背中の体温



美奈子とは一度家に帰ってから合流しようと話をつけた。それから、買い出し。West Beachの前で待っていたら遠くから、ちりん、ちりん、と軽い音がした。美奈子が手を振っている。

「お待たせ!」
「今日は自転車なんだ」
「うん。こっちの方が早いかなって」
「なら、バイクで迎えに行ったのに」
「ダメ。それにコウちゃんに怒られちゃう」

それはまあ、そうかな。

「ねえ、それで行くの? 買い出し」
「え? うん、これで行くよ」

買い出し。7月1日。今日は俺の誕生日で、学校でプレゼントを渡しに来てくれた美奈子が、ついでのように夕食をみんなで一緒に食べないかって誘ってきてくれた。今はその買い出しに一緒に行くところ。コウはバイト中。帰りに冷やかしに行くのもいいかもしれない。
「じゃあ……」と提案してみる。

「二人乗りしよっか?」
「えっ?」
「その方が早いでしょ?」
「それは……そうだけど」
「じゃあ、決まり。俺、前に乗るね」
「えっ? わたしが漕ぐよ!」

美奈子が慌てたように言った。「それは無理があるんじゃないかなあ」と返すと「でも……」と美奈子は口ごもった。

「だって、今日は琉夏ちゃんの誕生日でしょ?」
「それはそうだけど、それが何か関係あるの?」
「誕生日はお祝いされる日でしょ?」
「うん」
「琉夏ちゃんの誕生日なら、琉夏ちゃんがお祝いされる日でしょう?」
「うんうん」
「なら、琉夏ちゃんが頑張るのは、おかしいじゃない……?」
「……美奈子」

美奈子が黒目がちの目を困り目に変えて見上げてくる。何だか胸に込み上げてくるものがある。

「おまえが俺の誕生日を祝いたいなら、尚更だ。俺が漕ぐよ」
「どうして?」
「おまえに漕がせたら、危なっかしくて」

笑顔を向けると、呆気にとられたように目を丸くさせた。それから、おなじみの「もう!」。それにも笑顔を向けて、美奈子を促す。「行こう?」渋々ながら、といった表情で美奈子が後ろに乗る。

「今なら、コーナリングのショートカットもついてくるけど、どうする?」
「安全運転でお願いします!」
「りょーかい。……美奈子」
「なに?」

顔だけで振り返って確認した美奈子は、横座りに荷台に腰かけてる。それは良いとして……。

「もっとしっかり掴みなよ」

美奈子は俺の背中のシャツを握っているだけ。頼りない感触。

「でも……」
「ほら、腰に腕回して。落ちないように、しっかり掴んで」
「うん」
「もっと、ぎゅっとして?」
「う、うん……」
「もっと」
「……琉夏ちゃん」
「なに?」
「……確信犯なの?」
「……バレた?」
「もう!」

憤慨したように美奈子が距離を置く。一旦くっついた熱が離れて行く。ひとしきり笑ってから、言った。

「ごめん。でも、しっかり掴んでて。落ちたら、危ないから」
「…………うん」

細くて頼りない腕が腰に回される。その感触を確認して、ペダルに足をかける。

「よし、じゃあ、出発!」
「うん!」

すぐ後ろ、背中越しに元気な声が返ることに酷く安心する。


* * *


風が耳を切る音がする。少し声が聞こえにくい。

「ねー美奈子」
「なあにー琉夏ちゃん?」
「何で横座りなのー?」
「何でって、どうしてー?」
「や、座りにくくないのかなーって」
「そんなことないよー?」

間延びした会話が風に流されていく。

「あのさあ」
「なあにー?」
「やっぱ、パンツ見えちゃうのとか、気になるの?」
「……ななななに言ってるの、琉夏ちゃん!?」

腰に回された腕に、ぎゅっと力がこもる。たぶん、自覚してないだろうけど。

「だって、だから横座りなんじゃないの?」
「それは……」
「あ、当たり?」
「もう!」
「ごめん」
「あんまりそういうこと言うと、ホットケーキ作ってあげないんだから!」
「ごーめーんってば」

他愛ない会話、他愛ないやりとり、他愛ない、日常。
俺の背中で顔を真っ赤にして怒っているおまえは知らないかもしれないけど、そんな当たり前のことがすごく、うれしいんだ。大切なんだ。
本当は贈り物なんて、何でもいいんだ。何もいらない。おまえがいてくれたら、それで。

「美奈子!」
「な、に?」
「坂道だ! しっかりつかまって!」
「え? わっ、うん……!」

ぎゅう、と美奈子がしがみついてくる。背中越しに伝わる、このちっぽけな熱がひどく愛しくて、大切だ。――かみさま、どうかお願いです。俺からこの子を取り上げないでください。俺のためにこの子が酷い目に遭う、そんなことは決して起こりませんように、どうか、どうか。
頼りない繋がりを守りたくて、誰にも聞こえないように胸の中でだけ、祈り続けている。



2011.07.01/i wish his happy seventeen.

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