猫ごっこ 6
「ルル、もっとこっちおいで」
手を伸ばされ、俺は身体を強張らせる。
そんなこと言われたって、心の準備というものが…。
スザクと俺は、いま同じ布団の中に入っている。
…ただし、飼い主とそのペットという関係で、だ。
なんで猫と一緒に寝る必要があるんだ!?
俺は心の中で叫んだ。
布団から這い出て、色あせた畳の方へと逃げようとするが。
すぐに捕まえられてスザクの腕の中に引き戻されてしまう。
「もう、どうして逃げるのさ。そんなに僕と一緒に寝るのが嫌なの?」
後ろから抱き寄せらるような体勢になり、とうとう俺は身動きがとれなくなる。
嫌だからじゃない。
スザクが好きだから、困ってるんだ。
腕の中にいる猫が実は人間だなんて、スザクは知らない。
しかもそれが見知った友達で、しかもその友達が自分に恋をしているということも。
俺は、やましさと後ろめたさでいっぱいになっていった。
「ルル、あったかいね…」
ふわふわしたスザクの声。
吐息が耳のすぐ近くを掠めていって、くすぐったい。
そういえば、昔もこうやってスザクと並んで昼寝をしたことがあったな…。
二人並んで、手を繋いだまま眠りに就いて。
あの頃と今じゃ全然状況は違うけれど…。
なんだか懐かしいな、と思った。
「こうやって体温を感じながら寝るのは、すごく久しぶりだ…」
『……、』
スザクも、俺と同じことを思い出しているんだろうか?
幸せだった、あの夏の日のことを。
それからスザクはずっと黙ったままだったので、何もわからなかった。
………。
もう、寝てしまったのか?
確認しようと、暗闇の中スザクの顔を覗きこむ。
すると、その翡翠の双眸が不安げに揺れていたのが見えた。
『スザク…?』
どうしたのだろう。
にゃーん、と鳴いて俺はスザクの様子を窺う。
「ルル…」
今までとは違う、か細くて低いトーンの声で返ってくる。
大きな手のひらが、俺の片頬を撫ぜる。
「僕にはね、好きな人が…いるんだ」
一瞬、頭の中が真っ白になる。
今、なんて…?
「ずっと僕の片思いなんだけどね、」
いやだ…。
「毎日毎日その人のことを考えて、苦しくて仕方がないんだ」
やめてくれ。
「…でも、好きだなんて絶対に言えなくて」
こんなこと、聞きたくない…。
「いつも僕は臆病になってしまうんだ」
耳を塞ぐことができたなら、どんなに楽だろうか。
もう何も言うなと伝えることができたなら、これ以上傷つくことはなかっただろうに。
俺は、何もできなかった。
どうして俺は、猫なんかになってしまったんだ!!
拷問だった。
自分の中で、何かがガラガラと崩れ落ちていくのを感じた。
俺はその崩壊した瓦礫の下敷きになる。
あぁ。胸が苦しい。痛い。
恋焦がれている人のその口から告げられたのは、恋の終わりの合図だった。
好きな人が、いるのだという。
スザクの切羽詰まった声。
熱っぽい瞳に、苦しさに歪んだ表情。
スザク。
…本気、なのか。
どこかで、スザクは恋愛とは程遠い存在なのだと思い込んでいたのかもしれない。
それならば、彼の隣にさえいられればそれでいいと…。
だけど、自分はその場所すら手に入れることができない。
きっと、知らない誰かにそれさえもとられていってしまうのだろう。
伝えることなく砕け散ってしまった、俺の思い。
行き場のなくなったこの思いは、どうすればいい?
男なのにスザクを好きになって。
一緒にいたいからと、猫の姿になって騙して。
本当、馬鹿だな。俺は…。
いっそこの醜い自分が、消えてしまえばいいと思った。
そしてこの気持ちに、さよならを。
ありがとうスザク。
最後に、楽しい思い出ができたよ。
「どうして、こんなに好きになってしまったんだろう…」
目を閉じれば、漆黒の海が現れる。
それは今の俺の心と、ちょうど同じ色をしていた。
「――ルルーシュ…」
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