Who is Lucy?



歌と一緒に画面には古いアニメが流れている。音を辿りながらギターを鳴らす。口ずさむ。部屋の主は眠たげな目で画面を眺めている。極彩色の画面は物凄く陽気な悪夢って感じ。眠たげな歌声に比べて、映像はどう見てもイカレてる。まあ、悪くは無い。

――ルーシーは ダイアモンドをもって 空へ

眠たげだったボーカリストはそこで突然目を覚ましたみたいに歌い出す。ルーシーはダイアモンドをもって空へ、ルーシーはダイアモンドをもって空へ。リフレイン、リフレイン。アンド、コーラス……。

もう40年以上も前の外国製のアニメ映画だ。バンドの誰かの忘れ物だって、イノは言っていた。持ち主の見当は……多すぎて、まるでつかない。気まぐれでデッキに入れたビデオだったが、案外悪くない。バンドの名前は誰でも知ってる。知らないヤツなんていないだろうさ。

また、コーラス。ルーシーはダイアモンドをもって、空へ。空へ。

癖になりそうな画面上の踊りに魅せられながら、釣られたように同じ歌詞を口ずさむ。

――ルーシーは ダイアモンドをもって 空へ

そこで、ふと気付いた。

「つーか、ルーシーって誰だ」

コタツにもぐりこんで頬づえをつきながらイノが呟いた。

「……知らないよ」

欠伸を噛み殺しているイノを横目に、弦を弾いた。――ルーシーってのは、誰だ。一体。










「ルーシーって、誰だ?」

放課後の音楽室。雨上がりの空は灰色に染まっていた。ギターと苦闘している佐伯に付き合いながら、一日前と同じ質問を口に出してた。ギターの弦を持て余しながら、佐伯が答える。

「知るか」

言い方こそ違うが、昨日のイノとほとんど変わりない答えだ。つーか、答える気も考える気もさらさらなさそうな態度してやがるし。この不機嫌ぼっちゃんはどうも教わる立場ってことを忘れているらしい。

「ちっとは真剣に考えろよな」
「真剣も何も、情報が少な過ぎだろ。どこのルーシーさんだよ一体」
「ダイアモンドもって空に行ったルーシーさんのことだよ、そんくらい常識だろ」
「いや、全っ然常識なんかじゃないから。何だよ、そのよく分かんない設定」

ずっとギターに向けて俯けていた顔を上げて、こっちを見た佐伯の顔は本気で不可解そうだった。……まさか、本気で知らないのか? おいおいおいおい、音楽やろうとしてて、ダイアモンドもって空へ飛んでったルーシーさんを知らないなんてあるか。そっちのがありえねーし。

「あのな、ダイアモンドもって空へ行ったルーシーってのはな……」

説明しようとしたところで、はた、と思いとどまる。
知ってるのは、バンドのこと。有名すぎるくらいに有名なそのバンドが、この曲を作ったこと。けれど、ルーシーが誰かっていうのは、やっぱり分からない。分からないから、気になっているんだ。ずっと、昨日から。喉に刺さった魚の小骨みたいに。――全く、ルーシーってのは誰だ一体。

「誰だ一体」
「おまえも分かってないじゃん」
「う、うるせー! 少なくともお前よりは分かってるかんな!」
「全っ然、説得力ないし」

少なくとも元曲は知ってるオレに、いい度胸だ。抗議を続けようとしたところで、音楽室のドアが開いた。

「オッス! またギターの特訓?」

明るい茶色の髪が顔の周りで揺れた。黒目がちな目が前髪の下から覗く。美奈子だ。

「オッス。何だ? 差し入れか?」
「うん! お菓子買ってきたー」
「おっ、感心。よし、聞いてっていいぞ」
「やったぁ!」
「ちょちょちょ、ちょっと待て! 俺は許さないからな!」
「えー、佐伯くんのケチー」
「男らしくねぇぞ。腹ぁくくれ佐伯」
「何とでも言えよ。ゼッタイ、聞かせないからな」
「佐伯くんのイケズー」
「つーか、おまえ、また無駄遣いしてるし。こんなことに小遣い使わなくていいから、ちょっとは計画的に……」
「佐伯くんのお父さんー」
「つーか、小姑か。おめーは」
「おまえら散々な言い様だな」

佐伯は「俺はおまえの心配をしてだなあ!」と言って墓穴を掘ってる。美奈子が「心配? わたしのことが?」と小首を傾げる。正気づいたように佐伯が顔を赤らめる。お決まりのパターン。ほんっと、バレバレっつーか、丸わかりだよな。なのに、美奈子は気づいてないんだからな。このことだけは、少し佐伯に同情する。

無自覚バカップルどもを遠目に眺めながら、弦を弾いて、何となく、ルーシーの歌を口ずさむ。美奈子がギターの音に釣られたように、振り返った。好奇心旺盛そうな黒目がちな目が、こっちを向いた。ようやく向いた。

「何の曲? ハリーの新曲?」
「まさか」

喋りながら弦を弾き続ける。

「ロック史に残る名曲」
「そうなんだ……ねえ」
「んー?」
「何ていう曲なの?」

――ルーシーは ダイアモンドをもって 空へ

答える代りに、質問を投げかけてた。

「ルーシーってのは、誰なんだろうな?」
「え?」
「ダイアモンドをもって空に飛んで行ったルーシー、だよ」

ルーシーっていうからには、きっと女なんだろう。多分。おそらく。大体は。
問題は、そういうぶっ飛んだ女の子ってのは、一体、どんな姿形をしてんだろうな、ってこと。気になって気になって、オレは昨日から訳が分からない質問を周囲に投げかけてる。

美奈子が弾けるような声で笑った。
その瞬間、空に光が射した。雨上がりの重い灰色の雲から、夕日が姿を出して、空の一部と美奈子の輪郭をオレンジ色に染めた。

――タンジェリンの木と、マーマレードの空。

目の前の光景に被さるように、歌が頭の中を流れる。
幾らなんでも、出来過ぎな気もしなくもない。

美奈子が笑いこけながら言う。

「何それ! そういう曲なの?」
「……まあ、大体は」
「変なの。でも、面白いね」
「……まあな」

きっと美奈子が言うとおり、これは面白い曲なんだろう。何せ、星をもって空に飛んで行っちまうぶっ飛んだ女の子の歌だ。ぶっ飛んだ女の子のことを歌った、いかれた歌。

笑いの名残を残す美奈子の、オレンジ色に染まった顔を横目に弦を弾きながら、思った。ルーシーはきっとこんな女の子だ。何気ない仕草や一言で、日常をぶっ飛んだ光景に変えてくれる、そういうとんでもない女の子。歌い手はきっと恋をしていた。ルーシーに、もしくは、ルーシーに似た女の子に。多分。おそらく。大体は。



――Who is Lucy?/Lucy in the Sky with Diamonds
2012.03.03

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