みんなでおひるごはん(前)



何の予定も入っていない日曜の昼過ぎ、起きだして1階に下りてみればダイニングのソファに寝そべっているルカがいた。――何だこいつも用事なしか。いや、これから出ててくのかもしんねぇけど。しかしえらいダレてんなオイ。
ルカは決して広くはない客用ソファに無理やり体を押し込めて横になっている。首を窓枠に乗せてぼけっとしているルカに声をかけた。

「何やってんだ、ルカ」

腹が減って下りてきたものの、水くらいしか腹に入れるものがない。それでも全く何もないよりはマシなのか。コップに水道水を注いだ。

「何もしてないをしてるんだよ、コウ」

窓枠に頭を乗せたままルカが言った。

「はあ?」

こいつがシュールなのは昔からだが……いや最近シュールに磨きがかかってきた気もしなくはないが、とにかくどっちにしてもまた訳のわからねぇことを言い出した訳だ。腹が減って頭のネジが飛んだか。人間、腹が減って暇だとロクでもないことになる。

「何てね」

ルカは頭を窓枠に乗せるのをやめて起き上った。

「何かの受け売りだよ。『ピーナッツ』だったかな?」
「ピーナッツ、だぁ?」
「知らない? ほらあの白い犬だよ」
「知るか」
「絶対知ってるって。有名な奴なんだ。……何だっけ、名前。スヌーピーだったかな」
「スヌーピー? ああ。あの白い犬か」
それなら知ってる。
「初めからそう言やいーだろ」
「コウ」とルカがやけに神妙な声で言った。

「スヌーピーは白いビーグル犬の名前で、スヌーピーが出てくるマンガのタイトルが『ピーナッツ』なんだよ。日本じゃスヌーピーの知名度が高くて間違えそうになるけど、本当はそうなんだ。ちなみにスヌーピーと四六時中一緒にいる黄色い生き物、小鳥らしいんだけどね、あいつ。全然そうは見えないけど。ちなみにあいつはウッドストックって名前」

――まためんどくせぇこと言い出しやがって、こいつは……大体あれだ、ウッドストックって言やぁ何より1969年のフェスだ。あの悪名高きウッドストック。しかしそんなことを言い返せば更にめんどくせぇことになるのは目に見えている。だから代わりに話を逸らした。

「今日バイト休みなのか」
「日曜だからね。安息日だよ。コウは?」
「何もねぇよ」
「へえ暇だねぇ」
「テメェもな」

真昼間から男同士で家でグダグダ暇を持て余している。なかなかにロクでもない気分だ。俺は声を上げた。

「腹減ったなぁクソ」
「嘆いても冷蔵庫の中の食材は増えねーよ。卵と牛乳と砂糖とバターなしのホットケーキなら作れるけど、食べる?」
「…………何もないよりはマシか」
「俺は卵も牛乳も砂糖もバターもないホットケーキは邪道中の邪道だと思うけどね。さて作りますか。憎むべきは、給料日前の金欠かな。さもしい、むなしい、むさくるしいの3パンチだよ今日は全く」
「言うなバカ」
「言いたくもなるよ。あーあ、お金なくてデートのお誘いも蹴っちゃったしね。美奈子今頃なにしてんのかな」

――黙れ、と言おうとしたところでノックの音がした。次いで、声。膝を中心に力が抜けるような、思わず口がニヤけてしまうような、そんな気の抜けた声だ。

「琉夏くーん、琥一くーん、いるー? 美奈子です。いたら返事してー」

言ってる間にもノックを続けている。ドアを開ける。

「聞こえてっから、あんまドア叩くな」
「コウ、凄むなよ」
「してねぇよ。んなこと」
「そう見えんだよ。顔恐ぇから」
「ウルセエよバカ」
「コウ、バカって言った方がバカなんだよ。どうしたの、美奈子。すごい荷物だね?」

ルカが俺の肩越しに覗きこんで言う。確かに美奈子は大荷物を抱えている。両手に持ったスーパーのレジ袋。レジ袋? 当惑気味の男二人に向け、美奈子は、こっちがたじろいでしまうくらいの笑顔を浮かべて言った。

「今日は育ちざかりの二人にお昼ごはんを作りに来ました!」
「………………」
「………………」
「……って、あれ? 反応なし? もしかして、余計なお世話だったかな?」
「えっ? いやいやいや、そんなことない! 今ちょっと、美奈子が天使に見えて放心してた俺。あっ、もちろんいつも天使に見えるけどね。いつにも増して天使に見えた。神様ありがとう!」
「る、琉夏くん?」

テンションが上がったルカを、目を白黒させて美奈子は見上げている。ふと、目が合った。幾分、気遣わしげなデカい黒い目。さっきこいつが言った言葉を反芻する。――余計なことだと思ってるかって? まさか。

「悪かねェ」

にやりと笑顔を見せてやると、美奈子も釣られたように笑顔を見せた。つくづく思う。こいつは、こういう顔のがよっぽど“らしい”。心配そうな顔よりも、余程。







2011.05.08/(ルカバンコウで)休日一緒にお昼ご飯食べようズ!続きます。

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