揺れるしっぽに首っ丈の彼 | ナノ

人によっては難しいものなのです。


 帰宅してすぐに兄の部屋に突撃した。ノックと呼ぶにはやかましすぎる音で、部屋を叩くと眠たそうな顔をした兄が部屋から顔を出す。ただいまと挨拶をしたあとに手を出して「ゲーム」と言った。その一言だけで分かったのか、はたまた眠いから質問するのかが面倒なのかは知らないが、兄はぼさぼさの髪をくしゃくしゃとしながら、棚からあるゲームを取り出した。

「これだよな?」
「うん、ありがとう!」

 掻っ攫うようにそれを取って、部屋を後にした。扉が閉まる直前に見た兄の顔が、あんまり間抜けなものだから笑いそうになった。折角、それなりに顔が整っているんだからもう少し身だしなみと趣味をどうにかしたらいいのに。なんて思いつつ私は自分の部屋の扉を開けた。

「よーし、神崎ちゃん攻略するぜー!」

 教科書など皆無の学生鞄をベッドに放り投げて、パソコンと向き合う。そして、鞄の中に入れっぱなしの水筒と弁当のことなど忘れて、私はパソコンの電源を入れた。ゲームのパッケージを見て、にやつく。ああ、可愛いなあ。可愛い…。女の子とBLは私の癒し。日々の疲れなんかなくして、私に最大級のエネルギーをくれるものさ。
 緩みっぱなしの頬でゲームを起動させた。


 それから数時間後。母の「ご飯よー」という声も無視してゲームを続けていたら、少ししてからドシドシと階段を上がる音が聞こえてきた。やっべ。せめて、ご飯いらないだけでも言うべきだったな、と思っていたら、電話の子機を片手に母がノックもなしに部屋に入り込んできた。慌ててパソコンを閉じる。それと同時に子機を手に渡されて、耳に当てた。「もしもし、かわりましたー」と言えば、よく知る相手からいきなり罵倒をあびせられた。理由は携帯にメールも電話したのに反応がないためだ。携帯を携帯しろと怒られた。そりゃあ、ギャルゲーに熱中して私は忙しかったからと言えば、さらに“きもい”というきつい一言まで食らった。私のガラスのハートは砕け散りそうだよ…と返答しようと思ったが次は何を言われるか分からないのでやめておいた。

 彼の用件は頼まれていたことについてだった。すっかり忘れていた私は、彼此それを二週間は放置。痺れを切らした彼が到頭電話してきたのである。三日以内には描くから!とだけ返事して電話を切った。さてと、ゲームを再開しますか。
 その後、気付けばカーテンからは日が射し込んでいた。

******

 徹夜をした日の朝というものは、何故か妙に気分が上がっている。それは自分でも不思議なくらいに元気だ。本当に、一睡もしていないのかと疑うくらいには。しかし、それはある時刻までで、一定の時間を過ぎると一気に疲れと眠気が体に襲ってきて、授業どころか起きていることさえもままならない。まあ、要するに朝は元気すぎるということで、今日も今日とて朝だけ元気が良かった。

「柳くん柳くん!!あのね、神埼ちゃんが可愛すぎて私は死にそうだよ。あの図書室イベントとかリアルに鼻血でそうになったからね!?だって、上目遣いであんなこと言われたらもだえるしかないでしょ!?もう、男の気持ち痛いくらいわかった瞬間だったね。上目遣いはある一種の危険要因。自分の理性がたもてるかどうか…それはさておき、巫女服!なにあれ、何で神埼ちゃんが着るとあんなにかわいく見えちゃうの。似合いすぎてて…!!」

 全力で柳くんに昨日ゲームをプレイして思ったことを述べていると、急に私の髪を引っ張って「ついてこい」と言った。何のことだかさっぱりだが、とりあえず言い返せる雰囲気ではなかったのでついて行った。人があまり来ないところまでやってきた途端、それはもう怖いほど無表情で「一度、死んでみるか?」と言われた。某少女漫画の台詞ですけど、もしかして見たことあるのかな!あの子可愛いよね!なんて言いかけそうになるのをどうにか堪えて、言葉を飲み込み、私は首を傾げた。

「どういうこと?急にそんなこと言われてもねえ…。私は柳くんが神埼ちゃん描いてほしいって言ったから、そのためにゲームしたんだよ。じゃあ、フィーバーしちゃって語りたくなっちゃっただけなんですー」
「場所をわきまえろ。もしもあの中に話が通じるやつがいたら、俺たちがあのゲームをプレイしていることが知られるだろう?」
「別に良くないかなあ…。むしろ、それで知り合えたら同志が増えるじゃん」
「お前は正真正銘の馬鹿だな。片腹痛いぞ」
「なっ…!」
「周りで俺の趣味を知っているのはお前しかいない。何故だか分かるか?」

 言ってないから?と恐る恐る言えば、ご名答だと言わんばかりに頷いた。そして、問い掛けをしてきた。

「苗字は俺の趣味を知る前、俺に対してどんなイメージを抱いていた?」
「テニス部の三強で、頭が良くて、真面目で、女子からもそこそこ人気な生徒会書記」

 ここでBLを含めたイメージを話すのは、さすがに私でも間違いだと察したので、たくさんあるが胸の中にしまった。

「そうだろうな。苗字がかいていた小説や漫画からもそれは推測できた。そんな俺がオタクだと知ったら、大半のものはどう思うだろうな?」

 お前は例外だと暗に言っているような口ぶり。私もこんなのだからとか、お互いの趣味を知った経緯があんな状況だったからだとか、様々な理由はあるだろうが、確かに私の反応が些かおかしいのかもしれない。大方の人は「あの、柳くんが?」と言うのだろう。私だって最初は少しそう感じたが、引くなどといったことはしなかった。自分としてはオタクだからって何なのだという思いだからだ。だが、ああいう立場にいる柳くんにとっては周りに知られるのは嫌らしい。むしろ、恐怖なのかもしれない。“評判の良い自分が、趣味だけでそれを失う”という。もともと、こういう位置にいる私には理解できない思いだが、彼にも彼なりに何かあることは知った。

「…ごめんなさい」

 いつも冗談半分で連呼している「ごめんなさい」という言葉も、今は真剣なものだった。へらへらした顔から出たものではなく、真面目な顔つきでちゃんと目を見て言ったもの。
 そんな姿を見て、私が色々考えて察してくれたと分かったのか、柳くんはそれ以上何も言わずに私の頭をぽんぽんと優しく叩いて、この場を後にした。

 申し訳なかったと感じている反面で、優しく叩かれた頭に妙な違和感があるのに気付いた。普段は強く叩かれているから、きっと慣れていないんだろうな。
 …そういうことにしておいた。

******
あとがき
少し、いつもとは違う感じで書いてみました。ふざけるばかりじゃなくて、こういう話も挟んでいきたいです。柳さんだって、きっと色々あるはず…(笑)
(~20131206)執筆

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