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――悪くない映画だった。

彼女と同年代と思しき――最も、彼女は実年齢よりも年かさに見られることが多かったけれども――ウェイターが運んできたコーヒーのグラスを横目に竜子は思う。――中々悪くない映画だった。

任侠映画の二本立て。流行りの映画とは違う。銀幕で、往年のベテラン俳優が迫力の演技を披露する、そういう類の映画だ。
館内にいた客の多くは年配の男性客ばかり。女子高生なんて彼女たちだけだった。竜子とテーブルのコーヒーを挟んで座る“彼女”。

竜子はというと、概ね満足していた。『近日上映』と銘打たれたリストから、今回のリバイバル上映を知った時から観に行きたいと思っていた。観終わった後も満足している。

けれど、彼女を誘ったのは、何故だったろう。

映画のあと、少し不安に思った。

「あんたは、楽しかった?」

自分はこの手の映画が好きだ。けれど、彼女はどうだったろう。楽しめたのだろうか。

「うん、楽しかったよ!」

すると、彼女は笑顔で頷いたのだった。
映画館の入り口で、射し込む西日の色に頬を輝かせて。竜子が思わずひるんでしまうほどの笑顔で。





今、当の彼女は竜子の真向かいに座ってクリームソーダに夢中だ。真っ白なバニラアイスと細かい泡がはじけるソーダ水の緑色が目にも涼しい。

――アイスクリームと氷の間にある、シャリシャリした部分がおいしいんだよ。

まるでとっておきの秘密を打ち明けるように告げる彼女の得意げな笑顔を目の端におさめながら、竜子は正直な感想を伝えた。“涼やかだ”と形容される――場合によっては“すごみがある”とも表現される切れ長の目を少し細めて。

「アンタは、変わっているね」

残り少なくなったバニラアイスを、ソーダ水の海に入水させないよう苦心していた少女は、きょとんと目を丸くさせた。黒目がちな瞳が丸みを帯びて、どことなく小動物っぽさが増す。

竜子と少女の見た目は正反対だ。違うベクトルを向いた、対極の端と端に位置する二人。
なのに、今はこうして一つのテーブルに向かい合って座って一緒にいる。それもまた不思議なことだと竜子は思う。こんなに近い距離に、こんな生き物がいることに、静かに驚いてしまう。

驚きを顔に出さない竜子とは違って、少女の表情は感情そのままだ。もう一度、少しだけ表現を変えて竜子は言った。

「アンタは変わった子だね」

「そうかなあ?」と少女は首を傾げる。

「そうだよ」と竜子は答える。グラスに挿したストローを動かす。氷が涼しげな音を立てる。それから、今朝のことを思い出していた。

待ち合わせをしていた駅前で、妙な調子に軽い声が竜子の背中を叩いた。

「お姉さん、ヒマ? お茶しない?」

よくもまあ、こんなにも紋切り型の誘い文句を素面で言えたものだ、と呆れた。今日び、どんなに陳腐な映画でさえ、こんな定型文は出てこない。

「失せな」

数々の手順を省略して、竜子は最も直截的な台詞を相手に投げつけた。声を限りなく低め、ドスを効かせ、目を危険なほど細めて睨みつける。こんなメンチを切られたら、泣く子はもっと泣いてしまうに違いない。案の定、軽薄な輩は震えあがって退散した。彼は勿論、泣く子、なんて可愛らしい年ではなかったけれども。

「ごめんね、竜子さん。待った?」

まるで入れ違いのように少女がやってきた。走ってきたのか、息を切らせている。

「いや、今片付いたとこ」

竜子の言い回しに、少女はやはり例の小動物めいた仕草で首を傾げるのだった。

いつもより剣呑な調子で竜子がナンパを追い払ったのには理由があった。ぐずぐずして映画に遅れたくなかったし、少女を巻き込みたくなかったからだ。それから、彼女の前で、さっきみたいに穏やかとは言えない方法で事をおさめるような真似はしたくなかった。そんな風に考える自分が意外だった。

そうして、不思議に思った。この少女は、どうして自分と一緒にいるのだろうと。

見た目は正反対だ。
中身だって似てはいないだろう。自分は周囲に緊張を強いる。少女が周りに及ぼす影響は正反対だ。今朝みたいに相手を震え上がらせて退散させる、なんて手法は彼女には無縁だろう。改めてこんな距離に――テーブルの向い側に――彼女がいることに驚いてしまう。彼女は怖くないのだろうか?

良くも悪くも、竜子はこれまで他人から距離を取られた。それは「敬遠されている」というものでもあったし、または「一目置かれている」という距離の取られ方でもあった。こんな風に、それも同年代で、自分のテリトリーにいつの間にか入りこんでいる少女というのは、これまで会ったことがない。だから、「変わった子」だと思う。

「変わった子」は「でもね」とソーダ水に沈み込みそうなアイスクリームを匙ですくい上げながら言う。

「わたしが変わり者なら、竜子さんだって変わり者だと思うよ」

思わず、頬づえをついた手の平から頭を落としかけた。

「……何で、そうなるんだい」

睫毛の先ほど目を見開いて竜子は言い返した。

「だって、変わり者のわたしと、こうして仲良くしてくれているんだもん。変わり者だよ」

のほほんとした笑顔で、そんなことを言う。そうなのだろうか、竜子は内心で問い返す。そうして気付いた。

こうして自分と一緒にいる彼女は変わり者だ。そういう理屈が通るなら、変わり者の彼女と一緒にいる自分だって変わり者だ。そういう理屈も通らなくもないのだろう。沢山の「本当だろうか」という留保と疑問を含みつつ、けれど決して悪い気はしなかった。そう、悪い気はしないのだった。不思議なことに。

もう一度、「変わり者の、友達だよ」言い直すようにして告げて、ストローをくわえた少女の台詞がこそばゆかった。口で伝える代わりに竜子は頬づえをつき直して、唇の端を持ち上げた。

――変わり者だって?

それはまあ、確かに。

――違いない、と彼女は笑顔の少女へ向けて頷いて見せる







(素敵女の子企画サイトさま「つま先」さまに提出させて頂きました)

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