15.親友



わたしには友達がいる。春にこの街に引っ越して来たばかりでいろいろ大変なこともあったけど、友達に恵まれたことは本当によかったと思う。わたしの友達。小野田さん、西本さん、藤堂さん、水島さん……それから、一番よく一緒にいるのは――、

「佐伯くん!」

見覚えのある後ろ姿を見かけたので、声をかける。眉を顰めるようにして振り返るその顔ももう見慣れたもので。

「なんだよ」
「よかったら、一緒に帰らない?」
「ああ……」

佐伯瑛くん。入学式の日、道に迷ったわたしに駅までの地図を書いてくれた喫茶店の店員さんと同一人物で、同じ学校の同級生。喫茶店で働いていることは周りに秘密にしてるみたい。秘密をしってしまったせいか、わたしの前では素の顔を見せてくれる佐伯くんは、学校ではみんなの王子様キャラを演じている。秘密を知ってしまったこと、同じ喫茶店でアルバイトをしてること、そういう諸々が重なって話す機会が多かったわたしたちは親友だ。一緒に帰ったり、たまに喫茶店に寄り道して雑談したり、週末お休みの日に一緒に出かけたりして、わたしたちは仲の良い友達だ。けど、少し気になることがある。佐伯くん、最近少し元気がないみたい。

「佐伯くん?」
「……なに?」
「元気がないみたい。何かあった?」
「別に何もない」
「そう?」

佐伯くんはそう言うけど、何だか上の空っぽい。やっぱり変だと思う。
わたしは佐伯くんの前に回り込んで立ち止まる。佐伯くんが驚いて声を上げる。

「うおっ! ……危ないだろ!」
「佐伯くん!」

わたしは両手を広げて見せる。

「落ち込んでるなら、わたしの胸を貸すよ?」

――チョップされました。な、なんで!?





「佐伯くーん!」
「……………」
「佐伯くーん、佐伯くーん、さーえーきーくーん!」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「………テールりんv」
「……て、テルりんって、おまえ、バカ!」
「やっと振り向いてくれた」

バツが悪そうに言葉を詰まらせる佐伯くん。先日、落ち込んでいる佐伯くんに善意から「胸を貸すよ」と言って以来、避けられている。どうしてだろう?

「どうして避けるの?」
「別に、避けてなんかない」
「嘘。ねえ、わたし、なにか悪いことした?」
「…………自覚してないとこが始末に負えないんだよな。はあ……」
「えっ? なに?」
「いい。聞こえてなかったんなら、いい。忘れろ」
「もう……言ってくれなきゃ、分かんないよ。そんなにイヤだったの? 『胸を貸す』って言ったの」
「……いや、あれは別にイヤじゃないというか、むしろ……」
「?」
「…………あのさ」
「なに?」
「友達だから、あんなこと言ったんだよな? その、『胸を貸すって』」
「うん、そうだよ?」
「…………だよな。だと思ってたよ、うん」
「1回10円でいつでもどうぞv」
「金取んのかよ! てか安いなオイ」

――デコピンされました。な、なんでっ!?





「佐伯くーん!」
「……………」
「さーえーきーくーん」
「……………」
「……テールた、」
「……言わせないからな!」

チョップされたけど、振り向いてくれました。作戦勝利!

「もう! どうして避けるの?」
「おまえがバカすぎるからだ」
「バカじゃありません!」
「バカだろ。大バカだ」
「なによ、もう!」
「……友達なら一回10円なんだっけか。ハグ」
「うん」
「それって女友達もそうなのか?」
「え? 違うよ」
「ああ、そう……」
「女の子からはお金取らないよ。男の人だけ」
「………………」

――鼻を思い切りぎゅっとつままれた上、口パクでゆっくり「おまえ、ばか」って言われました。ななな、なんで!?





「佐伯くーん」
「ウルサイおまえなんかあっちいけ」

取り付く島もない感じ。どうしてこうなっちゃったんだろう? 友達なのに、最近わたしたちはケンカばかりしてる気がする。そんなの、さみしい。

「佐伯くん」
「…………」
「……ねえ。どうして怒ってるの?」
「……おまえが、鈍いから」
「え?」
「女友達からは金とんないって言ったよな。男は一回10円だって」
「? うん」
「金払えば誰にでも許すのか? おまえは」

佐伯くんは怒ったようにわたしの目を見つめている。わたしはかぶりを振った。

「友達にしか、しないよ」
「……友達? 男の?」
「うん」
「ふうん」

佐伯くんが一歩前に足を踏み出した。距離が詰まる。制服のポケットを探って「……10円だったな?」と低い声で囁く。

「……う、うん」
「手、出して」

差し出した手のひらに10円玉が置かれた。

「ちょっと、胸貸して」
「えっ……」

そのまま覆いかぶさるように抱きすくめられた。さ、佐伯くん、これじゃ、胸を貸すというより、抱きしめてるような…………。

「あの……佐伯くん?」
「少し黙ってろ」
「……落ち込んでるの?」
「……そう思ってるなら、そういうことにしとけよ、もう」

ぼやくように言われた。肩口に佐伯くんの頭が乗せられていて、佐伯くんの髪の毛がかすめて首筋や頬がくすぐったい。くっついた胸の、佐伯くんの心臓の辺りがすごい速さでドキドキしていた。なんともいえない気分になって、広い背中に両方の腕を回した。わたしを抱きしめる腕の力が少し、強まった。それから、耳元で「友達でも、男にこんなこと許してんなよ、バカ」って言われた。拘束する腕の力が緩む。佐伯くんの顔を見上げる。体を離した佐伯くんは何とも言えない顔をしている。

「……佐伯くん」
「……なんだよ」
「男の子の友達は、佐伯くんだけだよ?」
「っ!?」
「だから、佐伯くんにしか、こんなこと言ってないよ?」
「…………どんな殺し文句だよ、このバカ」
「……佐伯くん?」
「もっかい」

もう一度ハグされました。なんで? なんて思う余裕は流石にもうなかった。



2011.01.25
(*佐伯くんがバカバカ言い過ぎててすみません)
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