって唯一の誤算だった。

魂魄という名のとおり、命は3つの魂と7つの魄で出来ている。
生を終えた魂魄の内、魂は天に昇り、魄は地に潜る。全てはグレートスピリッツの元へ還っていくのだ。それは近い内に元の形を亡くし、また新たな命へと生まれ変わっていく。
葉の魂魄とて、例外ではない。
神の社で眠りについたハオの魂の周りを漂っていた葉のそれにも、その時間は刻々と近づいていた。当たり前だろう。地上ならばともかく、グレートスピリッツの中でただの魂魄がその形を保つことは難しい。
葉の魂も徐々に解けて、魂は天へと上り、魄は地へと潜っていく。ひとつ、ふたつ、そして最後の魄の一欠けらが地に消える直前。
ハオはすっかりと小さくなった"葉"のカケラに手を伸ばし、守るように包み込んでいた。なぜ自分はあの時そうしたのか。それはまだ分からない。けれど、考える時間など飽きる程にあるのだ。
そして神として目覚めたハオの傍らには、幼い子供の姿をした葉が立っていたのである。

『にいちゃん!』

そう躊躇することなく言い放った幼い葉は、あの日から変わらずハオの側に居た。

「またむねー」

ハオの膝に腰かけたようは、茶虎の猫と戯れている。
元々葉だったこのようには、記憶がない。恐らく"葉"としての魂の形が解けてしまったときに、記憶の殆どが溶けてしまったのだろう。
それでも、この小さな小さな魂のひとかけらはハオを慕い、側に居る。

『オイラが、お前と一緒にいる』

あの日の彼の言葉と、違うことなく。
自分がシャーマンキングになったあの日。そして、葉を殺したあの日。
スピリット・オブ・ファイアの爪で貫いたその体。けれど、最後の最期に葉が紡いだ言葉は、今だにハオの鼓膜へとこびりついていた。



『だから…もう、泣くなよ。にいちゃん』



「……泣かせる暇なんて、お前がくれないじゃないか」

ようの頭を撫でながら小さく呟き、ハオは微かな笑みを浮かべた。
それは、寂しいとも嬉しいとも取れる、曖昧な笑みだった。

「にいちゃん?どうした?どっか痛いんか?」

その表情をどう勘違いしたのか、ようがよしよしとハオの頭を撫でる。

「だいじょうぶ、オイラがそばにいるぞ。かんむりも、またつくるからな?こもりうたも、にいちゃんがうたってくれるからおぼえたんよ。こわいゆめみないように、うたってやるぞ」

懸命に兄を慰めようとするように、ハオは小さく笑う。
ようは、相変わらず愚かだ。
ハオの為に冠を作り、歌を覚え、傍にいる。何とかハオを笑わせようと、その為に全てを費やし、ただここに在った。

魂は陽に属し、魄は陰に属す。

今ハオの手元に在るようは、ハオが何とか掬い上げた葉の魄の一欠けらだ。それで良かったと、今なら思える。陽は、ハオにとって眩し過ぎた。傍らにあるなら、陰くらいが調度いい。
葉の魄の欠けらが地に潜る直前。ハオは小さく小さくなったそれに手を伸ばし、守るように包み込んでいた。様々な意味を持つ魄の内、ハオが掬い上げたようはどんな意味を持つものだったのだろう。
ハオは、時折それを考えている。

「……本当に、ずっと傍にいてくれるかい?」

そんな事は有り得ないと、ように問い掛けたハオ自身がわかっていた。
完全な形を持たないようが、様々な魂の入り乱れるこの場所で半永久的に存在し続けることは難しいだろう。それでも、口にした。
グレートスピリッツは、王が望んだ世界を生み出すのだから。

「おう!オイラは、にいちゃんとずっと一緒にいるぞ!」

無邪気な笑顔で応えたように、ハオも柔らかく微笑み返す。
自分が掬い上げた葉の魄の一欠けら。傍らに在る、小さな小さな光。
それが愛ならばいいと、ハオは願うように瞳を閉じた。

===

別名、ものぐさ神様の子育て日記。…の、つもりだったんですが、ちょっと真面目な要素をいれたらあれよあれよと言う間にシリアス一直線になってしまいました。
色々と消化不良な部分はありますが、それでも大事に大事に書いた思い入れのある作品です。
少しでもお楽しみ頂けたら嬉しいです。

2013.08.04

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