猫ごっこ 7
え?
聞き間違い、だろうか。
なぜ。
今、俺の名前が…。
スザク。
ルルーシュ、って言ったのか?
どう、して…。
「今も。…こうしてルルを抱いている時だって、彼のことを考えてしまうんだ」
ぎゅっ、と手の力が強くなる。
「ルルとルルーシュはなんとなく似てるから、つい重ねて見ちゃって…」
俺は、スザクに抱きしめられたまま、動けない。
スザクは、一体なにを言っているんだろう。
思考が停止してしまって、考えることができなくなっていた。
なんだ?
いま、なにがおきているんだ?
「ルルーシュとも、こうやって抱きしめることができたらいいのに、って。はは、おかしいよね僕…」
泣きそうな声で笑うスザクの手が、微かに震えていた。
――スザクが、俺を好き?
淡い期待が俺を襲い込む。
でも好きな人がいるって…。
俺…、だったのか?
鼓動が、みるみるうちに速くなっていく。
「今日ルルと会った時もね、本当はルルーシュに会いに行ってたんだ」
…え?
スザクが俺に会いに?
「ナナリーに聞いたら外出してるっていうから、結局会えなかったけど…」
もしかして、C.C.と揉めていた間に訪ねてきていたのか?
でも、アーサーのエサがどうとか言っていたし…。
どういうことなんだ?
「実はね、会いに行ったのは今日だけじゃないんだ。昨日も、その前の日も。ルルーシュの顔が見たくて、彼の部屋のそばまで…」
昨日も?
何を言ってる、昨日は外で猫と遊んでいただけじゃないか。
俺の記憶が正しければ、その前の日もずっとそうだ。
俺のところになんか、ちっとも来なかったくせに。
「最近、アーサーがルルーシュたちの住んでいるクラブハウスの近くにいるんだ」
ほら、結局アーサーが目当てなんだろ。
俺じゃなくて、
「だからね。アーサーに会いにいけば、ルルーシュにも会えるかな…って」
『……っ!』
「ルルーシュからしたら、ストーカーみたいで気味悪いかもだけどね」
スザクが、自嘲気味に笑って話す。
俺に…会いに来ていた?
「好きな人に会いに行く口実にしてたなんて、アーサーに知られたらもっと嫌われちゃうかな。このことはアーサーには内緒にしといてね、ルル」
俺の頭を撫でて、スザクが目の前の小さな黒猫に向かって微笑みかける。
アーサーどころか。
当の本人が知ってしまった場合はどうしたらいい?
スザクが、俺と同じ気持ちだった…?
好き、なんだと…。
本当に?
俺も好きなんだと、伝えたい。
好きで好きで仕方がないのだと教えたい。
人間に、戻りたい。
抱かれるだけじゃなくて、自分も相手の背中に腕をまわして抱きしめたい。
それもできないんだと思うと。
俺は悔しくて、悲しくて、しょうがなかった。
せっかく、この思いを口にすることが許されるかもしれないのに…!
「ルル…。そんな顔しないでよ。僕は君のことだって好きなんだからね」
ずっと面倒を見てあげるから心配しないで、とスザクは言う。
違う人の話を聞かされて、俺が落ち込んでいるように見えたのだろう。
そうじゃないんだよ、スザク…。
「でも聞いてくれてありがとう、ルル。なんだかちょっと元気が出たよ!」
柔らかい笑顔がこちらに向けられる。
俺の好きな顔だ。
…この顔がこんなに近くで見られるなら、このまま猫のルルとしているのも悪くないかもしれないな。
切望していたスザクの独占も叶うのだし。
C.C.が捕まるまでは、ここで生活することにしようか。
まずナナリーが心配するだろうから、学園の方になんらかの手段を使ってしばらく帰れないと連絡を入れるとして…。
黒の騎士団にも何かあった時のために用意していた緊急用信号を出して、それから…。
『…………』
俺がいなくなったら、スザクはどうするんだろうか?
帰ってこないやつのことなんか、いずれ忘れてしまうだろう。
ほかに好きな女でもできたらどうする。
俺以外の人を絶対好きにならない保証なんて、ない。
俺は、怖くなった。
「あーあ、ルルーシュに会いたいなぁ」
スザクが天井を見上げて呟いた。
俺ならここにいるよ、スザク…。
ずっと、お前のそばにいるのに。
『…っスザクの、ばか!』
俺のこと好きだといったくせに。
なんで気付かないんだよ。
気付け。早く、気付いてくれ!
「あたっ。ルル、急にどうしたの。痛いって…」
俺は悔しくなってスザクの腕をばりばりと両足で引っ掻いた。
驚いたスザクがこっちを見る。
「やめろって言ってるだろ…。ちょ、ルルってば!」
それでも俺は止めなかった。
どうせ今の俺はペットとしての扱いしか受けていないんだ。
これはもうほとんど、やつあたりに近い。
やがて、しばらく攻撃を受けて困っていただけのスザクの表情が変わる。
「ルル!飼い主の言うことが聞けない子は、お仕置きだよ…!」
ひゅっ、と一瞬の内に身体を掴まれる。
逃れようと暴れるが、俺の力ではスザクに敵うはずがなかった。
お仕置き。
俺は手を上げられるのだと思い、思わず身を竦めた。
来るべき衝撃に備え、ぎゅっと目を瞑る。
しかし、いつまで待ってもその衝撃が来ることはなかった。
『…?』
俺は、恐る恐る目を開けてみる。
するとそこには、スザクの顔のアップが待っていた。
睫毛の一本一本まで確認できるくらい接近した距離。
それを受動的に視界に捉えた、次の瞬間。
ちゅっ。
自分の口元に、何かが当たった。
柔らかい感触。
遅れて、その何かがなんだったのかを認識する。
スザクの、唇…。
もしかして。
俺は今、キスをされた…?
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