ガールズ・キストーク 唇と唇を触れ合わせる。いわゆる、キス、口づけ。互いの柔らかい粘膜をくっつけ合う、その行為が、どうしてトクベツなんだろう? そもそも唇は触れ合わせるのには向かない。リップ、グロス、女の子の唇は、そういったもので飾り立てられているのだし。べったりとグロスがついた唇でキスをしたりしたら……べたべたとした感触を想像しただけで卒倒しそう。 リップも、グロスよりはベタベタしないかもしれないけど、大抵がラメ入りだからキスをした男の子の口元まで光りそう。……そんなとき男の子はどうするんだろう? こっそり拭き取るとか? そんなの、何だか失礼。だからといって、こっそりと相手の女の子から見えない位置で、やっぱり拭き取る、とか? そんなのって何だか、とっても滑稽だと思う。 「――――ね、どう思う、琉夏くん?」 「うーん、そうだなあ……」 隣りを歩きながら、見上げた琉夏くんは視線を少し上に向け、思案する顔。口の中の飴玉を、からころ、と転がして言った。 「こっそり舐め取る、とか?」 「えええ……」 「あ、イヤそうな顔」 「だって……」 生理的に嫌な感じがする。リップもグロスも唇の上に乗せるものであって、舐め取るものじゃない。食べられない物は口に入れちゃいけません。そんなこと、子どもの頃に何度も教え込まれたこと。 「美奈子はマジメだからなあ」 ふ、と笑って琉夏くんが言う。わたしはというと、何だかバカにされたようで内心面白くない。子どもが子ども扱いされて、むくれているような心境。 「そんなこと……」 「あるよ。ね、どうして俺にそんな話すんの?」 「それは……」 「他にも相手がいるだろ? 女の子の友達とか」 長い前髪に隠れて、琉夏くんが今どんな表情をしているのか見えない。髪に隠れていない口元は笑っているようではあるけど。髪に隠れた横顔に向けて呟く。 「言えないよ、こんな話」 「そう?」 「だって、カレンにこんなこと言ったら、大騒ぎになっちゃう」 「あ〜、そうかもね。『バンビ!? 誰かにキスされたの!?』ってなりそう」 「……うん」 「ミヨちゃんは?」 「ミヨにも言えない」 「ん〜、ミヨちゃんもマジメだからなあ。照れちゃいそうだよね」 「それもあるけど……すごく冷静に的確に返されたら、それはそれで居たたまれないかなって」 「いつもの調子で?」 「いつもの調子で」 琉夏くんがこちらに顔を向けて顔を覗きこんでくる。見つめてくる顔に向け、こくりと頷く。 「……なるほど」 小さく呟いて、琉夏くんが目を細めて笑う。まるで何かを含んだような笑い方。 「心配されるのもイヤ、照れさせて困らせるのもイヤ、かといって、真面目に返されるのもイヤなんだ。おまえは」 「……そういう言い方しないで」 「簡単にいえば、そういうことだろ? ね、消去法で俺だったの? 他の誰でもなく」 「それは……」 「コウでもなく?」 「コウちゃんにこんなこと言えないよ……」 「だね。同じ部活の連中にも言えなかった?」 「嵐くんもそういう相談苦手そうでしょ。新名くんは……年下だし」 「じゃあ、頼れる先輩たちもダメ?」 「……ダメだと、思う」 玉緒先輩は真面目だから、きっとすごく心配しそう。設楽先輩は……そんな話題出しただけで嫌われてしまいそう。 琉夏くんが楽しそうに笑う。 「ふうん、そっか」 「なんで、笑うの……」 「楽しいから」 「わたしは、楽しくない」 「おまえが言い出してきた話題だろ?」 「それは、そうだけど……」 「なあ、試してみる?」 ――何を、という台詞は言えなかった。流石に、そこまで鈍い訳ではなくて。琉夏くんはこちらを覗き込むようにして笑っている。鳶色の明るい瞳を細めて、お日様が逆光になって、琉夏くんの髪を輪郭ごと光らせている。片方の耳につけたピアスがゆるやかに揺れて、キラキラと光りを反射させていた。日陰でさえ明るい鳶色の瞳が、本当のところ、何を考えているのか、本意を計れなかった。 ごそごそと制服のポケットを探りながら、琉夏くんが言う。 「今なら飴ちゃんも付いてくるよ?」 手のひらの飴を転がしながら「何味かな、これ……あ、メロン味だって」とぶつぶつ。わたしの方へ目を向け訊いて来た。 「確かレモン味のもあったはず……美奈子は何味がいい?」 「……いらない!」 「どっちの話?」 「どっちも! 飴も、キスも遠慮します!」 琉夏くんが目を細めて笑う。 「そっか、残念」 「……もう!」 「ははっ!」 琉夏くんが軽い笑い声を上げて、それで、からかわれたんだ、とようやく分かった。全くもう。どうしてあんな相談をしてしまったんだろう? それでも、誰よりも、こういう話をしやすいのが、彼だったことには変わりがなくて。女の子の友達よりも、彼が。 「何?」 「何でもない……」 何でも飄々とかわしてしまう彼の軽やかさが好ましくて、今は少しだけ、心憎い。 [title:にやりさま] 2011.07.30/いじわるルカちゃん。実はルカ誕用に書いていたお話でした(とてもお祝いになりそうにないから没シュート!) << >> [HOME] |