みんなでおひるごはん(中)



「悪かねェ」って、もちろん全くそんな程度のモンじゃなかった。食材を抱えて「育ちざかりの二人にお昼ごはんを作りに」来てくれた彼女の姿は、まるで慈悲深い神が使わした天使そのものだった。言い過ぎだって? まさか。まさか。

「もうね、後光射して見えたもん。美奈子の頭の上に、光の輪」
「逆光だろバーカ」
「そうじゃねーよバーカ」
「んだとコラ」
「やんのかコラ」
「もう、ケンカしないの! ケンカする人にはお昼ごはん作ってあげませんからね!」

その一言で、頭に上った血も、すっかり下がってしまう。お腹が空き過ぎて背中がくっつきそうだ。いや、冗談でも誇張でもなく。

「それで、今日は何を作ってくれるの?」

買い込んできた食材をキッチンに並べ、持参したエプロン(よく使い込まれ、何度も洗濯されたっぽいエプロン!)を身に付けた美奈子は天使から、育ちざかりの悪ガキ2人のお母さんにジョブチェンジを遂げた。我慢のきかない子どもみたいに質問すれば、お母さん美奈子は思案顔で口元に手を当てる。

「うん、それが問題だったの。わたしね、わたしなりによく考えてみたの。琉夏くんと琥一くんの2人に足りないものは何だろうって。そして、足りないものを効率良く補うには、どうしたらいいのかって。――それでね」
「うん、それで?」

コウは食材を熱心に検分している。

「オムライスがいいかなって」
「はあ」――オムライス。俺たちに足りないもの?
「ま、そうなるわな」とコウ。「卵に鶏肉、ご丁寧にケチャップまで買ってきてくれてよ。それぐらいならウチにもあるってんだ。ったくよ、一体幾らかかったんだコレ。随分買い込んできたじゃねーか。いいか。あとでレシート寄越せ」
「えっ、いいよ、そんなの!」
「よくねーよ。あとでじゃねぇ、今出せコラ」
「コウ、コウ。かつあげじゃないんだから、凄むなって」

口を挟むと、舌打ちが聞こえた。つくづくコウは不器用だ。

「そっか。オムライスかあ」
「うん、あのね、野菜もお肉も一緒に食べれるから、効率が良いと思って」
「野菜? 野菜なんか入ってたっけ? オムライスに」
「細かく刻んでチキンライスに混ぜ込むの。野菜嫌いの子も知らないうちに野菜を食べれちゃう得策です」
「ちょっと待て。野菜嫌いって誰のことだ」
「えっ、琉夏くんと琥一くん、そうじゃないの?」
「えっ、俺たち野菜嫌いだっけ? コウ」
「知るか。俺に聞くんじゃねぇよ」
「えっ、違うの? あれ?」
「それに、当人たちに種明かししたらダメなんじゃないの? 要は騙し打ちで野菜食べさせる策なんでしょ。これ」
「…………あっ!」

本人はしっかり者のお姉さんのつもりが、思いも寄らないところで抜けている。そういうところは変わらない。変わらない、彼女だ。何だか、むやみに嬉しくなってしまう。

「ま、どうでもいいだろ。んなこたぁ。野菜嫌いのガキじゃねぇんだ」とコウ。
「だな」

その通り。どっちみち、野菜嫌いのガキじゃない。もう、という話。


* * *


「ね、ね、美奈子」
「なあに、琉夏くん」
「卵、あるね」
「うん、あるね」
「牛乳……も、あるね」
「うん。オムレツに少し入れるとふんわりするから」
「やめとけ」とコウ。「甘ったるくなるだろ」という抗議はひとまず、脇に置いておいて……。
「で、バターもあるね」
「オムレツにはバターじゃない?」
「これだけあれば…………いける!」
「えっ、どこに?」
「美奈子」
「はいっ」
「ホットケーキ、作ってもいい?」
「ホットケーキ?」
「ルカ、おまえなあ……」
「ダメ?」

首を傾げて訊いてみると美奈子は、ふっと黒目がちな目を細めて笑った。

「いいよ。材料、きっと余るから」
「やった!」
「はあ……」

コウの、これみよがしなため息が聞こえた。それでも本気で止める訳じゃない。なんだかんだ言って、コウは俺らに甘い。


* * *


そんなこんなで、食卓には三人で作ったオムライスと野菜スープ、ホットケーキが並ぶ。なんて豪華な食事。

「おい。オムライスにスープはいいとしてだ。プラス、ホットケーキってどうなんだ?」
「ありに決まってんじゃん」
「ねーよ!」
「あ、でも、ホットケーキおいしそうだよ?」
「ね、きっとおいしいよ」
「ね」
「ダブルでボケんな! 俺が言ってるのは、食べあわせとか、バランスとか、そういう…………ああ、もうめんどくせえ。分かった、好きにしろ!」

コウがどかりと椅子に座る。美奈子も向かい側に座る。

「じゃ、食べよっか?」
「うん」

かちゃかちゃ……と食事の音がする。こんな感じに賑やかな食事も久しぶりだ。
「どう、かな?」と黒目がちな目が心配げに見つめてくる。
「あったかいごはんが嬉しくて涙出そう」
「……あ、そう、うん、あったかいよね。出来たてだしね、うん……」

急に美奈子のテンションが下方向に下がる。あれ? コウが物凄く恐い顔で睨んでくる。

「バカルカ。そういうこと聞いてんじゃねえだろ」
「……いや、分かってるって。すごくうまいよ。美奈子」
「よかった……」

美奈子がはにかんだように笑う。全く、なんてかわいらしい。

「コウは?」
「………………悪かねぇ」

ムッツリ黙り込んだあと、たった一言。もっと言いようがないのかな、相変わらず不器用だなって思うけど、分かってる。コウの「悪かねぇ」はほとんど最上級の讃辞なんだって言うことは。コウの素っ気ないぶっきらぼうなその一言を聞いて、それでも、嬉しそうに笑う美奈子も、ちゃんと分かっているんだろう。コウのそういうところを。




2011.05.09(もそっと続きます。次のバンビでラスト)

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