柔らかくふれ合わせていた唇を離し、佐伯くんは舌先で自分の唇を舐めて不思議そうな顔をしている。どうしたのだろう、と見上げてみる。息がふれ合う距離のまま、彼は小さく呟いた。 「…………甘い」 もう一度、赤い舌先で自分の唇を舐めている。その舌の動きに目を奪われる。恥かしくなって目を伏せた。 「やっぱり、甘い」 確認するように、もう一度言って、佐伯くんはわたしの頬に手を当てた。顔を上向けさせられ、距離が詰まる。キスされるのかと思って反射的に目を閉じそうになった。けれど、 「おまえの唇、あまい」 そんなことを言われて、閉じかけた瞼を持ち上げた。ぱちぱち、まばたきを何度か繰り返す。あんまり見つめたせいか、佐伯くんはひるんだように上体をのけ反らせた。 「な、なんだよ……」 「佐伯くんって、結構乙女ちっくだね?」 「……ばっ!」 刷毛で朱色を乗せたみたいに佐伯くんの頬が赤く染まった。なんて素直な反応。思わずくすくす笑ったら、「バカ」とふてくされたように言われた。頬を軽くつままれる。 「……ひたいよ」 「……おまえが、バカなこと言うからだ」 「佐伯くん、だって」 「俺は言ってないだろ」 「わたしの口が甘いって、さっき」 「……っ!」 佐伯くんが言葉に詰まったような呻き声を上げた。ああ、ほんと、分かりやすいなあ。こんなに分かりやすい人だったんだなあ。4月に初めて彼と出会ったときのわたしに教えてあげたいくらい。 「……ほんとうに甘かったんだ」 そうして言葉に詰まりながら、顔を真っ赤にしたまま、言った。 「そうなの?」 「そうだよ。なんか、花の蜜みたいな甘い味がする。すっごく甘い」 「……蜜? あっ」 「?」 「リップのせいかな? 確かハチミツのやつだったと思うんだけど……」 「ハチミツの? リップにハチミツが入ってるのか? でも、味まで甘いわけ……」 「どうだろ? わたしは舐めてみたことないから……でも、おいしそうな匂いがするリップだから、舐めたら甘いのかも」 佐伯くんはしばらくわたしの顔を見つめていたけど、やがて気の抜けたような、がっかりしたような声を上げた。 「…………なんだ、リップの味か」 「?」 「俺、てっきり、おまえの唇の味かと思って……なんだよ、ドキドキして損した」 そうして、そんなことをぼやいてる。ああもう、全く、この人は――、 頬に添えられたままの手のひらに自分の手をそっと重ねる。 「佐伯くん」 「なんだよ」 「佐伯くんって、ほんっと乙女」 「な、なんだと!」 「あんまり、かわいいこと言うんだもん。こっちが照れちゃうよ」 そう告げて、口づけをねだるように顔を上に向け、瞼を伏せた。瞼越しに、花も恥じらう乙女のようにうろたえる彼の気配を感じながら、じっと口づけられるのを待つ。やがて空気が動いて、花びらにそっとふれるようなキスが降ってきた。ふれ合った唇は確かに、かすかに甘い気がした。 2011.01.14 <-- --> |