揺れるしっぽに首っ丈の彼 | ナノ

それはもはや恋だからである。


 丸井が嬉々として苗字と遊んだことを話していた。それを俺と仁王は本来のあいつを思い浮かべながら聞くのであった。

「freedomっつー漫画のキャラを描いてくれたんだよ。マジであいつ絵、上手いな!」
「確かに絵は上手なようだな」
「で、教えてもらったんだよ。おかげで少しは上手くなったんだぜぃ?」

 得意げに問いかけるが、仁王は「どうだかのう」と訝しげに肩をすくめる。そんな様子に丸井は本当だと仁王に強く言っている。すると、仁王は打って変わってにたにたと笑みを浮かべた。

「何にせよ気になるあの子とお近づきになれてよかったんじゃなか」
「ちょっ、ばか!何言ってんだよ!」

 どうやら俺の前で言ってんじゃねえよ、ということらしい。だが、丸井が苗字のことを気になっていることなど最近の行動を鑑みれば明々白々だ。それ故に俺も分かっていることを伝えたら、拗ねたように口を噤んだ。

「まあ、バレバレじゃの。本人以外には」
「……あっ、そうだ!あいつさ、俺が腕掴んだり背中触っても顔一つ変えないのな?俺って男として見られてねえの?」

 男としては見ているが見ていない。それが答えだろうが苗字の秘密の話に触れることなので口にはできない。仁王も同じようなことを考えているのだろう。まあ自身の秘密を守るためにも、丸井には納得のいく形で答えを与えた。

「俺が距離を詰めても苗字は顔色ひとつ変えないぞ。苗字はそういう女子なんだ」
「え?柳にも?」
「俺と距離近うても、あの子は全然気にせんのう」
「なにそれ、仁王もとかマジじゃん!はあー難易度高ぇ。今までにないタイプだわ」

 確かにあいつは今までにはいないタイプだな。それには俺も同感だ。
 腐女子だと知らない丸井にとっては理解しがたい行動も多く、俺たちよりもますます不思議な女子に映っているに違いない。

「ってかさ、苗字って柳にはすごいラフっていうか素じゃね?俺、やっぱり、まだちょっと距離置かれてる気がすんだけど」

 立海ニュースの記事の前で話していたときとか水泳のときとか、と俺たちが話していた場面を丸井は挙げる。
 苗字は人見知りするようなタイプでないとはいえ、やはりオタクという同類には気が緩むのだろう。
 一方、オタクではなさそうな丸井にはどこか心の中で一線を引いてしまっているのだと俺は考える。しかしながら、こればかりは仕方のないことだ。仲の良さの度合いというのはやはり人それぞれ異なる。

「とはいえ丸井は最近話し始めたのだろう?」
「んー、2週間前くらいに連絡先聞いたっけな」
「俺は三ヶ月ほど話しているし、しかもクラスメートだ。ほぼ毎日顔を合わしている。むしろ、たった2週間で遊ぶほどになるというのは、かなり早いと思うがな」

 悲しげにしている丸井に俺はフォローを入れる。丸井は腑に落ちたような顔をして首を縦に振った。そうだよな、と。

「これからもっと仲良くなりゃええんじゃ」

 仁王の思惑がどうであれ、仁王も丸井をフォローする。俺たちの助言に気を良くしたのかニコニコと「明日もご飯誘おーっと」なんてスマホを取り出してメッセージを打ち始めた。

 当の苗字はどうせ今頃ゲームをしながら漫画なりイラストなりを描いているはずだ。返事が来る確率が一番高い時間は18分後だ。その頃には休憩は終わっているだろうから、丸井が返事を見られるのは部活後だな。

「よしっ、」

 丸井もすぐに返事が来ないことを理解しているのか、すぐにスマホをポケットにしまった。ところが、急にまた取り出して操作をし始める。ばっと俺たちに画面を向けた。

「これ!マジで可愛くね!?」

 そこにはテニスウェアを着てテニスをする苗字の姿があった。ほう、なかなかテニスウェアも似合っているな。下で結っていることがとてつもなく残念だが。

「なんじゃ、盗撮か?」
「ちげーよ!ちゃんと本人に許可得てるっつーの!それに2人とか3人で撮ったやつもあるしよ!」
「あー赤也もいたんじゃったな。アイツなら本人に直接“可愛いっすね”とか言いそうぜよ」

 赤也なら確実に言う、という俺たちの予想は合っていたわけだが、丸井のほうは伝えられなかったらしい。

「珍しいのう、そういうの普通に言えるタイプじゃろ」
「自分でもびっくりだぜぃ。なんか緊張?して言えなかったんだよなー……いやあ生はほんと可愛かった」

 それは、もはや恋だからだろうという気持ちを仁王も抱いた確率100%……苗字も丸井に好かれるなど意図していなかったであろう。それにしても丸井は何事も“早い”な。

 とにもかくにも、いざ男と話せばあいつがモテるという推測はやはり間違っていなかった。


 その日の夜、俺は仁王と2人で通話じゅえるをしていた。苗字は「漫画描いてるなう。テニスを知った私はリアリティを得たのだ!」「ふははは!もう猫背じゃないぞ!」と妙なテンションでグループに2件のメッセージを残したっきり出没しなかった。
 俺と仁王の「漫画は後にしろ」「後でいいじゃろ」「今は通話じゅえるをするときだ」「そうじゃ」「おい苗字」「のうー名前ちゃーん」「未読無視だな」「ひどいぜよ名前ちゃーん」「苗字」「名前」「溺れた」「野菜ラーメン」「腐女子の」「野菜ラーメン」という怒涛のメッセージにも反応がなかった。

『まだ見とらんぜよ』
「確実に未読無視だな」
『やっぱり名前ちゃんそういうとこ冷めとるのう』
「これでは丸井もメッセージをしてすぐは“俺は嫌われてるんじゃないか”と勘違いしたに違いない」

 仁王がケラケラ笑いながら「相談されたぜよ」って答えた。やはりな。俺も初めは、あからさまな嫌悪なのかと勘繰ったものだ。しかし、すぐにそれがあいつのスタイルだと気づいた。

(~20180807)執筆

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