2月某日、具体的には第3週ちょうど中程、水曜日。カレンダーに赤文字で印字されてあるその日を指さしてあかりは「そろそろだね」と呟いた。 「ああ」 桜色の指先がさし示す日にちを確認して頷いた。 「ワクワクする」 「ウンザリする」 声が重なった。意味は重ならなかった。 あかりは「えっ」という顔をして見上げてくる。 「ワクワク、しない?」 「しない」 苦い虫を噛みつぶす思いで返す。全くワクワクしない。寧ろウンザリというか、ゲンナリする。だって、 「誕生日と一緒。店でも学校でも慌ただしいし、追いかけられるし、声もかけられるし、挙げ句、ひと月後にはお返しも用意しなきゃいけないだろ」 ――ウンザリだよ、そう言い切って隣の茶色い頭を見下ろすと、眉を八の字の形に下げていた。そうして心持ちしょんぼりしたように「そっかぁ」とこぼす。何故か胸の中心がちくりと痛んだ。本当に、何故か。 沈黙がおりる。空気が何故か重くなったような気がする。閉店後のモップがけの最中で、ふとカレンダーに見入るボンヤリの背中が視界に入った。こら、手を動かせと注意するつもりでのぞき込んだら、カレンダーの日付を指でさし示された。指先に釣られるように目を向けて、内心、ああ、この日のことか、と察した。 「もうすぐだね」とあかりは言った。イベントが持つ意味合いからいって、色んな思惑とかそういったものと無関係でいられるはずがないのに、何の作為もなく、ふと気づいたという体で。素直な調子に釣られるように、思わずこっちも本音を口にしてしまっていた。その結果のこの重い空気。 「…………あのさ」 「うん?」 心なしか声に元気がないような、気がする。 「2月に入ったら、新メニュー考えてるんだ」 「新メニュー?」 「ああ。2月だから、チョコレート系のケーキと、それに合うブレンド。もう粗方決まってるんだけど…………その、」 「?」 「味見、する?」 瞬きを数回、あかりの顔が輝いた。 「いいの!?」 「いいよ。つか、良くなかったらそもそも聞かない」 「したい! したいです!」 「なんで敬語なんだよ」 思わず少し笑ってしまう。あかりは「何となく」と言葉に詰まるようにして言う。 「させてもらう立場、だし?」 「おまえにしちゃ殊勝だな。こっちも助かる」 つい肩を軽く叩きそうになって、掃除用の布巾を持っていたことに気がついて手を止めた。 「じゃあ、次のバイトのとき、味見させてやる」 「楽しみにしてるね!」 今にも「ワーイ」と声に出して良いそうな表情であかりは言った。笑顔と声の調子の成果、さっきまでの重たい空気はもう感じられなかった。 「よし、じゃ、さっさと後片付けするぞ」 「うん!」 それぞれ自分の持ち場?に移る。手を動かしながら、あかりの言葉を反芻していた。 ……ワクワクするって、あかりは言った。今の自分の気持ちを顧みると、分からなくもないと思う。こんな風に、誰かのために用意するのは、ちょっとワクワクする、かもしれない。 2014.09.24 一年目VDを控えたお二人。ぎりぎり友好かな〜ですん。 VDチョコもらって好きに跳ね上がるかもですね!ね!← 時季外れにもほどがありましたたt <-- --> |