7.忠告

 勝子も加わって、全員で小さな銅銭に指を乗せた。子供騙しの遊びだとは分かっていてもやはり、その興奮はひとしおであった。発起人である夏江は全員の瞳を順番に見つめながら言い聞かせた。
「自分で動かすとかはナシだからね。呪われるよ」
 付け睫毛の奥で、茶色の瞳が緊張に揺れていた。緊張に加えて若干の恐怖を抱いた悠二は、不安そうな声で言い返した。
「脅すなよ……」
「脅しじゃないよ。指離しちゃうのもナシだかんね」
 いつもの巫山戯た受け答えではなく妙に真剣な口調で夏江が念を押すと、悠二は慌てて指の関節に力を込めた。あまりに力を込めたので、人差し指が真っ赤に染まっていた。その指先から銅銭が離れない様必死に縋る様は普段の軽率な彼の姿と大きく異なっている。幽霊やこっくりさんに怯える彼の姿は夏江や勝子にとって新鮮であった。
 再び夏江は、全員の覚悟を確認するように瞳を覗き込んだ。そのあまりにも真面目な視線に、悠二は緊張を隠そうともせずに深呼吸を繰り返した。既に彼の額や掌は汗で滲んでいる。
 普段お調子者の彼であったが、どうしても克服できない怖いものが二つあった。ひとつは彼の父親だ。悠二の父は会計士をしており、神経質な性格であった為息子の教育へも力を入れていた。常識を何よりも重視しており、悠二へも幼い頃から厳しい指導を施していた。悠二が学校でこれほど非常識な行動を繰り返すのも、家での厳格すぎる教育への反発や反動なのであろう。
 そしてもう一つが幽霊や妖怪といった類の恐怖だった。これに対しては理由も理屈もなくただただ言いようもない恐れを感じていた。だが怖いもの見たさというものであろうか、大抵彼はそう言った恐怖に自ら飛び込んでいっていた。
「……緊張するな」
 彼がポツリとそのようなことを漏らすと、吉彦がニヤけた表情で鼻を鳴らした。
「ビビっているのか、悠二。お前昔から、お化けは苦手だったからな」
「……んなことねぇよ」
 からかう様に軽口を叩く吉彦を珍しく切り捨てると、悠二は再び深呼吸に戻った。必要以上に緊張している悠二とは対照的に、吉彦はこの状況を楽しんでいるようだった。
「それじゃ、始めよっか……って言いたい所だけど、最初になんていうんだか忘れちゃった」
 重々しい声で開始の合図を告げようとした夏江は、途中で声をいつもの調子に戻して三人を見回した。男子二人は呆れた様子で見返すが、勝子だけは静かに言葉を返した。
「『こっくりさんこっくりさんおいでください』」
 夏江の芝居がかった重々しい話し方よりも、平坦で静かな勝子の声の方が背筋を冷たくした。悠二は唇を真横に引き結び、俯いてしまう。夏江と吉彦は面白そうに彼女を見つめた。
「奥田ちゃん、よく知ってるね」
「意外だな……一番縁がなさそう」
 彼女が絵に書いた様な真面目な生徒であるということは既に吉彦の脳に記憶されていた。勝子は吉彦の言葉に小さく俯くと、抑揚のない声で返答した。
「まぁ、多少は」
「全然イメージと違うな。スゲェ嫌がってたし」
 吉彦が興味深そうに感嘆していると、勝子は更に小さな声で呟いた。暗い表情からは感情を読み取ることができない。ボンヤリとしたガラス玉のような双眸は、4人の人差し指を乗せた銅銭を静かに映していた。
「知っているからこそ嫌がったんだよ。……やっぱりやめておけばよかったかもね」
「え?」
「……」
 そのあまりにも小さすぎる声は、吉彦の下まで届かなかった。彼が慌てて聞き返すと、一瞬の沈黙の後、勝子は控えめな笑顔を上げた。
「言い忘れていたわ。南側の窓を開けないとこっくりさんは入ってこられないのよ」
「マジで!?」
 勝子の忠告に、吉彦は慌てて立ち上がって窓を開けに行った。彼女の微笑みの裏側にどのような感情が潜んでいるのかその場の誰にもわからなかったし、単純な彼らはそれを探ろうともしなかった。彼女の言葉通りに窓を開け放しにかかっている吉彦を、勝子は憂いを含んだ瞳で見つめながら溜息を吐いた。



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