17


風を切るように森を駆け抜け、強く地面を蹴った大きな跳躍で時代樹へ飛び込む。その時、時代樹の頂上――飛妖蛾を包む大きな球体の中に光が灯り、突如深い亀裂が走った。それは瞬く間に全体へ広がっていき、地響きを轟かせるとともにその亀裂から眩い光の線を漏らす。

まるで妖しげな太陽のごとく強い光を放つそれが周囲を煌々と照らす中、その真下で時代樹の枝から枝へ飛び移るようにして頂上を目指していた犬夜叉が垣間見えたその光に足を止めた。


「なんじゃ、あの光は…?」
「まさか…飛妖蛾がなにか始めたんじゃ…」


茂みの隙間で交錯するような動きを見せる光線に七宝が怯えた様子で呟くのに続き、眉をひそめた彩音が訝しむように言う。禍々しくも感じるその光、到底放っておけるものではないだろう。


「てめえら、しっかり掴まってろよ!」


犬夜叉も同様のことを思ったか、そう声を荒げては返事を聞く間もなく強く枝を蹴り跳躍する。そうして瞬く間に葉が茂る一帯を抜け出し、球体の全貌を望める開けた場所へと飛び出した――その時、球体は亀裂によって分断された分厚い膜の壁を中から押し出すように激しく崩し始めていた。

その様子を見つめる彩音たちは自らの足で枝の上に立ち、一同ともに不安げな表情を覗かせる。


「なにごとじゃ、一体!?」
「まずいっ。遅かったか!」


七宝の驚愕の声の直後、覚えのある声が絶望感を孕んだ様子で発せられる。それに驚くよう振り返った先は犬夜叉の左肩。どういうわけか、そこには腕を組んで立ちはだかる冥加の姿があった。

まさかこの危険な状況の真っ只中にその姿を見るとは。そんな思いで犬夜叉が驚くように「冥加じじい」と名を呼べば、かごめからは「今日は逃げないのね」と物珍しそうな声が向けられる。すると冥加は組んだ腕をきつく締め、背筋を伸ばすようにしっかりと顔を上げてみせた。


「わしだってやる時はやりますじゃ!」
「見直したぜ、冥加じじい!」


小刻みに震え、大量の汗を滲ませながらも果敢な姿を見せる冥加に犬夜叉が強気な笑みを浮かべる。そしてそれが意気込むように頭上の球体へ向けられた時、瓦礫の塊のような姿となった球体はわずか一瞬の間光を治めたかと思わせた――次の瞬間、突如中心から爆発するように瓦礫の全てを吹き飛ばしてみせた。

――それはまるで、四魂の玉が砕け散ったあの光景のように。

彩音がそれに目を奪われるよう立ち尽くしていると、大きな瓦礫がこちらへ迫ってくることに気が付いた犬夜叉に抱えられて即座にその場から離された。直後、一同が立っていた場所は瓦礫に叩き付けられ、大きく激しく破壊されてしまう。
その様を離れた場所に移り見つめていれば、不意に、頭上でなにやらおぞましい気配が蠢くのを感じた。

地響きに揺られる中、一同が息を飲むようにして見つめたのは粘液のように変わり果てた球体だったもの。それを破るよう巨大な手が左右に持ち上げられ、怪しく輝く粘液を纏うなにかがゆっくりと立ち上がった。

それに伴い姿を隠す粘液が伝い落ちていくと、やがて露わにされたのは見覚えのある男の姿。だが、それは犬夜叉たちが知るものとはわずかに異なっていた。
一層凶悪さを滲ませる顔に赤い線状の模様を走らせ、素肌を晒す胸にはまるで翼のような骨格が伸ばしており、なにより、体そのものを足元の時代樹よりも遥かに大きく巨大化してしまっているのだ。

その信じがたい変貌ぶりに七宝が堪らず「ひーっ」と悲鳴を上げてしまう中、かごめや彩音も同様に不安を滲ませた表情を露わにする。


「あいつ、こんなにおっきくなっちゃったの?」
「あんなでかいの…物理的にこっちが不利だよ」
「けっ。ただでかくなっただけじゃねえか!」


彩音が顔をしかめて呟いた途端、犬夜叉は吐き捨てるように言いながら威勢よく鉄砕牙を引き抜いてみせる。それと同時、怪しげな光を湛えていた飛妖蛾の瞳が中心から裂け広がるように青く染まり果てた。
その変貌を見止めるが早いか、犬夜叉は鉄砕牙を掲げながら足場を思い切り蹴り付けて大きく跳び上がってみせる。


「こけおどしは通用しねえんだよ!」


怒鳴り散らすようにそう声を上げ飛妖蛾へ襲い掛かる犬夜叉。だがその瞬間飛妖蛾の口から放たれた凄まじい風に体を弾かれ、犬夜叉の体は呆気なく時代樹へ押し返されてしまった。

こちらの手が届いてもいない。それに悔しげな表情を覗かせながら着地すれば、そこへ心配そうに眉根を寄せる彩音たちが慌てて駆け寄ってきた。


「犬夜叉、大丈夫!?」
「いきなり正面から突っ込むなんて無茶だよっ」
「けっ。これくらいどうってことねえ。つまんねえ心配するな」


案じる彩音たちに対して犬夜叉は言い聞かせるようそう返す。そんな彼が見つめて離さない先――そこに立ちはだかる飛妖蛾は胡乱げな笑みを浮かべ、自身を睨みつける犬夜叉を嘲笑うような声で言った。


「半妖…まだ生きていたか」
「やかましいっ。たっぷり礼はさせてもらうぜ!」
「くくくくく…時は来たれり!!」
「「「!?」」」


突如叫び上げながら両手を広げてみせる飛妖蛾の姿に眉をひそめ身構える。一体なにをするつもりか、その思いで飛妖蛾を見つめていれば、なにやらその背中から紫色の細かな光の粒子が現れ、帯状に連なりながら虚空を走っていく様が見えた。そしてそれに伴うように、無数に枝分かれした血管のような深い青緑色の枝が幾重にも重なって顕現する。

次第に広がり形作られたそれは、まるで蛾の翅のよう。

おぞましさすら感じるその姿に震撼した七宝が「ああ…」と小さな声を漏らしてしまう視線の先で、その翅を構成する枝の隙間からなにやら見慣れない容姿をした妖怪たちが無数に姿を現し始めた。


「な、なにあいつら!?」
「あれは大陸の妖怪たちですじゃ。こうなっては犬夜叉さまの鉄砕牙と、彩音とかごめ…お前たちの矢の力を合わせねば勝ち目は…」
「おれの鉄砕牙と二人の矢…」


冥加の絶望的ともとれる声を耳に、犬夜叉は息を飲むよう復唱しながら妖怪たちを見つめる。
そんな時、なにやら冥加が落ち着かない様子で犬夜叉と地面の方を忙しなく見比べ始めていた。かと思えば、突然その体を軽快に跳ね上げる。


「じゃあ、頑張ってくだされや!」
「あっ、やっぱり逃げやがった!」


先ほどの意気込むような言葉はなんだったのか、そう問い質したくなるほど呆気ない逃げっぷりに犬夜叉が愕然とすると同時、彩音は思わず乾いた笑みを浮かべてしまいながら去っていく冥加の姿を見届けていた。

だがそれも束の間、両手を広げるように伸ばす飛妖蛾が不気味な笑みを湛えた表情で突如声を張り上げた。


「我が(しもべ)たちよ! この地を喰らい尽くせ!」


高らかに響かせられるその言葉に鼓舞されたか、妖怪たちは瞬く間にその身を地上へ向けていく。だが犬夜叉がそれをみすみす見逃すはずはなく、「食らえ鉄砕牙!!」と声を荒げながら一撃で複数の妖怪を散り散りに消し飛ばしてみせた。


「やったあ!」
「犬夜叉、強ーい!」
「さっすが犬夜叉ーっ!」


たった一人ながら無数の妖怪に圧倒的な力を見せつける犬夜叉の勇姿に、三人は意気揚々と盛り上がるよう歓声を上げる。
だが、それはすぐに静まり返った。なぜなら犬夜叉が次々と蹴散らしていくも周囲を飛び交う妖怪は未だ多く、視界を埋め尽くさんばかりに犬夜叉を取り囲んでいるのがしかと目に見えてしまったからだ。

それは当の犬夜叉も感じ取っているようで、何度も鉄砕牙を振るいながら疎ましげな表情を覗かせる。


「くそっ。ちっとも減らねえぞ!」
「数が多すぎるのよ!」
「かごめ! こっちにも来てる!」
「やだっ。来ないでよっ、バカ!」


彩音が慌てて指を差し伝えればかごめが慌てた様子ですぐさま弓を構える。だがそのわずかな隙にも別の妖怪が迫り、牛のような頭をしたそれがかごめのすぐ傍へ降り立つと同時に大きな薙刀を勢いよく振り下ろした。
刹那、鋭い金属音が響く。それは咄嗟に燐蒼牙を抜いた彩音により、寸でのところで薙刀が受け止められた衝撃音であった。


「くっ…」
「彩音! このっ」


鍔迫り合いになる彩音を助けようと七宝が妖怪の腕に噛みつく。だがそれは容易に払われてしまい、「うわあっ」という短い悲鳴が上がった。そしてすぐに彩音も弾かれるよう強く振り払われる光景に犬夜叉が堪らず「彩音っ!」と焦燥の声を響かせるが、行く手を阻むように次々と襲いくる妖怪たちによって駆けつけることができない。
その間にも牛のような妖怪は薙刀を大きく振り上げ、体勢を崩されたままの彩音たちに勢いよく斬り掛かろうとした――その時、


「飛来骨!!」


突如響き渡る覚えのある声。それとともに現れた飛来骨が目の前の妖怪の体を両断し、その勢いのまま周囲の複数の妖怪までも容易く一息に散らしていった。
それに大きく目を見張った彩音たちは表情を明るくさせ、飛来骨が返っていく方角へ歓喜の色を見せる。


「珊瑚っ、弥勒!」
「みんな無事だったのね!? よかった!」
「彩音さまたちもご無事で」


近くに雲母を下ろすなり、一同は互いに駆け寄りながらそれぞれの無事に表情を緩ませ合う。堪らず和やかな空気に包まれそうになるが、そんな時一人で妖怪を散らし続ける犬夜叉が「てめえらボケっとしてんじゃねえっ」と苛立った様子で声を荒げた。
それに振り返った一同は互いに顔を見合わせ、気を引き締めるよう強く頷き合う。そして弥勒が請け負うように足を踏み出し、途端に迫りくる妖怪たちへ勢いよく右手を突き出した。


「風穴!」


突き出すと同時に取り払われる数珠が呪いを解放する。瞬間、凄まじい勢いで吹き荒れた風は瞬く間に妖怪の体を捉え、逃れる術など与える間もなくそれらを手のひらの闇の中へと流し込み始めた。
その間にも、弥勒は横目で背後の彩音たちを見やって言う。


「雑魚は任せて、急いで!」
「分かった!」
「ありがとう。弥勒さま」
「頑張ってください…あなた方が死んでも、私は忘れません」
「な゙っ…ちょっと弥勒っ!」
「縁起でもないこと言わないでよっ」
「おれたちが勝つに決まってんだろ!」


唐突に漏らされるらしくもない弱気な発言に彩音とかごめと犬夜叉が続けざまに怒鳴り付ける。だが、それに声を返したのはひどく不快そうに顔を歪める飛妖蛾であった。


「勝つだと!? 半妖の貴様がこの私に本気で勝てると思っているのか!?」


心底疎ましげに放たれる言葉。それにより飛妖蛾へ向き直った犬夜叉は「やかましい!」と声を荒げ、鉄砕牙を握り直しながら強く地を蹴った。


「いま相手してやらあ!」
「ちょっ、犬夜叉! ごめんみんな、ここはお願い!」
「気を付けて二人とも」


感情のままに先走ってしまう犬夜叉を慌てて追いかけようとした時、珊瑚から二人へ激励の声が向けられる。それに足を止めて振り返った彩音とかごめは、互いに様子を伺うよう顔を見合わせた。
そこに言葉はない。しかし確かに頷き合い、穏やかながらも頼もしい笑みを珊瑚へと向けてみせる。


「心配しないで珊瑚!」
「平気! 犬夜叉と彩音が一緒だもんっ」


どこか弾んだ声ではっきりとそう告げた二人は犬夜叉のあとを辿るように駆けていく。互いを信頼し合うように、足並みを揃えながら。




――それと同時期、件の犬夜叉はすでに鉄砕牙を握り締め、悠然と立ちはだかる飛妖蛾へと立ち向かっていた。

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