3.去りし後

 足音が遠ざかってゆく。スニーカーの甲高い音が徐々に小さくなる。聞こえるのは空調のモーター音と互の息遣いばかり。生徒達は浜田の気配が消えるのを、暫くの間息を殺して待っていた。あのわけのわからない先生のことだ、突然ドアを開けて怒鳴り込んでくることもあるかもしれない。浜田が出て行った時のままの姿勢で硬直する。たっぷり3分は経過しただろうか。元々気の短い彼らの事、それぞれが小さく身じろぎを始め、我慢の限界を示す。そしてとうとうお調子者悠二の盛大なため息が、緊張で張り詰めた空気を破った。
「うわぁああ、なんだよ」
 いつも騒いでいる彼のことを思えば、ほんの数分黙っていられただけでも奇跡と言えるだろう。暫くの間喚きながら腕を振り回していたかと思うと、悠二はそのまま脱力して、机に突っ伏した。それにつられるように、吉彦、夏江も次々と体勢を崩す。先程までは静寂の中張り詰めるようだった空気が、一斉にため息とざわめきで飽和した。
「勘弁してくれ」
「コースケとのデートがぁ。ドタキャンとかポリシーに反するんですけどぉ」
 悠二も机に顎を乗せたまま、うんざりした様に漏らした。
「マジありえねぇ。来週試合なんだぞ」
 憎らしそうに虚空を見つめる彼に、この場から逃げ出すという選択肢はなかった。浜田のクラスに入った始めの頃はそれもしていたが、逃走後の罰の方がよっぽど恐ろしいのだ。逃げることも、浜田の指示した自習をすることもなく、悠二はただただのっそりと机に寝転がってひっきりなしに愚痴を呟いていた。
「めんどくさい。あいつの思い通りになるとかムカつく。あー部活行きたい。めんどくさいめんどくさいめんどくさい」
 そんな彼に、頬杖を付いた吉彦が軽口を叩いた。
「お前、よくあんな長時間じっとしてられたな。寝るか騒ぐかしてないと死ぬんだと思ってた」
 悠二は吉彦をキッと睨みつけると、口を尖らせて反論した。彼からしてみれば勝手な思い込みだったのだ。だが彼以外の誰にいわせても恐く似たような言葉が返ってくるであろう。
「言ったろ、試合なんだって。これ以上面倒くさいことになったら嫌じゃん」
 ふぅん、と自分から聞いたくせに興味の無さそうな返答を返すと、吉彦は大きく伸びをした。
「6時までここにいなきゃいけない訳ぇ。逃げたらダメかなぁ」
 横から面倒臭そうに夏江が問いかけた。
「別に構わないんじゃねぇの」
 そう吉彦が返答しようとすると、それを遮るような勢いで、青い顔をした悠二が即答する。
「絶対にそれだけはダメだッッ!」
 唾の飛ぶ勢いで彼が迫ると、夏江は嫌悪感を露わにした表情で仰け反った。
「わかった、わかったからちょっと下がってくれる」
 楽天的な夏江でさえもタジタジになる。吉彦が先ほどよりも面白そうに口元に笑みを浮かべて悠二に問うた。
「何かあったの」
「榊原くんがそこまで怯えるんだからぁ、なんか相当すごいことがあったんでしょ」
 二人が詰め寄れば、悠二は一層顔を青くした。普段の能天気で愉快な行い故、この様な彼の態度は更に彼らの興味を煽った。
「いや、その話は」
 悠二が一生懸命に断れば断るほどに、彼らは悠二に迫って言葉を促す。悠二はとうとう青いどころか真っ白くなって、弱々しく頷いた。



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