ゴミ箱 | ナノ


▽ おぐリン2(捏造)


「……いいんですか、毎晩僕を呼びつけて酌なんてさせて。変な噂が立ちますよ」
「構わん。好きに言わせておけばいい」
「…あのね、慶くん。これでも僕は心配してるんですよ」
「好きに言わせておけばいい、と言っただろう。私が衆道を好もうが、世継ぎさえあればいいというのが連中の考えだ。すべきことさえすれば、取るに足らぬことだ」

すべきこと、というのは、正室を迎えて子をなすことなのだろう。
何だか重たいものを飲み込んだような心地になりながら、僕は慶くんの乾いた杯に酒を満たした。

ここのところ毎晩のように僕を呼び、こうして飲みながら一刻ほど過ごして床に就く。
そうして慶くんが眠るのを見届けて室を辞し、自邸に帰るのが僕の日課だ。
特に何をするわけでもなく、静かに飲むだけ。
昔からそれほどでもなかったが、以前よりも格段に口数は減っていた。
沈黙が苦にならないのは、慶くんも僕も互いが特別な相手だからなのだろう。

それでも、慶くんはいつか僕じゃないひとと祝言を挙げる。
きっと綺麗な人が慶くんの妻になって、慶くんに似た男児を生み、次の将軍を育てていくのだ。
慶くんはああ見えて情に厚い。
妻になるひとは、幸せにしてもらえるだろう。

「だったら早く相手を見つけたらどうですか。その人に酌もしてもらえばいい。僕だってどうせ飲むなら髭面よりは神子殿みたいな愛らしい顔を見て飲みたいしね」
「私はお前の顔を見て飲みたいからな、それは聞けぬ」
「…慶くんって、時々意味が分からないことを言うなぁ……」
「そんなことはないと思うが。リンドウの顔を見て飲む酒は美味いぞ」
「……やっぱり、分かんない」

溜息を飲み込むように盃の酒をぐっと呷ると、慶くんがとくとくと新しい酒を注いでくる。
上等な酒は水のようでどれだけでも飲めそうなのに、胃に落ちた途端にじゅわりと炎を上げた。
酒は、強い方でも弱い方でもない。
それでもこんなに薄暗い部屋で慶くんと二人で酌み交わせば酔いも回ろうというものだ。

「慶くんはどうして僕に拘るの」

だからこの言葉も、酔いが僕に言わせているもので。
素面だったら絶対に聞かないことをぽつんと呟いていた。

「僕が慶くんのためなら何でもするから、かな……」
「リンドウ」
「手を汚したこともたくさんあるしね。慶くんの命を狙うやつを、運命のままに見殺しにしたことも……陽炎を繰って人を殺めたことも」

それが慶くんを守るためなら、二条の者は皆同じようにするだろう。
僕もそうしただけ。
罪悪感など全くない。

「僕に星の一族としての力があれば、もっと慶くんの役に立てただろうけど……」

僕は、未来も見えない。
現在の気も読めない。
たった一度だけ見ることの出来た未来は慶くんの役には全く立たないものだ。

こく、と酒を口に含む。
ぐるぐると色んなことが頭を回っていた。
僕はもっと慶くんの役に立って、慶くんから必要とされる人間でありたいのかもしれない。
いつか慶くんが妻となる人を迎え、僕のことなど心の片隅にすら置かなくなる日が来たとしても。

―――傍に、いられるように。

「ああもう……やだなあ」

思考を打ち切ってタンッと盃を置いた。

「こういうの、僕、嫌なんですよ。未来なんてどうでもいい、刹那的で何が悪いんですか」
「リンドウ、話が飛躍しすぎだ。私にも分かるように話せ」

八つ当たりに盃をぽいっと慶くんに投げつける。
次期将軍に何という無礼な真似をしているんだろうとは思うけれど、この際そういうのは見ないふりをした。

「つまり、慶くんは僕をどうしたいのかってこと。今なら僕、酔ってるし。慶くんがしたいこと、してあげてもいいですよ」
「……ほう。何でも構わんのか」
「何でも構わないよ。だって慶くん、そんな目、してる」

ジジ、と行灯の明かりが揺らぐ音がする。
慶くんは僕の腕に触れると、まるであの日のようにぐいっと無遠慮に引き寄せた。

「誘ったのはお前だが、それに乗ったのは私だ。覚えておけよ、リンドウ」

どういう意味なのかと問おうとして、不意に気づく。
これは僕の意思でもあり、慶くんの意思でもある。
決して一方的なものではないということ―――慶くんが僕に触れたいと思っているということ。

「私はずっとお前を抱きたかった。幼い頃からお前だけを見ていた。お前が壊す全てのものに嫉妬した。それがどうして私ではないのだと、な」

とんでもない告白をしながら慶くんが僕を押し倒す。
背中に触れる畳の感触。
見上げれば、ぞくっとするほど男臭い慶くんの顔がある。

「ならばこうして壊してしまおうかと、何度も考えたことがある。その身を押さえつけ、無理やり抱いて私のものにしてしまえたら、とも」
「……まさか」
「ふっ……待った甲斐があったというものだ」

そうして重なったくちびるは、僕が小さい頃から見てきた慶くんの形そのもので。
顎に擦れる髭がちくちくと肌を刺激してきて、これが現実だと僕に知らしめる。

「ちょ、っと待って、慶くん…っ」
「待たん。何年待ち続けたと思っているのだ、お前は」
「だってこれ、予想外、すぎ、ん、んっ」

僕の口の中を慶くんの舌が這い回る。
あの慶くんと、僕が、こんなことをするなんて、今まで考えたこともなかった。
確かに僕は慶くんをそういう意味で好いているのだろうと思うけれど、やっとその気持ちに向き合い始めたところで慶くんの気持ちにまでは至っていない。
遊びでよかったのに、慶くんは本気だと言う。
それも僕の予想以上に激しくて熱い感情を、あんな言葉でぶつけてくるほど。

「リンドウ……言ったであろう。お前が誘ってきたのだぞ、と」

くっ、と喉奥で笑う、慶くんは。
あっさりと僕の着物のあわいから手を入れてきた。

「あれはっ…、そういう、意味だった、ん、ですか…!」

胸元を撫でられてくすぐったさに呼吸が乱れる。

「ああ、そうだ。だからお前に拒否権はない。身を委ねて大人しく私のものになれ。名だけでなく、身体も、心も、全てな」
「このっ……強欲、将軍…!」
「お前に関しては強欲くらいが丁度いいとは思わんか」

思わない、という反論は、当然のように口の中に消えた。
抵抗らしい抵抗も出来ないまま着物を肌蹴られ、下帯を解かれ、散々な姿を慶くんが見つめている。
それが悔しくて小さく術を唱えれば、部屋の行灯の火が掻き消えて、僕も慶くんも闇の中、何も見えなくなった。
月の明るい夜じゃなくて本当によかったと安堵する。
裸を見られるのはいいとしても、翻弄されている姿を見られるのはいただけない。
暗闇に目を慣らそうとしているのか慶くんの手が止まっている隙に、これ以上年下にいいようにされてたまるかと逆襲のつもりで慶くんの袴に触れ、その中心を弄った。

「っ…よ、慶くん……何でこんなに…してるんですか……」

からかうつもりが、袴の上からでも分かるほど、硬くなったそれに言葉が詰まる。
僕の肌に少し触れて、口付けただけでこうなるなんて、まるで元服したばかりの子供のようだ。

「お前に触っていればこうなる。男なら皆そうだろう」
「いや、男なら僕に触ったら普通萎えますよ……」
「ああ、言葉を間違えたな。好いた相手に触ればこうなるものではないのか」
「……慶くん、そうさらっと大事なことを言わないでよ。しかもこんな場面で」

ようやく目が慣れたのか慶くんが再び僕の身体に触れてくる。
あんな言葉を聞いてしまったからか、その手つきが酷く優しく感じられて、僕は制止することも忘れてしまっていた。



慶くんは、僕を好きだという。
だから僕は、慶くんを好きだとは生涯言わないでおこうと固く心に誓いを立てた。
いつか慶くんが正しい道を歩むそのときに、笑って手を離してあげられるように。

今はただ、慶くんの全てにのめり込んで、束の間の熱に酔おう。


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