4.悠二の恐怖

「2年生に上がったばかりの頃の話なんだけど」
 話し始める前は随分嫌そうにしていた悠二だったが、一度口を開けばいつものお調子者に戻っていた。気分はテレビのトークショウ。注目を集めるのが好きな彼は、クラスメイト達が自分の話を一生懸命に聞いているのがたまらなく愉快だった。
「俺は進級直後から、よくあいつの説教を受けていた。それでも、放課後の居残りをさせられるようになったのは5月になってからだな。4月は見逃して貰っていたみたいだけど」
 居残りが面倒くさいならそれを喰らわないような生活を心がければ良いのに、と吉彦は思ったが、あえて黙っておいた。悠二は普通の人間と思考回路が全く異なる。何を言っても互いに理解できないだろう。
「初めての居残りの時はまだ様子を見ていたから、何事もなかった。5回目くらいかな、こんなのやってられるかって逃げ出したんだ。あいつは追いかけてこなかったから、俺はそのまま部活に行ったんだけど」
 そこまで話して、悠二は大きく身震いをした。青かった顔から益々色が抜ける。瞳は大きく見開かれている。当時の恐怖を思い出しているらしかった。
「その部活の帰りだ。もう5月なのに、やけに寒いんだよな。急いで家に着こうと思って走ったんだけど……。後ろに何かの気配がするんだよ」
「ちょっとちょっとぉ、まさかの心霊系?」
 夏江が興奮気味に言うと、珍しく悠二はそれに乗らず、逆に彼女を目で制した。あまり見ることのない真面目な表情に、彼女は憮然とした表情をしつつも大人しく黙り込んだ。
「暗くて誰もいない通学路。俺以外の誰かの呼吸音が、足音が聞こえるんだ。何度振り返っても誰の姿も見えないのに。俺、幽霊とか信じないんだけど、その時ばっかりは本当に怖くてさ、走って家に戻ったよ。途中からようやく気配は消えてくれた」
 芝居がかった抑揚の彼の話に、聞いている二人まで身震いをした。背筋を冷たいものが駆け巡り、鳥肌が立っているのがわかる。だが悠二は、更に顔色を悪くした。徐々に表情が消えてゆく。
「それで終わったと思ったんだ。なのに、家のドアを開けた途端……生まれてこの方聞いたことのないような叫び声が聞こえてきたんだ。その断末魔の叫びを思わせるような声は……俺の名を呼んでいた」
 いつの間にか夏江と吉彦は、互いに手を握り合ったまま彼の話を聞いていた。夏向けのよくある話だというのはわかっていたが、どうも悠二の話にはリアリティがあった。
「俺は、その声のところに行かなければいけないような気がして……恐怖を感じながらも……その部屋に向かっていった。絶叫は続いていた。もはや俺とその声を隔てるものはドア一枚になっていた」
 ごくり、と喉を鳴らす音が静かな部屋に響いた。二人は首をすくめて悠二の話の続きを待った。
「俺は意を決して扉を開けた。そこには、怒りに顔を歪ませた両親と……浜田がいた」
 先程よりもさらに寒々しい沈黙が、教室を支配した。全てを話し終えたらしい悠二は、晴れやかな表情でニコニコ笑っていた。もはや、先ほどの顔色の悪さなどなかったかのような血色の良さだ。
「お前……何そのオチ」
 呆れ返って吉彦が低い声で尋ねると、悠二は楽天的に笑いながら答えた。最早先程語っていたのとは別人だ。
「だからさ、浜田は通学路で散々怖がらせたあと家庭訪問してくるんだよ。あいつは、保護者を限界まで怒らせる術を知ってるんだ。俺はあのあと、2週間は親からゴミを見るような目で見られたし、今でもまだその話を蒸し返されてんだぜ」
 ケロリとした表情で語ってはいるものの、青い顔をしていた点、浜田の対応は悠二に大きなダメージを与えた様だった。
「非現実的なお化けなんかで攻撃されるよりは、そっちのほうがずっと嫌だね」
 うんうんと頷きながら夏江が感想を漏らすと、吉彦も渋々頷いた。
「だから、絶対ここから逃げるのだけはやめたほうがいいぞ」
 悠二の一言で、一同は再び机上に脱力した。



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