弾む



*first date


赤いつやつやとしたラウンドトゥ。玄関の横に設置してある靴箱からじゃなく、細長の箱から取り出した真新しい靴は、間違いなく今日のために下ろした新品だ。
丸いつま先には小さなリボンが飾られている。靴の色に合わせて、落ち着いたワインレッドのワンピースを着た姉ちゃんは、新品の靴に足を差し入れると、履き心地を確かめるように地面を一、二回、つま先でとんとん、と叩いてみせた。光沢感のある靴先から、まるで星屑でも散ったように見えてしまった。

「“バッチリ好印象”ってね」
「え?」

靴の履き心地を確認するために姉ちゃんは片手を靴箱に置いて、軽く腰を折り曲げた姿勢のまま、首だけ振り返って見せた。

「デート判定。今日は森林公園に行くんだろ?」
「そうね」

姉ちゃんは頷き、猫の子のように目を細めて微笑んだ。デートの日程が決まってから、ずっとこの調子だ。楽しみでしょうがなくて、浮き足だって、今だって、もう心は公園にあるんだろう。

「今日は珪ちゃんとデートなの」

心から嬉しそうに、姉ちゃんはその台詞を紡ぐ。うん、知ってる。もう何度も、それこそ耳にタコができるくらい聞いたよ。そうなってしまう気持ちだって分かる。忙しい葉月と会えるのは本当に久々のことだから。こんな風に弾む姉ちゃんを見るのは、まあ、姉思いな弟としても喜ばしいことだ。

「うん、いってらっしゃい」
「うん、いってくるね」

声の調子のまま、姉ちゃんは足取り弾ませ、扉を開けた。秋晴れの見事な青空と、陽の光が玄関に差し込んだ。――どうか良い一日を。





*second date


「ごめん、待った?」

はき慣れた白いサンダルか、おろしたての水色のミュール、どちらにするか迷った挙げ句、瑛くんの好きな色ということで後者を選んだ。
ミュールの色に合わせて、ペディキュアの色を慎重に選んで、丁寧に塗った。焦らず、ちゃんと乾くまでのんびり待つこと。竜子さんのアドバイスに忠実に辛抱強く待った。そうこうするうちに、すっかり遅い時間になってしまって、『いけないわ、デイジー。睡眠不足は乙女の敵よ』という姫子先輩のお小言の声と共に昨夜は夢の国へ。

そうして翌朝、目が覚めたら、アラームにセットしていた時間をとうに過ぎてしまっていて。 急いで準備して(昨日のうちにコーディネートしておいて良かった。そのせいで寝坊したのかも、しれないけど)、水色のミュールを履いてバス停へ急いだ。連絡しないといけないと思ったけど、メールや電話をするよりも、早く待ち合わせ場所に向かわなきゃ、という気持ちの方が勝った。

それで、先の台詞。――ごめん、待った? 待った、待ったに決まってるよね? 待ち合わせの時間はとうに過ぎているのだから。自分でもあまりにも今更な台詞だったなあと、言い直した。

「遅くなって、ごめんね?」

そっぽを向いていた瑛くんは、それでちらりと視線をわたしに投げかけると、さらに視線を下方向へ移した。

「……爪」
「え?」
「その爪、自分で塗ったのか?」

つま先部分にガラスっぽい大ぶりのビーズが飾られてある水色のミュール。
それに合わせて爪にはパールホワイトに青系のラメを重ねて、ビーズもあしらった。遅刻の元凶。走りながら、昨夜、ネイルアートに時間をかけすぎた自分をうらめしく思っていた。それを見とがめられたようで、少し、ううん、かなり後ろめたい気がしたけど、結局、頷いた。

「う、うん……」

瑛くんはつま先を見つめたまま、ぽつり、と呟くように言った。かすかな声だったけど、聞こえた。

「……綺麗だよな」
「えっ」

ちゃんと聞こえいたから聞き返すためではないけど、思わず聞き返してしまった。何故って、びっくりして。
気恥ずかしいのか、瑛くんは軽く顔をしかめて言い直した。

「爪、綺麗だなって言ったんだ!」
「…………あ、ありがとう」

咄嗟にお礼を言って、少し考えて付け加えた。

「うれしいな」

笑いかけると、瑛くんは照れくさそうに首筋を撫でて、もう片方の手を差し出した。

「ほら、行くぞ」
「うん!」

待ち合わせ場所に向かって駆けるあいだ、あんなにも痛かった足が、瑛くんの一言で今はウソのように軽い。まるで魔法みたいだなと思う。





*third date


――あげる。そう言って足先に摘んだばかりの花を差し込んだ。
子鹿を思わせる大きな黒い瞳を瞬かせて俺を見つめている。ピンク色の花弁を指先で撫でて「……サクラソウ?」と聞き返された。

「そう。妖精の鍵」

軽く寝そべった格好のまま頷いた。公園の芝生に紛れ込んでいた花を見つけた。いつかと同じように。

「前にも、くれたよね?」
「だな。覚えてたんだ」
「覚えてるよ。指輪にしてくれたでしょう」

――嬉しかったから覚えてるよ、そう言ってつま先に咲いた花を愛おしげに撫でている。それなら、今日のこの花のことも、覚えていてくれるのかな。

「おまえがどこにでも行けるように、これはプレゼント」

この花は妖精の鍵だから。これがあれば、どこにでも望んだ場所に行ける。子供の頃に信じていた話。決して夢物語じゃない。だって、ちゃんと帰る場所を見つけたから。
当人は、無防備に大きな瞳を瞬きさせている。そして、視線を強めると確信を持った声で言った。

「わたしが行きたいのは……ううん、いたいのは、流夏ちゃんのそば、だよ」
「……うん、分かるよ」
「ホントだよ?」
「うん、ありがとう」

ちいさな、白い手が俺の手を握る。繋ぎとめようとするように。行儀よく体育座りをする足先のつま先にはサクラソウが咲いている。――どこにでも行けるし、何にでもなれるよ、おまえなら。そのことは、ただ実感として知っている。未来のことをほとんど諦めていた俺の手を掴んで、帰る場所がまだあることを教えてくれたのは、おまえだから。

「そろそろ、帰ろっか?」
「うん」

手を繋いだまま、二人して立ち上がる。――帰ろう、家へ。

「早く帰って、ホットケーキ食いたい」
「またぁ?」
「ダメ?」
「……いいよ」
「やった」

繋いだ手を軽く揺らして家路を急ぐ。視線の先で、サクラソウが道しるべのように揺れていた。




む足取りで、好きな場所へ、君の元へ





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