黒板を消して、黒板消しを掃除して、カーテンチェック、日誌を書いて日直の仕事は終わり。あとは日誌を担任に届けるだけ。教室の一角に視線を移す。そこに担任教師と女子生徒の姿を確認して、考え込む。話しかけても良いんだよな? 補習真っ最中のその女子は半べそかいてプリントに向かっている。担任……若ちゃんがどんな表情をしているのかは、こっちに背中を向けているせいで分からない。 「若王子先生」 「はいはい?」 「あの、これ、日誌です」 「ああ。日直のお仕事お疲れ様です、佐伯くん」 「あの……」 「はい?」 「その、海野さんは補習中ですか?」 「ええ」 なるほど。補習だった訳だ。いきなり「今週バイト休ませて」っていうから一体何をしてるかと思えば、こいつ……。 ちらり、と先生の肩越しにあかりの様子を伺ってみれば、おそるおそるといった顔で見上げる黒目がちの二つの目と目が合った。目と目だけで意思疎通。『ゴメン』一体何に対する謝罪かといえば、まあ、見当がついていない訳じゃなくて……。 「大変だね、海野さん。頑張って」 言いたいことは多々あれど、取りあえず、その場は仮の顔を取り繕ってお茶を濁した。第三者の視線もあったので。 「ガンバです、海野さん」と若ちゃん。拳を握り、力を込めエールを送る。それに対し「は、はい!」とデカイ声で答えるあかり。即席の熱血青春ドラマの一場面のよう。何やってんだか……ともちろん思う。 しかし、どう贔屓目に見ても、若ちゃんに熱血教師はらしくない。 ○ 「佐伯くーん!」 珊瑚礁目指して海沿いの道を歩いていたら、背中にデカイ声がぶつかってきた。振り返るまでもない。それでも、歩調はスローダウン、ゆるめてやる。 「佐伯くん、ごめんね……!」 「どうしたの、海野さん。補習、もういいの?」 憎まれ口代わりに例の建前の顔で応じてやれば、あからさまに言葉を詰まらせるあかり。 「……若王子先生がもういいって」 「ふうん」 そのまま並んで歩きだす。少ししてから、隣りから声がした。 「佐伯くん」 「なに」 「今週バイト休んじゃって、ごめんね」 「まさか理由が補習とは思わなかった」 「だって……」 「だって?」 「恥かしかったんだもん……!」 いや、分からなくはない。休む理由が補習だって聞いていたら憎まれ口の1つや2つくらい、叩いていたかもしれない。でも、理由を聞かされなくて悶々と思い悩むこともなかったはずだ。 「あのさ」 「なに?」 「今度、テストやばそうだったら、俺に聞けよ。少しくらいなら時間取ってやるから」 「佐伯くん、教えてくれるの?」 「ま、そういうこと」 「佐伯くんが優しい……どうしよう」 「おまえが普段俺のことをどう思ってるのか、よ〜く分かった」 「う、ウソです! ゴメンってば!」 「どうだか」 「でも、ありがとう」 「まあ、俺もおまえに休まれると困るし……その、貴重な労働力って意味でな?」 「うん、そうだよね」 素直に頷くあかり。そういうとこは本当に素直で疑うところを知らない。少しは別の意味に取ってくれても構わない……なんてことは、思っても決して言うものか。 「でも、若ちゃんのスーパー補習タイムのおかげで、次のテストはバッチリだと思う!」 「おまえは……」 「ん、なに?」 「人の気遣いとか、ときめきとか、綺麗にスルーしてくれるヤツだな! 本当に!」 「と、ときめき!? 何のこと?」 2011.04.18 *補習中の泣きべそデイジーが可愛くって、可愛くって、もう。 *あと、若ちゃんは割と熱血さんだとは思います。 <-- --> |