揺れるしっぽに首っ丈の彼 | ナノ

それはそれで気持ち悪いです。


 4限目の数学はわからなさすぎて気付かぬうちに寝ていた。柳くんに肩を叩かれてようやく起きたときには授業は終わっており、私は寝ぼけた顔で彼を見上げた。

「おはよう、苗字」
「んんっ、おはよう……」
「先に行っているぞ」

 私の耳元でそう囁いたあと、柳くんは教室を出て行った。私は目をこすりながらその後ろ姿を眺めていたが、どういった意味かを理解してはっとした。
 生徒会室のことか! ほら、やっぱりあの手紙は柳くんじゃないか!
 その事を思い出せばすっかり私は目が覚めてしまって、重たい息を吐いた。

「はあぁぁ……行かなくちゃダメだよねえ……」

 机の上に開きっぱなしの教科書とノートを引き出しにしまい、お弁当を持って友達の席へと向かう。別のところでご飯食べると伝え、不承不承に私は生徒会室へ行った。

 生徒会室の扉を開ける。柳くんがじろりとこちらを睨んだ。

「遅いぞ」

 教室での態度はどこに行ったのやら、ずしりとソファに座って踏ん反り返っている。この姿を写真に撮って、できることなら暴言も録音して、友達に見せたい。クラスのグループラインにもアップしたい。そんなことしたら私の秘密すべて晒されるけど。

「ふう、それで私に何の用かな?」

 向かい側のソファに座りながら柳くんに問いかける。

「いったい俺の命r……コホンッ……頼みよりも優先されうる用事とは何だったんだ?」

 この人、命令って言いかけたよね? 絶対そうだよね? っていうか柳くんなら、わざと言いかけて言い直している疑惑あるよ? 本当に嫌らしい性格だな! 最近つくづくそう感じる。

「イラストを頼まれていたの」

 私はお弁当を広げながら、従兄弟のことや期限に遅れていたことなどを説明した。柳くんは怖い面持ちで相槌を打っている。いつ、叩かれるのか私はヒヤヒヤしながら彼の様子を伺った。

「それは、“ZENZAI”か?」

 懐疑的な表情で問われる。私はてっきりそんなことよりも「俺の方を優先しろ」だとか何とかって怒られるのだと構えていたので驚いた。

「え、う、うん。そうだけど。知ってるの?」
「まあトカロPの中ならそれなりに名のある方だろう。まあお前がZENZAIのイラストを担当しているのを知っていたから名を覚えていたというのもあるが」

 そしてまた柳くんは眉をひそめて深く思議している。何故そんなにも考えているのかわからなくて、私は不思議に感じながらもおかずを口に入れた。

「苗字は先ほど、従兄弟の名が『光』だと言ったな」

 口の中におかずが入っていたので、私は口を閉じたまま首を縦に振った。

「それはもしかして財前光という名ではないか?」
「んんっ!?」

 私はびっくりして喉が詰まりそうになった。ケホッケホッと咳き込んでいると柳くんが「大丈夫か?」とか言ってきたので余計に咽せた。私に大丈夫か聞くなんて柳くんこそ頭大丈夫?

「だ、大丈夫だけど……」
「そうか。それでだが、財前光で正解なんだな?」
「なんで知ってるの?」
「財前光は中学の時にU17の合宿に途中からだったか、参加していただろう。その時にいた選手ならば全員覚えている」
「へえ……」

 そういえば中学の時にテニスしてるって言ってたなあ。あれ? 今してるんだっけ?……私って案外、光のこと知らない気がする。一音ミカが大好きなオタクってことはよーく認識しているけど。

「光ってテニスうまいの?」
「彼は2年のときに『天才』と称されていたようだぞ」
「へえ、光が天才ねえ……」

 動画に『ZENZAIは天才!』みたいなコメントがしばしばあるけど、テニスまで天才なんて言われているとは衝撃を通り越して疑わしい。「ミカは永遠に俺の嫁や(ドヤァ)」とか言っちゃうやつだし。何だか残念なイケメンだと思ってたけど、さらに残念感が増していて素直に褒められない。

「財前光がネットで活動している噂は耳にしていたが、やはりトカロPだったか……」

 柳くんは携えていたノートを開いてメモしていた。そんな情報いるの? って心の底から思った。

 それから私たちは雑談を交えながらご飯を食べていた。柳くんはずっと櫻子ちゃんについて話していたけど、やっぱり神崎ちゃんがいいな、とか言い出してからは神崎ちゃんの良さについてひたすら語っていた。
 今日はやけに饒舌だなあ、なんて思いながら聞いているときに気づいてしまった。

 今日、柳くんが私に暴力も振ってないしきつい暴言も吐いていない。

 これは衝撃的すぎる。柳くんがZENZAIというトカロPどころか本人である財前光のこと知っていたことよりも、光がテニスで天才といわれていたことよりも、遥かに驚くべき事象である。

 もう5月になったけどやっぱり雪降っちゃう? ていうか刀降ってきちゃうの? それとも世界崩壊? なんで今日の柳くんこんな穏やかなの? 二人でいるのに穏やかだよ? そんなに櫻子ちゃんにハマったことは柳蓮二に多大なる影響を及ぼしたの? それとも何か企んでいるの?

 と、邪推しているうちにご飯を食べ終えてしまった。そして、昼休みが終わる五分前のチャイムが鳴ると、私たちは二人揃って教室に戻った。

 私は夢でも見ているのかと思って、月並みだけど自分で頬をつねってみた。痛いのでおそらく現実なのだろう。
 5限目はお昼ご飯の後だからどうしても眠くなっちゃって、私はこの時間は最低でも10分は授業中に寝てしまう。それなのに、柳くんがどうしてあんなに大人しいのかを考えていたせいでずっと起きていた。

 わからなさすぎてモヤモヤするので、私は正直に聞くことにした。一発くらいなら叩かれていいから謎が知りたい。そう思う私は叩かれすぎて頭が末期なのかもしれない。まあ今のままだと柳蓮二から暴言暴力が出てこなくて世界が末期になりそう。

 とりあえず、私は6限が始まる前の10分休憩に入ると同時に柳くんの元へ行った。「ちょっと来て」と伝える。普段ならば顔を歪めて「なんだ」とか言いそうなものなのに、顔一つ変えずに来てくれた。私は周りに人がいないか確認して、問いかける。

「ねえ、今日どうしたの?どうしてそんなに私に対してきつくないの?なんかそれはそれで気持ち悪いんだけど」
「何を言っている?俺はいつだってこのような態度だ」

 フッと微笑を浮かべる柳くん。いやいやいやおかしいよ!柳くんの様子がおかしいよ!!
 私はとんでもなく怪訝な顔をしていたことだろう。
 立ち尽くしていたら、とつじょ私の両腕を掴んで顔を近づけてきた。驚いて私は目を見張った。

「そんなに苗字は俺から暴力や暴言を受けたいのか?ドMだな」

 至近距離で満面の笑みを浮かべている柳くん。何言ってるのこいつ。今日という今日は私が殴っていい?

「もうー違うよ。いつもと様子が違うから頭のネジでも外れたのかと思って聞いてるんだよ」
「では、明日からはそうしてやろう」

 私を完全に無視しながそんなことを言う柳くん。極めつけには私の頭をポンポンと撫でて。「わかった、わかった」などと口にした。

「話を聞けー!わかってなーい!」
「苗字はドM……」

 またまた私のことをスルーしてそう呟いた彼はそのまま踵を返してしまった。

「ちょ、ちょっと……!」

 私はとっさに柳くんの腕を後ろから掴んだ。それと同時に柳くんの腕ってこんなにしっかりしてたっけ? と感じる。
 真田くんなんかと並んだらかなり真田くんの方がしっかりしているからか、私はてっきり柳くんの足や腕はとても細いほうなんだと勘違いしていた。というか決めつけていた。
 なんだか急に柳くんの「男らしい」部分に触れた気がして、私は困惑してしまった。私が描いてた柳くんってそれこそ受けだからっていうのもあるけれど、体もかわいく描きすぎていたのかなとか、柳くんってやっぱり男なんだなとか考えていたのである。

「どうした?」
「え、い、いや、何でもない……!ご、ごめん」

 慌てて手を離す。私は私で態度を急変させて大人しくなってしまった。もしかしたら一番様子がおかしかったのは私なの?

******
あとがき
 たまにはこんな話も。二次元にひたすら突っ走っている主人公だからこそ、何だかんだやはり「男」を知らない「女の子」なのかなって思っています。
(~20180403)執筆

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