28.タイプ



*卒業後のお二人さん。



「そういえば……」

あかりが例によって例のごとく、何かを思いついて、思いついたことをそのまま実際に口に出す。少しも躊躇しないあたりがあの頃と変わっていない。進歩してない、という言い方はしない。それくらいにはこいつの扱いというものに慣れたつもりでいたので。

「瑛くんの好みのタイプってどんな子だっけ?」

飲みかけたコーヒーを一度ソーサーに戻して(カチャリ、と控えめな音が鳴った。大丈夫動揺はしていない)、目を眇めてウッカリ者の顔を探るように見つめた。――なに企んでるんだ、一体。あかりは小動物めいた黒目がちの目で、きょとんと見つめ返してきた。小首まで傾げて。おかげで余計に小動物めいて見えた。その額に手を伸ばして手のひらを当てた。

「……別に熱はないよ? 瑛くん」
「……ああ、そうみたいだな」

額にあてた手を戻して、改めて訊く。

「で? なに企んでるんだ」
「もう、人聞きが悪いなあ」あかりが頬を膨らませる。
「なにも企んでないよ。ただ気になっただけ」

そう言って、自分のコーヒーに口をつける。鼻白んだ気分でその台詞を聞いた。

「今更だろ、そんなの」

まだ高校生だった頃、同じような質問をあかりからされたことがある。そのとき何て答えたか、うろ覚えなりに覚えていた。あのとき、あまり人に言って聞かせたことのない本音をうっかりもらしてしまったので。どういう訳か、あかりの前ではいつもそうだった。それは多分、あかりの前でだけ本当のことを言えたということになるんだろう。あの頃からいろんな状況が変わってしまったとはいえ、質問の答えは基本的に変わっていない。あかりがカップをソーサーに戻す仕草を眺めながら訊いてみた。

「おまえは?」
「え?」
「俺は前に言った。あの頃と回答は変わってない。で、おまえは? どうなんだ?」
「どうって……好きなタイプってこと?」
「まあ、そういうこと」

珍しくあかりが目に見えて分かるほどうろたえていた。甘い、甘すぎる。人にだけ言わせておいて自分は難から逃れようなんて。
気恥かしいのか、しきりに指をもじもじさせている。それから、恥かしそうに上目づかいでこっちを見つめ返してきた。……その目はずるい。しかし、ずっと気になっていた質問だったし、この際回答をちゃんとあかり本人の口から聞いておきたかったので、妥協なんかしてやらない。自分でも目の下辺り、頬の高い部分がじんわり熱を持つのを自覚した。あかりはイタズラがばれた小さな子どもみたいな顔で、口元を綻ばせた。その目尻から頬にかけて、ほんのり赤に染まっている。そうして、口元に手を当てて、まるで内緒話をするみたいに小さな声で打ち明けた。


「……あのね、『やさしくて、カッコイイ人』」
「……ふうん?」
「……要するに」
「……要するに?」
「瑛くんのことだよ?」


喫茶店のテーブルで向かい合って、身を乗り出してそういう風に言った。うるんだ黒目がちの目が目の前にある。少し顔を動かせばキスだって出来てしまうかもしれない。そういうことをしても、今なら事故で済ませられるかもしれない。だって、こんなに距離が近いし。……やらないけど。事故とはいえ、そこには特別な意味合いが含まれてしまうだろうし、それにいくら卒業後で付き合いはじめてしばらく経つとはいえ、こんな人前でそんなバカなことはしない。そんなことをしたらバカップルになってしまう。
でも今はそういう人目を気にしないバカップルの気持ちも分からなくはない。人の目を気にしないでそういうことをしたくなる瞬間というのは、ある。例えば今がそう。謎めいた微笑みで、恥かしそうに密やかに笑うあかりの顔を見つめながら、そんなことを考えていた。



2011.03.18
*そういう訳でこのデイジーの事故chu相手は佐伯くんです(もちろん『クールでカッコイイ人』でもオッケーなんですが)
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