「顔色悪いけど、大丈夫?」
「……大丈夫です」

 馴れ馴れしく肩に触れてくる腕を振り払おうにも、十分な力が残っていなくて。吐き気はないが、更に眩暈が酷くなっていく。

「HAYATO君、このホテルに部屋を取っているんだろ?気分悪いなら、僕が部屋まで連れて行ってあげるよ」
「い、いえ、私は平気ですから
……っ」

 トキヤは、力一杯、首を左右に振る。流石にそこまでついて来られたら、益々、助けを呼べなくなるではないか。

「そんな、遠慮しなくていいよ。君と僕の仲じゃないか。歩ける?HAYATO君、軽そうだし、何なら、僕が抱き上げて連れて行ってやっても構わないよ?」
「いえ、結構です。外の空気でも吸えば、直に良くなると思いますので」

 そう言って、何とか席を立つ。堪らず膝から崩れ落ちそうになったが、カウンターに両手をつき、それを必死になって耐えた。

「やっぱり危なっかしくて見ていられないよ。ほら、僕に身体を預けて――」

 腰に手を回され、引き寄せられる。男の手を払い除けたかったが、そんな余力さえ、今のトキヤには皆無で。何も出来ず、相手の言い成りにされるのを歯痒く感じていたら、回された手が、突然、叩き払われた。

「すみません、うちのメンバーに余り馴れ馴れしく触れないで貰えますか?」

 不機嫌な声音が聞こえたのと同時に、身体を引き寄せられる。ふと視線を上げると、そこには音也が立っていた。

「君、いつの間に……」

 プロデューサーは虚をつかれたように狼狽える。

「彼の姿が近くに見えなかったので、丁度探してたところなんです。明日の撮影のことで、彼に大事な話があったので」
「明日……?」

 撮影の話など、マネージャーから何も聞かされていない。それに、確か明日は――。
 音也の方に訝しげに視線を傾けたら、プロデューサーには見せないように目配せをしてきた。
 どうやら、彼には考えがあるようだ。

「ライブ終わりに、マネージャーから聞いただろ、明日の撮影のこと。急遽、撮影先と集合時間が変更になったから、トキヤに知らせてあげようと思ってさ。……あ、もしかして、お酒飲んで、明日のこと、忘れちゃってたの?」
「私はお酒など飲んでいませんし、明日のことも忘れてなんかいません。少々、ぼんやりしていただけです」

 とりあえずトキヤは、音也の台詞に合わせるように答えた。

「そう。忘れてないなら、良いんだけどさ。明日は前以て知らせてあった集合時間より、二時間も早いから、今日は早く寝ないとダメだね。……そういうことなので、トキヤは俺が預かっていきますから。それじゃ……」
「え?ちょ、ちょっと――」
「行こう、トキヤ」

 何か言おうとしていたプロデューサーを半ば無視して、音也はトキヤを連れて、その場を足早に離れた。
 難を逃れたことに安堵して、音也に身体を預ける。カウンターから見えぬ場所まで連れていかれ、会場の入口付近に置かれた椅子に座らせてくれた。

「……すみません、音也。貴方に要らぬ迷惑を掛けてしまいましたね」
「うぅん、気にしなくていいよ。俺がトキヤを探していたのは、本当のことだったし。あ、さっきの撮影の話、あれ全部嘘だからね。明日からオフっていうのは変わらないよ。ごめん、紛らわしい嘘吐いて……」
「いえ、貴方が機転を利かせてくれたお陰で、あの場を切り抜けられました。ありがとう、音也。本当に助かりました」

 それは本当に、冗談抜きで。あの時音也が来てくれなかったら、自分は今、何をされていたか分からないし。恐ろしくてたとえ仮定でも考えたくもない。

「それにしたって、何であんな人にホイホイついて行っちゃったの?こう言っちゃなんけどさ、見た目からしていかにも怪しそうだったじゃん、あの人」
「……以前お世話になった番組プロデューサーだったのです。世話になった手前、無下に誘いを断ることも出来なくて。私は決して、ホイホイついて行った訳ではありません」
「そうは言うけどさ、トキヤって結構、無防備な所があると思うよ。幾ら仕事関係者だって、疑って掛かった方がいい時だってあるんだからさ」
「……分かりました。これからは、より一層、気をつけるようにしますから」

 身体が怠くて、音也の言葉がまともに耳に入って来ない。御座なりに答えて、何気なく額に手の甲を宛てたら、思いの外、熱くなっていることに気付いた。
 全身に浮遊感を覚えて、何故か心地良い。四肢の奥から湧き上がる熱が、中心へと徐々に集まってきていた。
 プロデューサーに飲まされた薬は、どうやら性的な感覚を増幅させる類のものだったらしい。
 このような薬物の場合、時が経てば効果は無くなるらしいのだが。果たして、何時まで待てば、効果が切れてくれるのか。皆目、見当がつかない。
 そうこうしている間にも、中心が疼き始め、呼吸が段々と荒くなってしまう。

「トキヤ、大丈夫?かなり苦しそうだけど。そんなに強いお酒飲まされたの?」
「……いえ、酒は飲まされていないはず……なのですが。すみません、それも定かではありません。ただ、飲み物の中に薬物を混入されたようで」
「く、薬……ッ!?」

 驚愕の声を上げた音也の口を、トキヤは咄嗟に自らの手の平で塞いだ。その後で、人差し指を一本立てて、静かに、とジェスチャーをする。
 その意味を直ぐに理解した音也は、慌ててたように口を噤んだ。

「……全く、声が大き過ぎです」

 この会場は広いし、沢山の人がいる。何処にマスコミが隠れているか、分からない状態なのだ。

「ごめん、トキヤ。凄く驚いちゃって、つい言葉が出ちゃったんだ。……ねぇ、トキヤが飲まされた薬って、覚せい剤とかなの?」
「……分かりません」

 だが、流石にそこまで危ない薬物では無いような気がする。
 所持が明るみに出れば、処罰は免れないだろう。あのプロデューサーに、そこまでの勇気は無いだろうから。

「マネージャーとかに知らせた方が良くない?あと、警察にも……」
「いえ、その必要ありません。直に治まると思うので……」

 これ以上、問題を大きくはしなくないし、他の人にまで迷惑を掛けるのは、正直、気が引けてしまう。

「そうなの?……トキヤがそう言うなら、知らせないけど。だけど、此処にずっと居るのもあんまり良くないのか。さっきのプロデューサーも会場の何処に、まだ居るかもしれないし、皆に具合が悪いの気付かれちゃうかもしれない。とりあえず、会場出ようか?」
「……えぇ」
「外の空気でも吸えば、良くなるかな?それとも、トイレ行く?」
「……いえ、私の部屋に」
「お前の部屋?」

 トキヤはこくりと小さく頷く。
 スラックスの中で徐々に張り詰めていく存在が、苦しいと訴えている。全身を被う熱を、トキヤは早くどうにかしたかった。

「うん、分かった。じゃあ、行こうか」

 音也はトキヤの腕を取り、肩に回すと、徐に立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
 途中、翔と那月を見つけたので、簡単に事情を説明をしてから、二人はトキヤの部屋へと向かった。
 ルームキーを使って室内に入ると、音也がベッドまで連れて行かれ、その上にそっと座らせてくれた。

「……大丈夫?トキヤ。水、持って来るから、ちょっと待ってて、て――っ!」

 部屋に備え付けられた冷蔵庫に向かおうとした音也の腕を咄嗟に掴み、自分の方へと引き寄せた。バランスを崩した彼が、ベッドに転がる。仰向けに倒れた音也の顔近くに両手を置いて、覆い被さるように身体を重ねた。向けた瞳が捕らえたのは、驚愕する、相手の双眸。

「きゅ、急に、どうしたの?トキヤ。こんなの、お前らし――っんん……っ!」

 最後まで言い終わらないうちに、噛み付くようにその唇を奪った。


 to be continued


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