猫ごっこ 9
薄暗い部屋の真ん中で、俺たちは立ち尽くしていた。
窓から差し込む月の光が、その足元をぼんやりと照らす。
「――ルルーシュは、ルル…だったの?」
どのくらいの沈黙が流れた後だったろうか。
スザクが、俺が今一番聞かれたくなかったことを聞いてきた。
俺は、しばらく答えることができなかった。
下を向いたまま、かろうじて聞こえる声で「あぁ」とだけ小さく呟いた。
「どうして、猫なんかに…?」
「そ、それは…。俺にも、わからない……」
「…そう」
再び、気まずい静寂が訪れる。
俺は未だスザクに後ろから抱きしめられたままの体勢だった。
一糸纏わぬ姿も変わらない。
「その、スザク…」
とりあえずこの状態を変えたくて、見えない後ろに向かって声をかける。
まずは、素直に謝ろう。
悪気はなくても、スザクを騙していたのだ。
許されることではないだろう。
そう思って、口を開こうとした時。
「さっきの話、聞いていたんだよね?」
スザクが先に言葉を続けた。
「……え」
「僕が、ルルーシュを好きだってこと」
一瞬、胸が張り裂けそうになる。
絡めていた腕が、そっと振りほどかれた。
後ろを向いていた俺の体は、無理矢理正面へと向かい合わせられる。
スザクのエメラルドに煌めくその瞳が、俺の姿を捉える。
まっすぐに見つめてくる視線が、俺を逃がそうとしない。
「本当は、ずっと秘密にしておくつもりだったんだ。君に、嫌われてしまうのが怖かったから…」
だけど、その表情はどこか不安を感じているようだった。
声も、少しだけど震えている気がした。
「でも、猫になった君は。僕を追いかけてきたり、甘えてきてくれたりしたよね」
ひとつひとつ、スザクが一生懸命言葉を探しては紡いでいく。
「それって、少しは期待…、してもいいのかな?」
「〜〜…っ」
猫だった時のことを言われて、俺は一気に赤面する。
普段できないことを、たくさんスザクにした。
忘れてほしかったのに、改めて指摘されて、いたたまれない気持ちになる。
「…ねぇ、ルルーシュ」
そっと頬を両手で包まれて、俺は身体をビクッと震わせる。
猫に触れていた時と同じように、それは優しい感触だった。
「ルルーシュは、僕のこと好き?」
今度ははっきりと質問を投げかけられる。
俺に、答えを求めているんだ。
もちろん答えなんか決まっている。
だけど、俺にはそれを言う資格があるかわからなくて。
言っても、いいのだろうか。
ずっと言いたくて言えなかった、言葉を。
「お、俺は…、」
猫の言葉なんかじゃなくて。
ちゃんと伝わる、人間の言葉で。
「俺も…っ」
スザクが。
好き。
「お前のことが…好き、だ!」
言え、た…。
喉の奥から、心の底から、声に出せた。
怖くなかったのは、スザクの手のひらがあたたかくて安心できたからだろうか。
今まで邪魔だった心臓の鼓動も、心地良いリズムを刻んでいる。
ずっとずっと出せなかった思いが外に出て、体の力が抜けたような気がした。
「スザク…」
せっかく言えたのに、何の反応も返って来ないので不安になってスザクの顔を見る。
そう思って少し顔を上げてみると、
「……っ」
突然、スザクに口を塞がれる。
本日二度目の、キス。
猫だった時にした触れ合うだけのキスとは違って、人間同士の、濃厚な口づけだった。
「あ…、ふぅ……ンっ」
何度も角度を変えて、その柔らかい唇はなかなか離れようとはしない。
俺は呼吸を求めて身を捩ろうとするが、顎をスザクに抑えられていて逃げることができなかった。
唇を舐められて、吸われて。
そしてスザクの熱い舌が俺の口内をまさぐる。
お互いの口から、甘い吐息が交じり合う。
スザクの舌に戸惑いつつも、自分もそれにゆっくりと絡めていく。
痺れるようなその感覚に、だんだんと頭がぼーっとしてくるようだった。
酸素が本気で足りなくなってきた頃、ようやくスザクが唇を離す。
離れる際、二人の間に唾液の糸がつたう。
唇にはまだスザクの感触が残っていて、俺は名残惜しささえ感じた。
「ルルーシュ……」
スザクが熱を帯びた瞳で俺を見る。
息が荒く、枯れた声。
俺も、同じように映っているんだろうか。
すると次の瞬間、くるりと視界が反転した。
「……っ!?」
どさ、と後ろのめりに倒れ込む。
背中には布団の感触。
見上げると、スザクが俺にかぶさるように乗っかっていた。
「スザ、ク…?」
「猫の君も可愛かったけど…。やっぱり本物が一番可愛いな」
俺は、自分が裸だったことを思い出す。
裸のまま、押し倒されてしまった。
改めて気付くと、すごく恥ずかしい状態だ。
スザクは猫だった俺よりも、野生の動物丸出しで。
「ルルーシュ…。好きだよ」
耳元でそっと囁かれる。
一番のケダモノが、今俺の目の前にいた。
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