僕と遊んでください


見覚えのある後ろ姿を見かけた。声をかけてみると、やっぱり彼女だった。振り返ると見覚えのある栗色の髪が肩口で揺れた。今でも時折思い出す、出会った頃の姿が重なる。髪の長さは、あの頃と違ってしまっているけど。

「あ、赤城くん」
「やあ。君も今、帰り?」
「うん、そう」

門の壁に背をもたらせるようにして立っている。横に並んで話しかける。そういえば、まだ高校生だった頃、こんな風に彼女が通う学校の前で少し話しをしたこともあったっけ。彼女とは、それっきりの思い出ではあったけれど。

「誰か待ってるの?」
「うん」

それきりだと思っていたのに、一体どんな偶然が働いたのか、こうして同じ大学に通って、もう三年目。彼女と同じ学校に通うこと。高校当時、あんなに望んでいたことだったのに、叶ってみると呆気ない。それに、色々と手遅れだったみたいだし。

「あのね、赤城くん……」
「ん、何?」

彼女が言いにくそうに口ごもる。

「お昼に変なことに巻き込んでしまって、ゴメンね?」
「昼?」

昼に何かあったかな、と少し考え込む。思い当たって、頷きを返す。

「今流行りの“三角関係”ってヤツ?」
「大変お騒がせしました……!」

彼女が慌てたように体の前で手のひらを合わせる。そんなに謝らなくても、と思う。流石に冗談だって分かっているし、僕だって冗談だと知っていて便乗したんだし。悪ノリした、とも言える。一番割を食ったのは、ここにいない“彼”だと思う。

「いいよ。色々面白かったし」
「そ、そう?」

もう気は済んでいるのだけど、心配げに見上げてくる彼女の双眸を見たら、少し悪戯心が湧いた。

「ねえ」
「何?」
「本当に試してみる気はない? 三角関係」
「えっ」

ほんの悪戯心。本気な訳はなくて、少しからかってみたくなっただけ。
でも、決して本気ではなかったけど、ほんの少しだけ、もしも、という気持ちがあったことは否定できない。偶然も魔法も関係なく、ただ一緒にいたい、という気持ちに変わりはなかったから。
彼女は目を伏せて、視線をどこかに彷徨わせて、それから、

「…………ゴメンね」

顔を上げて、僕の顔を真っ直ぐに見詰め返して言った。

「それは、やっぱりいけないことだと思う」
「…………うん」

分かっていたことではあったけど、いざ、改めて口にされると胸に痛いものがある。

「ゴメンね……?」

彼女が申し訳なさそうに見上げてくる。黒目がちな二つの目。あの頃と寸分変わらない部分。視界の隅に見慣れた影が過る。向き直って僕も謝る。

「いや、僕こそゴメン。分かってて、誘いかけたりなんかして」
「?」
「君は彼のことが本当に好きなんだね」
「“彼”?」
「そう、“彼”」

視界を過った影の方、まだ少し距離がある人影を指でさし示しながら、頷きを返す。指に釣られる様にして視線を移動させた彼女は、その人影を確認した途端、目を丸くさせた。そうして、その瞬間、夕日の下でもはっきりと分かるくらい、顔を赤くさせた。

「……赤城くん、人が悪いよ」
「知らなかった?」
「もう……!」

僕の記憶にある、数少ない彼女の姿。彼女は思ったことがすぐ顔に出る、表情豊かな女の子で、大学で出会い直してからもその印象は余り変わらない。変わらないけど、彼女のこんな表情は初めて見る。こんな顔をさせたのは“彼”だ。僕じゃない。

「それじゃ、僕はこれで」

昼間も言ったけど、やっぱり馬に蹴られるのは勘弁だから、彼がここに来る前に席を外すことにした。――それはいけないことだ、と言った彼女の言葉を反芻する。それは確かにその通りだと思う。この年にもなって、何の下心もなく遊ぼう、なんてこともないはずだ。少なくとも、僕には難しい。

一人で帰りながら、ちょっとした可能性に思いを馳せてみる。彼女と初めて出会った時、ちゃんとしていれば、今頃こんな風に一人で夕暮の街を歩いていなかったのかな。ほら、例えば電話番号を聞いておくとか、名前を聞いておけば、ということ。もしもそんなチャンスが巡ってきたら何を差し出しても、そうすると思う。けれど、そんなことは時が戻りでもしない限り、あり得ない。分かってる。時間が戻ることはないし、魔法なんて元より信じていない。考えながら、自分で自分の考えに笑ってしまった。どうやら僕は自分で思っているよりもずっと、ロマンチストらしい。






(110817)
赤城くんに本当に損な役回りをさせてしまいました……。



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