揺れるしっぽに首っ丈の彼 | ナノ

お互いに良い条件である。


 俺たちは着替えるために海林館へ向かっていた。精市はくすくすと楽しそうに笑っている。

「苗字さんってなんだか面白そうな子だね」
「馬鹿なだけだ」
「ふふ、蓮二って最近あの子と仲良くしてるだろ?」

 精市のその発言から、俺が苗字とどんな話をしているかや苗字について詳しいことを聞かれると予想したので、早いうちにこの話を終わらそうと思った。

「たまたま話す機会があるだけだ。そうだ精市、」

 別の話を振ろうとした隙に精市は俺が避けていた質問をしてきた。

「どんな話をしているんだい?」

 俺は精市の顔を見た。先ほどのような楽しげな笑みを浮かべている。あくまで答えを聞くつもりらしい。

「他愛もない世間話だ。昨日見たテレビだとか、面白いことがあっただとか」

 へえ、と言葉をもらした精市は部室の扉を開けながら言った。

「あの子ってさ中学の時からよく俺たちのこと見てるだろ。でもなんていうか俺たち自体に興味ないっていうか、見ている理由が他の女子と違う気がするんだよね」

 苗字の趣味を知っている俺はそのことに納得がいっているが、精市からしたら謎であるらしい。俺はなんと答えるべきか迷っていたら後ろから丸井と赤也が会話に入ってきた。

「幸村くんのそれすげえわかるぜぃ。ってかあの子可愛いよな」
「俺もそう思うっス!あの先輩ちょー可愛いっすよね」
「やっぱそう思うだろい?」

 苗字の「謎」の話は流れ去り、別の話が盛り上がりを見せる。返答に悩んでいた俺にとっては好都合だ。精市は少し不満そうにしているが。

「あの先輩、チア部とか入らないんすかねー?」
「ポニーテール似合いそうだもんな!チア部ちょーあり!」

 あいつが腐女子で俺たちをネタにBL漫画を描いていることは、こいつらには永遠に知られないままがいいだろうな。俺は二人の会話を聞きながらニヤニヤしている苗字の顔を思い浮かべる。
 まあ一つ心の中で言うとすれば、苗字はポニーテールが似合う。絶対的にポニーテールでいるべきだ。

 そうして着替えを済ませ、俺たちはめいめい教室に戻った。噂の苗字は寝ている。あれほど顔の評価を受けても苗字の中身は“アレ”である。残念なやつだが、俺は何だかんだ友人として苗字を気に入っていたりもする。本当の趣味を話し合える友人は“リアル”では苗字くらいのものだからな。

 俺は自分の荷物を置いて、苗字の席まで向かう。苗字を見下ろしていると、彼女の友人が声をかけてきた。

「なんか、この子徹夜したみたいだから今は起こさないであげてね」

 おそらく、櫻子のルートをやるように俺が急かしたから徹夜でプレイしていたのだろう。軽く頷けば、友人は席へ戻った。俺も席につこうかと思った時だった。苗字が寝言を零した。

「ふへへ……やなぎくん、かわいぃ……」

 いったい苗字はどんな夢を見てるんだ。思わずいつもの調子で頭を叩きそうになったが手を引っ込めた。
 あと1分36秒後に担任の教師が教室に来てSHRが始まる。俺は席に座った。

 それから1限目が始まる直前に俺は苗字を起こしに行った。徹夜して学校にせっかく来ても、授業を受けずに寝ていたら来た意味がないからだ。
 俺は苗字の肩を揺らす。

「起きろ、苗字」
「柳くん?私ねむい……」

 苗字は一度顔を上げたのにまた机に突っ伏して寝ようとした。堂々と叩くことはできないので二の腕をつまんでやる。

「いたっ!痛い痛い!何すんのさ!」
「やっと起きたか」
「ふつうにそれ痛いから!」
「なんの話だ?」

 俺は口角を上げて微笑んだ。苗字はもうっと口を尖らしながら二の腕をさすっている。

「で、私になんか用があるの?」
「いや、起こしに来ただけだ」
「どうして」
「ちゃんと授業を受けろ。寝ていたら来た意味がないだろう?」

 今更だよ、と苗字はため息をつく。13日後には中間考査だというのに危機感のないやつだ。とはいえ、そもそも中間考査があること自体を把握していないだろうがな。親切にも教えてやることにする。

「ところで苗字、13日後に控えた中間考査のことを知っているか?……「えっ、そんなの知らない」とお前は言う。やはりな」

 口をあんぐりとさせて絶望している顔は何とも間抜けで面白かった。

「今回の教科は一年の中間考査より多い。今から勉強しておけ」
「テストとかやだやだやだあ」
「条件付きで勉強を教えてやらなくもないぞ」

 もちろん、条件というのはポニーテールの写真を俺によこすことだ。ついでにセーラー服か巫女装束を着用することを追加したい。

「あ、条件といえば、別のことを頼みたかったんだよね!勉強はいいからそっちがいい!」
「なんだ?」

 ちょっと耳貸して、と言われたので俺はわざわざしゃがんでやる。耳を苗字の方に向ければ、こそこそと話し出した。

「あのね、柳くんの体を観察させてほしいなって。あと、よかったら半裸の写真がほしいなあ……」

 耳から離れた苗字は両手を合わせて、ダメ?と首を傾げた。この姿だけ見たら可愛いと思えるが、どうせBL漫画のためだろうと思うと俺はつい刺々しい視線を向けてしまう。
 考える素振りを見せながら俺は立ち上がった。すると断られると苗字は思ったのか、続けて言った。

「ほら、柳くんのしてほしいこともしてあげるから。ね?」

 ギャルゲかと突っ込みたくなるようなシチュエーションと台詞。俺が立ち上がって上目遣いになったことで、さらに「ギャルゲ感」が増している。
 俺は満更でもない気持ちになり、その頼みを承諾してやった。

「フッ、いいぞ。もちろん着てくれるのだろう?」
「でも、私はアレもアレも持ってないよ?」

 アレもアレもというのはセーラー服と巫女装束のことだろう。それについては入手できる見込みがあるので、心配無用だと伝える。

「えー……そんなのゲットできる柳くん気持ち悪い……」
「俺には姉がいると言っただろう」
「うーん、納得のいくようないかないような」

 苦笑を浮かべる苗字だったが、俺が申し出を了承したからか、機嫌は良さそうだった。勉強についても追加報酬で教えてやると言ったが、テストは諦めていると断られた。

******
あとがき
 ここにきて柳さん視点も入れるという突発的なことをしちゃいました。これからは柳さん視点も増やしていきたいです。
(~20180406)執筆

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