03


澄み渡る爽やかな晴天の下。巨大な蠍を滅した一行は場所を変え、歪んでしまったかごめの自転車と共に黄色い花が揺れる野原に来ていた。時刻もちょうどお昼時。かごめと彩音は二人でレジャーシートを広げ、その中央に持参した大きな弁当箱を置きながらみんなを呼び込んだ。


「さあ、今日はあたしたちが特別にお弁当を作ったのよ!」
「口に合うか分かんないけどね…」
「へえー、すごいすごい」
「こんなところでお二人の手料理がいただけるとは…」


彩音が照れくさそうに弁当箱の蓋を外せば、みんながそれを覗き込むように集まってくる。この時代にはない料理ばかりだが、珊瑚たちは笑顔を浮かべて期待の目を向けてくれていた。しかしその中で訝しげな顔を見せたのは犬夜叉。特別に分けた一人用の弁当箱を手に取り、「ふーん…」と声を漏らしながら警戒するように弁当を眺めていた。


「なんだか、見たこともねえもんばっかりだな…食えるのか?」
「失礼ね! 食べてみれば分かるでしょ」
「文句があるなら食べなくてもいいけどー」


確かめるように匂いを嗅ぐ犬夜叉に二人は揃って不服そうな表情を向ける。それもそのはずだ、この時代にないものを作ってしまったとは言え、彩音たちは朝早くから一生懸命用意したのだから。
ちゃんと味見だってしている。だから特に大きな批評をされることはないと思っているのだが、弁当箱に箸を突っ込んだ七宝が突然慌てた様子で「彩音っ、」と声を上げてきた。


「このタコ、足が四本しかないぞ!」
「しかものっぺらぼうじゃ!」
「あー…それはタコじゃなくて、ウインナーっていう全く別の食べものなんだよ…」


飛んできた冥加にまで指摘をされては乾いた笑みが浮かび、食べても問題がないものだと諭すように教えてあげた。やはり見慣れないものというのはどうしても奇異の目を向けられてしまう。もう少し彼らの食に合わせるべきだったかな、なんて思ってしまいながらからあげを摘まんでいると、不意に「このおむすび、美味しいね」という声が聞こえてきた。ぱっと顔を上げてみれば、笑顔でおむすびを口にする珊瑚の姿。それにかごめ共々ぱあっと表情を明るくすれば、笑顔で箸を進める弥勒が珊瑚に続くように言い出した。


「お二人の気持ちがこもったものです…どんなものでもありがたくいただきましょう」
「…ん?」
(これは…褒められてるのか…?)


喜びの笑みが困惑の表情に変わる。まずいとは言われていないが、その言葉はなんだか我慢しろと言われているようにも聞こえるのだ。しかし確かめるように弥勒を見ても、表情は柔らかく箸も止まってはいない。
ということは、やはり見た目のことを言われているのだろうか…いや、そうに違いない。そうであってほしい。どこか念じるようにそんなことを考えていれば、隣の犬夜叉が「ここんとこ、ろくすっぽ食ってねえからな」と弥勒に続くようにこぼしてきた。見ればその手は忙しなく、結局誰よりも弁当箱へ箸を向けている様子。


「なんだかんだ言いながら食べてるし…美味しい?」
「あんだよ、うっせーな…」


つい感想が聞きたくて問いかけるが、犬夜叉は食べることに夢中なのかこっちを見ることもなく次々とおかずを口に放り込んでいく。素っ気ない言葉には肩を落としかけたが、彼の止まらない手にはどこか嬉しさが込み上げてきて小さな笑みが浮かんだ。
元より素直じゃない犬夜叉だ、言葉はなくてもこれだけ夢中になってくれてるなら上出来だろう。そう思って微笑みながらその姿を見つめていると、弁当へ向けられた犬夜叉の箸が突然ピタリと止められた。その先には残り一つとなった玉子焼き。だがそれに押さえつけられた箸は犬夜叉のものだけではなかった。


「……」


鋭い目で犬夜叉を睨みつけるのは七宝だ。どうやら彼も同じタイミングで玉子焼きを狙ったらしく、お前には渡さんと言わんばかりに歪めた顔を犬夜叉へ向けていた――のだが…


「びえ〜〜〜っ」


睨み合いはほんの束の間。すかさず七宝を殴りつけた犬夜叉が呆気なく玉子焼きを口に運んでしまっていた。おかげで七宝の頭には大きなタンコブができて大泣き。慌てた彩音は七宝を慰めるように撫でてあげると、大人げない犬夜叉に呆れの目を向けながらため息混じりの声で言いやった。


「もー、また暴力振るって…それくらい譲ってあげなよ」
「彩音さまの言う通りです。子供相手にムキになる奴がありますか…むっ!?」


諭すように言う弥勒が箸を伸ばした直後、突然彼の目の色が変わった。その視線の先には弥勒が摘まんだ最後のタコさんウインナー。そしてそこにつけられたもう一善の箸。それはまたしても七宝のもので、彼は大きな目をうるうる…と潤ませながら懇願するように弥勒を見上げていた。

先ほど犬夜叉を叱った手前、譲らないわけにはいかないだろう。弥勒は仕方なくそれを諦め、ようやく勝ち取ることができた七宝は満面の笑みを浮かべながら満足そうに頬張っていた。


「おら、このタコ気に入ったぞ!」
「じゃあまた作ってきてあげるね」


嬉しそうに声を弾ませて言う七宝の頭を撫でながら言ってあげる。次いで弥勒の方へ体を寄せた彩音が「弥勒もありがとね」と笑いかけると、弥勒は苦笑を浮かべながら「仕方ありません…」とため息をこぼしていた。

みんな思っていた以上に弁当を気に入ってくれたらしい。それを感じては嬉しくなって頬が緩んだが、彩音はなにかを思い出したように「そうだ」と呟くと傍にあったかごめのリュックを漁り始めた。


「…じゃーん! クッキーも作ってみました」
「“くっきー”? それも食いもんなのか?」
「うん。お菓子だよ」


彩音は不思議そうに鼻を近付けてくる犬夜叉へ説明しながら包みを広げる。実は弁当を作った前日、かごめが学校へ行っている間に一人で作っていたのだ。これも戦国時代にないものだが、弁当のあとということもあってかみんな躊躇いなく口に運び、それぞれが美味しいと絶賛してくれる。それに満足げな笑みを浮かべていた彩音だが、遅れて手を伸ばそうとした犬夜叉にだけは「ちょっと待って!」とその手を止めさせてしまった。


「あ? なんで止めんだよ」
「犬夜叉には…はい、これ!」


そう言って彩音が差し出したのは一枚の大きなクッキー。他は一口サイズで丸や花形などのシンプルなものなのだが、それはデフォルメした犬夜叉の顔を模って作られた特別なものだった。


「これ…おれか?」
「うん。結構上手くできてるでしょ」


目をぱちくりと瞬かせながら不思議そうに見つめてくる犬夜叉に彩音はどこか自信ありげな笑みを浮かべた。そんな彼女をちらりと見て再びクッキーに視線を落とした犬夜叉だったが、なんだか胸の奥にじわじわと温かいものが広がって口をつぐんでしまう。わざわざ自分のために、自分だけに作ってくれたのかと。それを思うと途端に照れくささが込み上げてきて、頬へ一気に熱が昇ってくる気がした。


「おや? 顔が赤いですよ犬夜叉」
「なっ…!? あ、赤くなんかねえ! 気のせいだっ」


どこか茶化すように言う弥勒の指摘にすぐさま反論の声を上げると、犬夜叉はそのクッキーを奪い取るようにしてばくっ、と一口で食べてしまった。それには彩音が「あーっ」と驚いたような残念がっているような声を上げてきたがお構いなし。赤くなってしまった恥ずかしさと、さらに口の中で広がる優しい甘さに余計気恥ずかしさを煽られ、ふんっ、と顔を背けていた。

それに堪らず頬を膨らませた彩音が文句を言おうとするが、不意に隣のかごめが大きく身を乗り出してくる。


「ね、お弁当どうだった?」
「そういえば聞いてなかったかも…どうなの、犬夜叉」


かごめの言葉に同じく気になった彩音も続くように問えば、犬夜叉は「あん?」とだけこぼして顔を背ける。かと思えば残りのクッキーを摘まみ始めて、二人の質問には全然答えてくれなかった。それに不満げな顔を見せたかごめは、すぐさま問い詰めるように彼へ一層身を乗り出していく。


「美味しかったかって聞いてるのっ」
「それより、あれないのか? あれ」


これだけ聞かれても答える様子はなく、犬夜叉はひとしきり口に放り込んだクッキーを飲み込むと途端に辺りをきょろきょろと見回し始めた。「あれって…?」と首を傾げてしまう二人の前で、犬夜叉は傍にあったかごめのリュックを手繰り寄せる。一体なにをさがしているんだろう、そう思った時、リュックを漁っていた犬夜叉が「あったあった」と声を弾ませて手を引いた。そんな彼が嬉しそうに笑みを浮かべて取り出したもの――それは、普段から好んで食している味噌味のカップ麺だった。


(こ、こいつ…)


どうやら犬夜叉はなによりもこのカップ麺が気に入っているらしい。嫌でも分かるその姿に彩音が強い呆れと若干の苛立ちを覚えた、その時。突然隣のかごめから比にならないくらいの怒りの炎が噴き上がった。それには彩音ですらびくっ、と肩を跳ね上げたのだが、犬夜叉は全く気付かず。それが余計に煽ってしまったのか、かごめは突然立ち上がるなり背を向けて犬夜叉から離れていってしまった。


「彩音…ちょっと来て」
「わっ、分かった…」


明らかにいつもより低いトーンで発せられた声。彩音は堪らずドギマギとしてしまいながら、すぐさまかごめの方へと駆け寄っていった。それでもその様子に気付いていない犬夜叉はカップ麺の封を破り、今日一番楽しそうな声を上げてくる。


「なあ、湯沸かそうぜっ」
「犬夜叉…おすわり!」
「おわっ!」
「おすわりおすわりおすわりおすわりおすわりおすわりおすわりおすわりーーっ!!」


容赦なく連発される言霊にドドドドと鈍くも凄まじい音を響かせて犬夜叉が地面に叩き込まれていく。気付けば彼の体はレジャーシートを巻き込んであっという間に地面の中へ沈んでしまっていた。
途端に静まり返るのどかな野原。そこに盛大なため息をこぼした彩音は彼に歩み寄ることもなく、ただ遠くから呆れたように素っ気ない声を掛けやった。


「犬夜叉ー、あんたが悪いんだからねー。少しは反省しなよー」
「お…おれは悪くねえ…」
「そ。……おすわり」


全く詫びる様子のない犬夜叉に終いの一撃がお見舞いされ、見えない地面の下でずんっ、大きく鈍い音が響かされた。しかし彩音とかごめはすでに背を向けていて。がたがたに歪んだ自転車に乗り、さっさとこの場を走り去ってしまったのだった。


「今までで一番強烈な“おすわり”じゃったな…」
「お二人の気持ちを考えない報いですね…」


いつものことながら、それでも一層激しい今回の“おすわり”に顔を強張らせる七宝と弥勒がやはり呆れの表情を犬夜叉へ向けてしまう。そんな時不意にか細い苦しげな鳴き声が上がった。思わず一同が視線を落とした先、珊瑚の膝の上には、うずくまるように丸まった雲母が小さく表情を歪めていた。


「どうした? 雲母…すごい熱だ…」
「あの大蠍の毒ですね…」


珊瑚と弥勒が不安げな表情を見せて言う。弥勒の言葉通り、雲母は大蠍と闘った際に前足を切り付けられてわずかながら毒をもらってしまったのだ。そのため傷口周辺がほんのり紫色に染まっており、苦しむ雲母が毒に侵されているのは一目瞭然。それを見兼ねた冥加がすぐさま雲母の傷の元へと飛び移ってきた。


「どれ、わしが毒を吸い出してしんぜよう」
「ガルルル…」
「ふひっ!」


冥加が毒を吸い出そうとした途端、一層苦しげな声を上げた雲母は突然目を見開き、冥加を威嚇するように強く喉を鳴らした。まるで冥加を追い払うような仕草。驚いた彼が思わず飛び跳ねた瞬間、雲母は珊瑚の膝から飛び降りてそのままどこかへと走り出してしまった。
思わず目を見張った珊瑚がすぐに雲母を呼び、「待て!」とまで声を上げたがその足は止まらない。一体どうしたのか。珊瑚はわけが分からず戸惑いながらも、逃げていく雲母のあとをすぐに追い始めた。それに続くよう弥勒も立ち上がり、不思議そうな顔をする七宝へ言付ける。


「どうも雲母の様子がおかしい…私は珊瑚のあとを追います。うおっ」


言いながら傍の木に寄りかけていた飛来骨を担ごうとした途端ズシ…と思いもよらぬ重さがのしかかってきた。それには思わず少しだけよろめいてしまい、足を踏みしめた弥勒は困惑するようにその飛来骨を見つめた。


「珊瑚め…いつもこんなもの担いでいるのか…」


いつも平然とした様子で、それも片手で難なく使いこなしている姿を見てきたためにまさかこれほど重いとは考えもしなかった。思わぬところで改めて珊瑚の頼もしさを痛感してしまうと、弥勒はすぐに気を取り直して珊瑚のあとを追い始めた。

ぽつんと取り残された七宝は不思議そうな顔のまま、走り去って行く弥勒たちの背を眺めている。


「落ち着きのない奴らじゃ…」
「全く全く…」


肩へ飛び乗ってきた冥加から同意の声を向けられる。犬夜叉に怒り去ってしまったかごめと彩音、逃げた雲母を追っていった珊瑚と弥勒。あっという間に散ってしまった仲間たちにどこか呆れてしまいながら、七宝は残り数枚のクッキーを全てぱくりと頬張っていたのだった。

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