8.降臨

「こっくりさんこっくりさんおいでください」
 日が延びつつある初夏の夕方。午後5時という時刻でもまだ教室には橙色の西日が差し込む。燃える様な互の顔を突き合わせながら、4人の男女がそれぞれ思い思いの気持ちを込め、呟いた。
 この怪しげな遊戯の発起人である沖野夏江は、いつもの行為を退屈な日常に振り掛けるちょっとしたスパイス程度にしか考えていなかった。迷信とは知りつつも、やはり何が起こるかわからない事への期待は膨らむ。
 授業中に紙飛行機を飛ばして担任である浜田の頭にぶつけた咎でこの教室に縛り付けられている野崎吉彦もやはり、夏江同様に暇潰しとして薄汚れた銅線に指を乗せていた。
 学校一の問題児で常識知らずの榊原悠二は、持ち前のノリの良さでこの遊戯に参加したものの、次第に後悔を覚え始めていた。普段から怖い物見たさで恐怖に首を突っ込もうとするが、心霊系の類の物は大の苦手である。何も起きずにこのまま事をやり過ごせたらと願っている。
 無口で真面目な委員長である奥田勝子は、何か決意を秘めたような表情でそこに座っていた。その決意は自分の恐怖心を押しのけてまでこれに参加することに対する物なのか、若しくはそれ以外に向かう物なのかは果たしてわからない。
 4人が同時にお決まりの台詞を呟いてから数秒が経った。銅銭はピクリとも動かない。ある者はこっそりと安堵し、またある者は溜息を吐いて失望を顕にする。梅雨真っ只中の蒸し暑い空気の中で、誰一人として汗をかいている者はいない。
「もっかい言ってみようよ」
 後者である夏江が、口を尖らせて提案した。吉彦は頷いて賛成するが、悠二は今にもここから逃げ出したいとばかりに首をブンブン振っている。
「奥田ちゃんは?」
 念の為に夏江が尋ねると、勝子は数秒間黙って彼女を見つめた後に小さく意思表示した。
「3人で多数決で決めればいいわ。私はどちらでもいい」
「んじゃ、多数決でもっかいやるってことで」
 勝子が言い終わるか終わらないかの内に夏江が断言した。悠二はいよいよあからさまに嫌そうな表情をして溜息を吐いた。だが、夏江に逆らうと後が煩そうなので黙って従う。
「準備はいい」
 夏江が再び全員の顔を覗き込みながら尋ねた。再び重苦しい緊張した空気が降りてくる。そこが教室であるが故に、余計その雰囲気が気味悪く思えた。普段はざわめきが飽和する騒がしい場所で、物静かにこの様な儀式が行われるのはあまりに不似合いに思えたのだ。そしてその不似合いな雰囲気の中で一人明るいテンションで話す夏江は更に浮いて見えた。
「これで来なかったら終わりにしようぜ」
 見る影もなくしおらしくなった悠二が提案するが、夏江は丸で耳に入らなかったかの様に無視した。
「何があっても指離したりしたらダメだからね」
 そして大きく頷く。
「こっくりさんこっくりさんおいでください」
 男女の低い声が入り混じった声はまるで読経の様で、言いようのない不安感を煽った。葬式の様な雰囲気が流れる数秒間。不気味だった。
「やっぱり結局は迷信だったって……」
 溜息混じりに夏江が言い終わる前に、人差し指を置いた手元の銅銭が紙の上を滑り始めた。次第に速度を増しながらコピー用紙の上を円を描くように疾走する銅銭。殆どの者には今何が起こっているのか直ぐには理解できなかった。
「来た……」
 吉彦が信じられないという様子で呟く。青い顔で頷く夏江。勝子は眉間に皺を寄せて紙上を回る銅貨を見つめていた。
「うわああああぁあぁ」
 硬貨が紙の上を10周はしたかという頃になって、漸く悠二が声を上げた。その頃には幾分か余裕を取り戻していた吉彦は馬鹿にしたようにそれを鼻で笑った。丁度その時、十分に4人を脅かした十円玉は赤いペンで描かれた鳥居の前で止まった。
「ホントに来ちゃったね」
 半ば呆然としたように夏江が言葉を漏らす。空いている方の手で左胸を押さえると、掌を叩かれている様に感じる程強い鼓動を受けた。
「どうすんだよこれ」
 悠二は震える声で叫んだ。気色ばんでいるものの弱々しい声はいつもの半分の声量もなかった。
「誰も動かしてないだろうな」
 最初の驚きが去ると、吉彦は冷静に疑り始めた。
「こんな大きく動かしてたら腕の動きでわかるわ。本物よ」
 そしてそれに対して同様に冷静に対応する勝子。二人は顔を見合わせた。ここに来て初めて勝子の顔には戸惑いうという表情が浮かんでいた。 
「どうすんだよ、これッ」
 誰にも答えを返されなかった悠二が再び切羽詰った様に騒いだ。喘ぐような呼吸が痛々しい。先程より落ち着きを失っているが、無視できない程の声量は取り戻していた。



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