04.苦笑い



「おねえちゃん、これ…………」

わたしの手元を覗き込んで、お隣の遊くんが心配そうな声で呟いた。言葉少なながら、遊くんが言わんとしていることを察したわたしは(いくら普段“ボンヤリ”と言われようと流石に!)、遊くんに頷きを返した。

「これは……“もっとがんばりましょう”かな?」
「おねえちゃん……」

でも、もう遅い時間。これ以上、遊くんに手伝ってもらう訳にもいかない。似たり寄ったりの“がんばりましょう”の山を横目に、再度台所に戻ったわたしに別の問題が降りかかる。……チョコが、もうないや。





「おはよう、おねえちゃん。……大丈夫?」

いつもは“おはよう!”と元気のいい声が今朝は凄く気遣わしげだった。笑いかけると、遊くんも少し安心したような顔をした。

「うん、頑張るよ」

結局、あれからチョコを買いに走ったけど、結果は変わらなかった。どうして寸分変わらない出来の“もっとがんばりましょう”なチョコが出来てしまうんだろう。不器用すぎる上、全く進歩のない我が身が恨めしい。「あのね、遊くん」とひとつ質問をしてみる。

「あまり出来のよくない手作りチョコと、お店で買った安心の義理チョコ、男の子はどっちが嬉しいかな?」

遊くんがほとんど反射的に答える。

「そりゃ、手作りに決まってるよ! 当たり前じゃん」
「…………そう、なのかな?」

見た目が物凄く恐ろしい手作りチョコでも? 本当に?

「手作りはさ、やっぱ特別だよね。もらった時の感動も違うし」

――問題は出来じゃないんだよ、と遊くんは言ってくれた。そうかな、……そうだと、良いんだけどな。

「分かった、遊くん! わたし、当たって砕けてくるよ!」
「く、砕けちゃダメだよ、おねえちゃん!」





朝は少し落ち込んだけど、遊くんのアドバイスと持ち前のポジティブ・シンキングのおかげで学校に着く頃には、わたしは揺るぎない意志を持つことが出来ていた。大丈夫! 大事なのは、気持ちだよね、うん、そうだよね!

その日は、予想通り、学校中が甘い空気に包まれていた。雰囲気的にも、物理的にも。鞄と一緒に持った手提げを手に取る。今年もお昼休みに渡そう。屋上なら、きっとあまり人目につかない、かな? 早速、渡したい相手に向けてメールを打った。

廊下に目を向ける。メールには気づいていないかな? まだ時間があるから、大丈夫だよね。今は女の子たちに囲まれて、メールを確認してる暇はなさそう。それにしても……今年もモテモテだなあ。チョコを渡している子、チョコを渡すのを待つ子、みんな、自分のチョコを大切そうに持っている。女の子の大切なチョコを笑顔で受け取る佐伯くん。それを見ていたら、胸がチクチクと痛みだした。あれ? 

慌てて目を逸らした。持ち直したはずのポジティブ・シンキングが今、風に吹き飛びそうだ。だ、ダメだよ、頑張れ、ポジティブ・シンキング!





お昼休み、階段から屋上へと続く重い扉を開く。明るい外の日差しに目を細める。視線の先に見慣れた人の背中が見える。古い金属製の扉と同じ音を立てて、わたしの胸も軋む。

「佐伯くん!」
「あかり」

佐伯くんはわたしの顔を確認すると、辺りを伺うようにこそこそと小声で話しかけてきた。

「なんだよ、なんか用か?」
「……うん」

かさかさとチョコを取りだす。

「はい、バレンタインのチョコレートだよ」
「これ……」

佐伯くんがチョコを受け取る。それを見分して、口を開く。

「あ、じいさんに?」
「えっ?」
「義理チョコだろ、これ?」

確かに、それは義理チョコだった。青い銀紙に包まれた一口大のチョコ。見るからに義理チョコだって分かってしまう、その見た目。佐伯くんは別段感動も心を動かされた様子もなく、続ける。

「そうだよな。おまえ、普段じいさんに世話になってるもんな」
「あ、あの……佐伯くん!」
「ん、なんだ?」
「それ……佐伯くんの何だけど…………」
「えっ」

佐伯くんが呆気にとられたようにして、わたしの顔を見た。――本気で? と、その表情が言っている。実際に口にも出して言った。

「本気で?」
「う、うん……」

頷きを返すと、佐伯くんの声のトーンがあからさまに落ちた。

「あぁ……そう、そうか」
「佐伯くん……」
「いや、いいんだ、チョコくらい。別に全然気にしてないし」
「さ、佐伯くん、大丈夫?」
「全然! 全っ然、大丈夫だから」

どうしよう、全然大丈夫じゃなさそう……。
心持、肩を落としながら、わたしに背を向けた佐伯くんが思い出したように振り向いて、言った。セロファンの簡単包装に包まれた一粒1リッチの義理チョコを掲げるようにして持って。

「これ、サンキュ。一応な?」

そう言って、笑顔を向けてくれた。笑顔というには、苦みが強くて、ほとんど苦笑い。堪らない気持ちになった。

本当は用意していた、手作りチョコ。出来ることなら渡したい。でも、渡したくない。何故って、胸を張って渡せるような出来じゃないから。笑顔でチョコを渡すことが出来た子たちとは違う、あんまりにも酷い失敗チョコ。何度も何度も、遊くんに手伝ってもらいながら、遊くんが帰ってからも、作りなおしたけど、結局全部失敗してしまった。不器用すぎて泣けてくる。でも、何より……、

『いや、いいんだ、チョコくらい……』

あんな顔をさせてしまうくらいなら。

「佐伯くん!」
「なに…………うわっ!?」

背中を向けて屋上を後にしようとしている佐伯くんを追いかけて、勢い余って、突進。背中に思い切りぶつかってしまった。
背中にしがみついたわたしを恨めしげな目で佐伯くんが見下ろしてくる。

「……背後を狙うとは、良い度胸だな、おまえ」
「ごめんね、佐伯くん……!」
「ああ、今のタックルは効いた」
「チョコ、本当は作ってきたの」
「おまえ、無駄に良いタックル持ってるな……って…………は?」
「手作りチョコ、本当はあるの」
「は? え? 何、なんだって?」

かくかくしかじか。
説明する。あんまりにも酷い出来だったから、渡せなくて代わりに用意していた義理チョコを渡したこと。高級チョコは元より買っていない。

わたしの話を聞き終わって「なんだよ……」と佐伯くんは首筋に手を当てた。そうして、わたしに横目を向けると「で?」と言った。

「“で”って?」
「だから……チョコ、どこ?」
「えっ?」
「手作りチョコ、作ってきてくれたんだろ? その、俺に渡す分」
「えっ、でも、すごく失敗したチョコなんだよ……?」
「バカ」
「痛っ」

こつん。
つむじの辺りに手刀が落ちた。咄嗟に、痛がってしまうけど、実はそれほど痛くはない。

「失敗だろうと何だろうと、関係ないんだよ。こういうのは」

乗せられたままの手刀越し、ぼやけた視界だったけど、その台詞を口にした佐伯くんは酷く恥かしそうだった。朝の遊くんの台詞が脳裏によみがえる。

『手作りはさ、やっぱ特別だよね。もらった時の感動も違うし』

そういうものなのかな、と思ったアドバイス。遊くんは流石だなあと思った。やっぱりわたしなんかより余程色々なことを知っている。

乗せられたままの手に手を当てて、佐伯くんの腕を退かす。

「教室に取りに行ってくるね」
「ああ、うん……」

頷いて、佐伯くんが少しだけ、笑った。今度は苦笑いじゃない、自然な笑顔だった。




2011.07.26
*チョコづくりがどうしても上手くいかない不器用デイジーと絶賛ときめき中の佐伯さんの馬連隊ん。
*おまけの会話文もあります。内容続いてます。
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