揺れるしっぽに首っ丈の彼 | ナノ

案外、彼のデータは持っていません。


 残っている教科は数学II、数学B、地学基礎である。私はひとまず数学IIを開くが、1問目からすでに解けなくて絶望した。
 ああーもうやる気へし折られました無理ですー。私の人生で足し算掛け算等以外の数学を使う場面をまったくもって想像できないので必要ないですー。
 解答冊子にを手を伸ばそうとしたらバシッと手を弾かれて妨害された。

「俺の前で解答を丸写ししようなどいい度胸だな」
「だってまじで無理なんだってばー」
「はあ……俺は確かに解答冊子を写すのはよくないと言ったが、数学はまた別だ。しかし、解答冊子を丸々写すだけでは駄目だぞ」

 私には柳くんの言っていることがめちゃくちゃにしか聞こえない。チンプンカンプンなんだけどって口を尖らした。

「いいか、答えと解説を見ながら順に理解していくんだ。ほら、これを見ろ」

 柳くんが数学IIの解答冊子を開いて、1問目の答えを綺麗な指でさした。すっと伸びたそれが途中式をなぞる。私はその指の美しさに見惚れて全然、話を聞いてなかった。
 柳くんの手っていうか指、すごく綺麗だなあ。でもゴツゴツっていうか骨張っているところは男って感じ……。

「おい」

 色白だし本当に綺麗だなあ。ううむ。やっぱりこういうとこ意識して描かないとだめだよねえ……。

「おい」

 柳くんが帰ったら手だけ練習しようかなあ……。

「話を聞けこの馬鹿」

 ガツンッと頭に衝撃が加わる。私は痛みのあまりに声も出せずにうずくまった。こいつ問題集の角で殴りやがった。痛い。いくらなんでも酷すぎる。

「俺がこうしてわざわざ来て、教えてやっているんだぞ」
いや、私来てくれなくていいって言ったんだけど……

 小さい声で呟けば案の定、柳くんの目は大きく見開いた。結構怒ってらっしゃる。私はすぐにごめんなさいごめんなさいと謝る。

「続けるぞ」
「はい」

 私は大人しく話を聞くことにした。問題集の角で殴られるのはもう勘弁だしね。

 それから小一時間、数学を教えてもらった。柳くんの説明は本当にわかりやすくて、その後の問題は自分一人で解けるようになっていった。応用問題でわからないのがあれば、言われたように解答を見ながら順にやれば理解できた。その結果、この私がなんと最後の応用問題を自力で解けることができたのである!嬉しくてつい柳くんに報告しちゃった。

「ね、見て見て。この問題一人で解けたんだよ?すごくない?あ、言っとくけど答えは見てないからね!」

 言葉にしてから「それが当然なんだ」とか「それくらいで誇るな」って馬鹿にされるかと思った。が、予想に反して意外な反応が返ってきた。

「フッ、様子を伺っていたから答えを見ていないことは分かっている。苗字もやればできるじゃないか」

 えっ、あの柳くんが笑顔で私を褒めただと!??!
 意外すぎてぽかんとしてしまった。

「鳩が豆鉄砲でも食ったかのような顔をしているな。そんなにお前は日頃褒められない人間なのか」
「柳くんにね」
「絵と顔は褒めていたつもりなんだが」

 真面目に答える柳くん。確かに言われてみれば褒められたこともあるけど“日頃”ではない。私はいつも褒めてくれていいんだよ。なんてニヤニヤした顔を向けたら問題集を手に取りやがった。

「冗談です、たまにでいいです」

 慌てて付け足せば、柳くんはそれでよしみたいな表情で問題集を下ろした。
 それから、12時も回っていたので食事にすることにした。お母さんには外で食べると朝に伝えてあったし、私たちは近くの和食屋さんに出かけた。
 休日のお昼ともあって、店の中は混んでいた。お昼の時間くらい勉強の休憩ができるかと思いきや、柳くんの日本史・世界史問題大会が始まって、全然頭は休まらなかった。少しの時間も無駄にはできないとかなんとか。世界史も日本史も答えを丸写しした私は、誰が何したとかどこで何が起きたとか何にも覚えてなかった。
 それから20分ほど待って、ようやく席につけた。お母さんが珍しく「これで食べて来なさい」って二人分の食事代をくれたので、ふだん自分じゃ頼まない高いやつを選んだ。ちなみに特大エビフライが乗った天丼だ。柳くんはミニマグロ丼付きの質素なきつねうどんを頼んでいた。柳くんってやっぱり和食〜って感じ。むっちゃ似合う。

 そうして帰宅したのは2時ごろだった。新しいお茶を用意しているとお母さんが冗談めかして「昼食デートはどうだった?」とか聞くから真顔で「何のトキメキもない勉強大会だった」って答えておいた。
 お茶の準備を終えて二階に上がろうとすると、お母さんが私を引き止めて質問して来た。

「柳くんはどんなお菓子が好きなの?」
「和菓子じゃない?知らないけど」

 本人から直接聞いたわけでも他人から教えてもらったわけでもないけど、イメージだけでそう答えた。じゃあお母さんは嬉しそうな顔で「出かけてくるわね」って、とつじょ家を出て行ってしまった。もしかして和菓子買いにってわけじゃないよね?え?柳くんのこと気に入りすぎていない?うーん、我が家の株をあげたところで柳くんは私の彼氏にはなりませんよ……。
 私は複雑な思いで部屋に戻った。一応、和菓子が好きかどうか聞いておいた。

「確かに洋菓子より和菓子の方が好みだな」
「ふうん。柳くんって抹茶とかと一緒に食べてそうだよね」
「当たってはいるが」

 マジか。上品だなあ。そのへん柳くんって高校生っぽくないよね。

「へえ。結構なお点前でってやつでしょ?」
「それは立ててもらった際に言う言葉だな」
「え、自分で入れることもあるってこと?」

 ああ、とあたかも当然のように頷く柳くんだけど普通じゃないだろう。ますます高校生とは思えない柳くんの一面を知ってしまった。最近はっていうか話し始めてからはポニーテールラブ♥♥な印象しかなかったからちょっと驚き。
 テニスが上手だとか頭がいいだとか、読書家だとかいう周知の事実はそりゃ観察していたから分かってはいたけど、趣味や特技まではやっぱりまだまだ知らない。知れたらBL漫画の幅が広がると思うと他のことも聞き出したい欲求に駆られた。

「柳くんって他に趣味とか特技とかないの?」
「俺のデータが欲しいのか?お前ごときに易々と教えるわけがないであろう。どうせ漫画のネタにする気だろうからな」

 くっ。さすがは柳蓮二。私の思惑はバレバレだ。これはもう生活しながら少しずつデータを集めていくしかなさそうだ。

「そんなことより、今は課題の続きをすることだ」
「へいへーい」

 私は不承不承、数学Bに取り掛かった。私がのろのろと準備をしている間、柳くんは既に真剣な顔で勉強を始めていた。切り替え、はやっ!

******
あとがき
 柳さんのデータをなかなか集められない主人公ちゃん。
(~20180425)執筆

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