2.やんちゃ者たち

「いいか、お前ら見とけよ。一番大事なとこだからな。まずこのsinを…」
 竹刀を片手に携えた浜田が熱く教鞭を取る後ろで、生徒たちは暇そうに各々時間を潰していた。悠二は机に突っ伏して居眠りをし、吉彦は頬杖を付いて窓の外を眺め、沖野夏江はゴテゴテと飾り付けられた携帯電話を熱心に弄っている。不真面目な彼らの中で唯一例外は、補習生ではない奥田勝子。浜田に申し付けられた委員長の仕事を、一心不乱に片付けていた。そうして彼らが各々の時間を過ごしている間も、浜田は一人授業を続ける。
 その日浜田の逆鱗に触れた生徒達を放課後に集めて補習をする、というのは浜田が20年間続けているスタイルだった。浜田にとってこれは単なる腹いせでしかなく、生徒からは当然ことごとく評判が悪かったが、この放課後補習のお陰で彼らの態度は劇的に改善されているというのが彼のこれまで培ってきた結果だった。近頃では彼自身もその嬉しい誤算に縋りきっていたのだが、どうしてこの榊原悠二という男は一筋縄ではいかないようだった。彼の放課後自習の歴史の中で、悠二は最多の出席数を誇っている。更に悪いのは、一切反省の態度を見せない点。彼の担任になってからもうじき2月になるが、未だに補習中に大欠伸を見せることがある。だがその様な物はまだ可愛い方だ。
 三角関数について解説を終え、数式を眺めながら満足感に浸る浜田の耳に特大の鼾が聞こえてきた。あぁ、やはりか、と諦め半分怒り半分で、ゆっくりと背後を振り向く。浜田の目の前で、気持ちよさそうに眠る悠二は、眠りながら彼を馬鹿にしているのだろうか、微かに笑みを浮かべていた。その光景は、何度見ても慣れる事などない。自分の渾身の授業を二度も邪魔された浜田は、大きく息を吸い込んだ。
「さかきばあああぁあ、あ?」
 だが、挙がるはずだった怒鳴り声は気の抜けた軽い音楽に遮られ、尻つぼみに止んでしまった。
「はぁーい、コースケー? あたしぃー。なっちでぇす。あ、今ぁ? 浜田の補習でぇ、チョー暇なのぉ」
 悠二の右隣でふんぞり返る夏江の、ゴテゴテの携帯電話から流れる着信音であった。元々彼女がここにいるのも、授業中に恋人である北島浩輔と通話していた咎である。であるにもかかわらず再び同じ過ちを繰り返す夏江に、浜田は悠二と同じものを感じて溜め息を吐いた。そしてすぐに、再び大きく息を吸い込む。
「お前らああああぁあぁぁああっ 真面目にやる気あるのかっ!?」
 答えは意外にも、すぐに帰ってきた。受話器から耳を離した夏江が、憮然とした表情で口を尖らせる。
「なぁーい」
 そして直ぐに、会話に戻ってしまう。
「ない」
 窓際に陣取る吉彦は、興味なさそうに窓の外を見つめたまま、呟きを返す。浜田は、目頭を強く押さえて、年甲斐もなく溢れ出しそうになる涙を必死に止めた。そして再び声を挙げる。もう自分の武器はこれしかない気がした。
「お前ら、自分がどうしてここに居るのかわかってんのかっ」
 先程同様夏江が自らの耳から受話器を外して質問に答える。
「はぁーい、授業中にぃ、コースケと喋って補習なうー」
 今度こそ彼女は、携帯電話をポケットに戻しながら返答した。
「授業中、先生の荒野に紙飛行機ぶつけた」
 吉彦も、浜田に一瞥を寄越した後に呟く様に再び言った。
「荒野じゃねぇ。最近は割と密林だ」
 浜田は焦って唾を撒き散らした。そして慌てて呼吸を整える。
「いいかお前ら、反省した態度を見せろ。お前らの態度は異常だ。授業中は携帯の電源を切れ。紙飛行機を飛ばすな。踊るな。お前らは何度俺に怒られれば気が済むんだっ。そして…いつまでも寝てるんじゃない、榊原ああぁあああああっ」
 激情のままに、教卓を拳で殴りつける。だが、帰ってきたのは寝起きの悠二の気の抜けた返事のみだった。
「んにゃ、ふぁーい、おはよー」
 浜田は脱力して膝から力が抜け落ちそうになるのを感じた。教卓にひっしとしがみついてなんとか耐える。しがみついた手が、細かく痙攣している。もう一度生徒達を睨みつけると、吐き捨てるように言葉を投げつけた。
「いい加減にしろ…もういい、6時まで延長だ」
 我ながら大人気なかったと感じる。そのまま浜田は、乱暴にドアを開けて教室から出て行った。背後で、生徒たちの不平不満の声が聞こえた。



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