5.「……こっくりさん?」

 暫くの間、教室内には溜息と呻き声が飽和した。教室に缶詰にされるというこの状況に、何をする気にもなれなかったのだ。いつも仕切りに携帯電話を弄っている夏江でさえも、机の上に伏せて虚空を見つめている。
「意味分かんねぇよ、マジで。俺たいしたことしてないじゃん」
 嘆くように吉彦が呟くと、悠二も同調した。
「だよな、俺だってちょっと寝ぼけてただけだし」
「お前はちょっとってレベルじゃないだろう」
 吉彦が、ぼやく悠二の頭にチョップを食らわせた。悠二は頭を押さえながら、理不尽だとでも言うように吉彦を睨み付ける。だが彼がしたことは、授業中に某アイドルの曲を熱唱し、踊りまでやってのけたという偉業だ。どんなに寛大な教師であっても怒るであろうことは必至。ましてや悠二は日々教師からの怒りの声を浴びせられるお調子者の問題児だ。吉彦の方が正しいのは間違いなかった。
「そもそもさぁ、榊原君、何であんな寝呆け方した訳」
 じゃれあう少年たちを眺めながら、夏江が思い出したように問いかけた。悠二は、よくぞ聞いてくれたとばかりに顔を輝かせて指を一本立てると、自慢げに答えた。
「夢の中でな、ディスコ行ってたんだ」
「古っ……」
 すかさず吉彦が鋭い一言を返した。最早彼らの年代には、ディスコという言葉さえも死語なのである。
「……あ、ねぇ、古いって言えばさぁ」
 吉彦の言葉に反応して、夏江がニンマリと笑った。悠二は気味悪そうにのけぞりながら、顔を引きつらせる。
「なんだよ」
「あたし、ちょっとやりたいことがあるんだよねぇ。付き合ってよ」
 悪意と嫌な予感しか感じられないような笑みに、二人はタジタジだった。厚化粧の奥の夏江が、子供の頃に戻ったように無邪気な表情を浮かべている。それが勘違いした方向へ背伸びしきった金色の髪や、垢抜けた着こなしにそぐわずに余計に不気味さを演出していた。
「なんだよ、突然」
 引きつった顔で吉彦が予防線を張ると、ずい、と夏江がニンマリ顔で身を乗り出してきた。
「亜弓達も誘ったんだけどぉ、怖がってやってくんなかったんだぁ」
 怖がって、というフレーズが悠二たちに冷水を浴びるような感覚を与えた。お調子者で能天気な彼も、恐怖には勝てないのだろう。先ほどの語りがいい例だ。
「怖がってってどういう意味だよ」
 いつの間にか悠二の声は震えていた。先程以上に血の気がなくなっている。彼の方がまるで死人のようだ。彼の様子を面白がって、夏江は更に笑みを深めた。
「そのまんまの意味だよぉ。ホント、亜弓ったら付き合い悪いよねぇ。ただの遊びなんだから黙って付き合ってろ、って感じぃ」
 亜弓というのは夏江が常に行動を共にする女子だ。彼女と同様に髪を染め、スカートも短くしている。一部の人間からはとにかく疎まれている種類の生徒だ。2人の中は良好だと思っていたが、こうして陰で文句を言うあたり、そうとも言えないらしい。吉彦は幽霊などの恐怖よりも女子の方が怖いと思った。
「一体お前は何をやろうって言うんだよ」
 我慢できずに悠二が問うと、ニンマリ顔を貼り付けたまま夏江は自分のカバンを漁った。漁ると言っても、ほぼ何も入っていないので手を突っ込んだだけだ。夏江はそこからゆっくりと手を引き抜くと、一枚の紙を彼らの目の前に突きつけた。
「……こっくりさん?」



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