19


「遊びは終わりだ! 皆一緒に葬ってやろう!」


高らかに叫ばれる声が強く大気を震わせる。飛妖蛾の額の徴が力を溜め込むように眩く光を増していく中で、その脅威を示すように吹き荒れる風を受けながら彩音とかごめが力強く弓矢を構えた。輝く矢尻を向ける先は、強く光る飛妖蛾の額の徴。

相手が巨大であるとはいえ、当てなければならない場所は遠く小さいもの。それを的確に狙うのは容易ではなく、そのうえ激しく吹き荒れる風やそれに舞わされる木の葉が邪魔をして、ここだという場所に狙いを定められない。さらに外せない緊張が手を震わせ、より矢尻は彷徨ってしまう。
その間にも飛妖蛾の額の徴は光を増し続け、いまにも光線を放たんとばかりに大きく光を溢れさせ始めた。

しかしそれでもなお矢が放たれない状況に犬夜叉は焦燥と苛立ちを露わに振り返る。


「おい、なにやってんだっ。早くしろ!」
「分かってるわよ!」
「絶対に当てる! だからあんたも私たちのことを信じて待てっ!」
「!」


集中を途切れさせないため振り払うように犬夜叉へ声を上げれば、彼は途端にはっと目を見開く。
互いに信じ合うことの大切さ――それを彼女たちの声に気付かされると、犬夜叉は静かに笑みを浮かべて全てを委ねるように彼女たちを見つめた。

その彩音たちは一層強さを増す飛妖蛾の光に照らされながら、強く強く弓を引き絞る。未だ矢を放たない二人の姿に背後の七宝たちが堪らず名前を呼ぶほどの不安を覗かせるが、それでも彼女たちの手は離されない。代わりに、「かごめ!」「彩音!」と目を合わせることもなく同時に互いの名を呼び合った――その時、ついに飛妖蛾が動きを見せた。


「はああっ!」
「「行けええっ!」」


勢いよく両手を広げ光線を放たれると同時、二人はともに声を上げながら息を合わせるよう二本の矢を放った。それは光の線を描くように真っ直ぐ飛び、やがて一本の矢となるよう身を寄せながら清らかな光を纏う。その瞬間飛妖蛾の放った凄まじい光線が矢を包み込むと、矢を追うように駆け出した犬夜叉が掲げた鉄砕牙を強く握りしめた。


「見せてやらあ! てめえが見下したおれたちの力をっ。食らえ! 爆流破!!」


想いを叫び上げるとともに渾身の力で鉄砕牙を振り下ろす。途端放たれた爆流破は光線の中を突き進む矢を追い、それを包み込むよう激しく周囲を渦巻いた。その威力は計り知れるものではなく、強く大きく輝くそれが光線を打ち消すように迫ってくる光景に飛妖蛾は「なに!?」と声を上げるほど愕然と目を見張る。
だが瞬く間に距離を縮めるそれから逃れる隙などなく、飛妖蛾はかわすこともできないまま真っ向から迫りくる凄まじい衝撃を全身で受け止めた。


「ぐおっ!! おのれ…半妖の分際で…!」


あまりにも強すぎるその衝撃に掠れた声を荒立てる。しかし次の瞬間、激しい衝撃波と光の中に龍を、そして不死鳥のような蒼い光を見た。それに目を疑うよう息を飲むが早いか、突き抜ける二本の矢によって自身の額からとてつもない破裂音を響かせられる。


「ぐ…う…ぐわーーーっ!!」


突如耐え切れなくなったかのように飛妖蛾が断末魔に等しい悲鳴を響かせる。妖気の源ともいえる額の徴を打ち砕かれたことで力を失い、爆流破に耐えることができなくなったのだ。


「なぜ…半妖と人間などに…」


爆流破に全てを包み込まれる飛妖蛾からか細い声が漏らされる。やがてその身が崩れるよう大きく傾くが、それは地表へ触れるよりも早く塵となり跡形もなく消えていく影だけを垣間見せた。

飛妖蛾の消滅――それを確信したかごめと彩音は凄まじい光を見つめるまま、緩やかに弓を下ろしていく。


「終わった…」
「うん…」


ひどく髪が揺られ乱れるのも構わず二人は光を見つめる。だがそれが視界を埋め尽くさんばかりに眩く大きく範囲を広げると、突然消え失せると同時にドオン、と激しい爆発音を響かせた。それに伴うよう足元の時代樹が地震のような強い揺れを起こし、大きく凄まじい煙を上げながらその身を徐々に崩し始めてしまう。

それに目を見張った一同はすぐさま踵を返し、揃って時代樹の端へと駆けていった。するとそこに見えたのは変化したタヌキの姿――


「みなさん早く!」


どうやら助けに来てくれたらしい彼の声に呼ばれ、慌てて駆け寄った一行は続々とその背に身を移していく。そうして全員が無事に時代樹から離れては、雲母とタヌキ、それぞれに乗せられて逃げるように宙を駆けだした。

その間にも時代樹は端々から大きく崩れ落ちていき、それに振り返った珊瑚が眉根を寄せながら微かな声を漏らす。


「時代樹が崩壊していく…」
「飛妖蛾の妖力を借りて大きくなった木ですからね…土へ還るのがあるべき姿でしょう…」


弥勒が答えるように続きながら地面へ沈みゆく時代樹を見つめる。天にまで届きそうなほど高く伸びていたそれは、いつしか自分たちよりも圧倒的なまでに低くなってしまうほど呆気なく大地へ飲み込まれていた。

それを静かに見つめていた時、


「怪我ねえか?」


不意に問いかけられる声に彩音は顔を上げる。それは晴れ間の光に照らされる犬夜叉が向けてきたものであった。


「うん。あたしは大丈夫」
「私も問題ないよ。そういう犬夜叉こそ…大丈夫? 私がやっちゃった、傷とか…」


言いながらわずかに顔を俯かせる。目まぐるしく、休んでいる暇も心配している暇もなかったためになにもできていなかったが、犬夜叉は操られた彩音によって傷つけられた体のまま飛妖蛾と闘っていたのだ。自分たちよりも断然彼の方がしんどいはず。
そう思って尋ねたのだが、当の犬夜叉はというと「けっ」と吐き捨てるように言い出した。


「こんなもん、屁でもねえや」


腕を組むままはっきりと言い捨ててしまう。そんな彼の姿に彩音は少しばかり目を丸くした。だが、すぐにくす、と小さな笑みをこぼした。いつだって変わらない彼の姿に、安堵するように。

そうしていつか負った傷を思い出すよう自身の指へ視線を落とした彩音は、再び犬夜叉へ顔を上げながら穏やかな笑みを浮かべてみせる。


「犬夜叉…ありがとね」
「あ?」
「ふふっ、なんでもないよっ」


唐突な謝礼の意味が分からない犬夜叉が不思議な顔をするも、彩音はその真意を伝えることなく笑い掛けながらトン、と犬夜叉の肩に寄りかかる。それに犬夜叉は「なんでえ」と少し不満げな様子を見せていたのだが、傍にある彼女の頭をちらりと見ては、それをぽんぽんと優しく撫でてやった。

そんな時、突然「犬夜叉さまーっ」という声が聞こえてきたかと思うと、その犬夜叉の鼻の頭に小さな影が張り付いた。


「お見事でしたっ。まさしくわしの言った通りの方法で倒しましたな! さっすがは犬夜叉さま」
「けっ。肝心な時に逃げたくせしやがって…」
「あ。でもどうやって倒したか知ってるってことは…」
「近くにおったのか?」


気が付いたように言ってくる珊瑚に続いて七宝がそう問いかける。すると自身の味方を見つけたと思ったのか、その声を聞いた冥加は高らかに「その通りですじゃ!」と大きな声を上げた。


「不肖冥加、犬夜叉さまを見捨てるなど…」
「いっつもしてますよ」
「してる」
「超してるね」


すかさず突っ込んでくる弥勒、かごめ、彩音の厳しい声に冥加は「うっ」と声を詰まらせる。すると途端に「うっ、じゃねえっ」と言った犬夜叉の手によってバチ、と叩き潰され、そのまま呆気なく風に乗ってどこかへと飛ばされていってしまった。

一行はそんないつもの様子を呆れたように見やりながら、ようやく訪れた穏やかな時に身を任せ、楓が待つ村へと向かっていった。



* * *




現代――

あれほど冷たく白銀に染め尽くされていた世界は元の彩りを取り戻し、晴れ渡る空にはこの季節相応の清々しい青が広がっていた。彩音が背を預けて座る御神木には一度散ってしまった花が再び芽吹き、爽やかに吹き抜ける風によって花びらを舞い落としていく。

そんな光景を見上げながら、彩音はかつて同じように目の前を舞い落ちていた白を思い出した。


「ねえ犬夜叉…私ね、あの時…御神木から犬夜叉の声が聞こえた時、すごく驚いたんだよ。本当にすぐ傍にいるみたいでさ…」
「だからいたじゃねえか。おめえ、いまにもぶっ倒れそうな顔してたから…ちょっとびっくりしたけどな」


御神木の裏側で同様に座る犬夜叉が、自身の膝の上で丸くなるブヨの耳をいじりながら淡々と返してくる。
その声に、彩音は少し驚いてしまった。犬夜叉にも同じ景色が見えていたんだと、本当に繋がっていたんだと分かったために。時代を越え、確かに想いが通じ合っていたことを知った彩音は堪らず顔を綻ばせ、「そっか」と小さく穏やかな声を返しながら微笑んだ。

するとそこへ、自宅からお茶を持ってきたかごめが顔を覗かせて。彼女は彩音にお茶を手渡して御神木の裏側を覗き込むと、「ねえ」と犬夜叉を呼び掛けた。


「今度またお弁当作ろっか?」
「あーじゃああれ入れてくれよ、あれ。あの黄色い奴やつ」
「黄色いやつ?」
「ひょっとして玉子焼き!?」


首を傾げる彩音とは対照的に、自信があった玉子焼きを褒められたと思い目を輝かせるかごめ。だが犬夜叉の反応はどこか違っていて、ブヨの体を伸ばすように持ち上げる彼は「いやあ、」という声を返してきた。


「卵じゃねえよ。パリポリしてたからな」
「パリポリ…って、もしかしてそれ…」
「たくあんのことじゃない!?」
「ああ、あれだけが美味かった!」


愕然とするかごめの声に構わず犬夜叉は満足げにそう言い切ってしまう。きっと食べた時のことを思い出しているのだろう、その表情があまりにも明るく嬉しそうで、それを見た彩音は呆れに顔を引きつらせそうになった。
だが、それ以上に隣のかごめからとんでもない気迫を感じては、犬夜叉共々びく、と大きく肩を跳ね上げる。咄嗟に振り返ったそこには、見えるはずのない炎を轟々と燃やすかごめの姿――


「犬夜叉…おすわりっ!!」
「ふぎゃああっ」


渾身の言霊を発せられた瞬間、犬夜叉の体がめり込まんばかりに地面へ強く叩き付けられる。その衝撃によって御神木の花が一層多く花びらを散らしてしまう中、かごめが荒い足取りでずんずんと自宅へ戻っていってしまうのを横目に見た彩音は、犬夜叉を覗き込むように彼の前へと屈み込んだ。


「バカだなあ。余計なこと言っちゃって」
「正直に言っただけだろ…」


なぜかごめがあそこまで怒ったのか分かっていないらしい様子の犬夜叉の言葉に彩音はため息をこぼす。それでも「ほら、」と声を掛けながら潰れる彼に手を差し出しては、彼の体を引っ張り上げて起こしてあげた。だが、すぐに顔を迫らせてじとりと半眼を向ける。


「あのお弁当、私も手伝ったんだよねー。あんなこと言われたら、私だって傷つくなー」
「なっ…なんだよっ、おめーまでやる気か!?」
「別にー。ただヘコむなーと思っただけ」


“おすわり”に身構える犬夜叉へそう言いながらもう一度ため息をこぼしてしまえば、彼はなんともバツが悪そうに口をつぐんでしまう。
どうやら、ようやく彩音たちの気持ちを理解したようだ。それが分かる様子に冗談だよと、かごめに謝るんだよと続けようとした、そんな時だった。


「お、おめえが作ったっていう、あのなんとかって菓子! あれはその、なんだ…う、嬉しかったぜ」


突然声を上げたかと思えば、言いながら照れくさそうに頬を染めて顔を背けられる。

まさか自分が自己満足で作ったクッキーが突然褒められるとは。そんな思いを抱いてしまうほど完全に不意打ちを食らった彩音は、ぱちくりと大きく目を瞬かせていた。もちろん、先ほどの言葉は自分を褒めさせるために言ったつもりではない。だが、それでもやっぱり、嬉しいことに変わりはなくて。
むず痒さを覚えるように小さく笑みを浮かべた彩音は、求めるように、それでいてからかうように犬夜叉を見つめた。


「ねえ、嬉しいだけ? 味は?」
「え゙。あ…味はなんつーか、よく分かんねーけど…美味かった…と思う……って、もういいだろっ。この話は終わりだ!」


途端に我に返ったようにそう声を荒げてそっぽを向く犬夜叉。その様子があまりに照れくさそうで不器用で、彩音はついぷっ、と小さく噴き出すように笑ってしまった。だが当の犬夜叉はなぜ笑われたのか分からないようで、少し驚いた様子の顔を振り返らせてくる。

そんな彼を見つめ、彩音は愛おしげに満面の笑みを咲かせて言った。


「また作ってあげるっ」



End.

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