ゴミ箱 | ナノ


▽ おぐリン(捏造)


リンドウ、という名は神子殿のためにつけられた名だ。
役目を終えた今となっては必要のない名でもある。
二条斉基に戻るのもいいが、正直そちらの名前はあまり好きではない。
二条の家の末弟という立場は息苦しかったし、家に縛られているという意味で二条の名を捨ててしまいたいと思ったこともある。
何より、二条の名は彼との繋がりそのものだ。
なくなってしまえばいい、と、思う。

***

小さい頃から大事なものほどぼろぼろにしてしまう僕は、大人になった今は多少の加減が出来ているけれど、それはもう色んなものを壊してきた。
お気に入りの本。玩具。着物や髪留めに至るまで、壊したものは数え切れない。
人に対してもそれは同じで、可愛いと思った娘には真逆の言葉を。
ときには強引すぎる手で抱いたこともある。
勿論、相手は僕の家の名前に目が眩んでいたから、僕を恨むことも詰ることもなく喜んで身体を開いてきたけれど。
そんなことを繰り返していて、僕は。
可愛がっていたのに無残にも羽を散らして籠の中で死んでいった冷たく硬い小鳥を手のひらに乗せたそのときに、取り返しがつかないことがあるのだと知った。

気づいたら、今度は何かを気に入ることが唐突に怖くなっていた。
無意識に壊してしまうのだから性質が悪い。
大事にしようと思えば思うほど、僕はあの小鳥のようにしてしまうのだ。
のめり込むと目に入れても痛くないほど可愛いと思ってしまう、そんな偏執的な愛情を向けてしまえばきっと。

―――いつか僕は、ひとを殺してしまうだろう。

たった一人愛した人を、この手で。
そう思うととても人を愛することなんて出来なかった。

***

「これでもう僕の役目はお終い。慶くん、立派な将軍になってね」

神子殿が自分の世界へと帰っていって、すぐ。
僕は別れを告げるべく時期将軍の下を訪れていた。
僕が彼を支えるのはここまでで、後はきっと兄たちが慶くんの力になることだろう。
星の一族としても、二条の者としても、僕は結局中途半端だ。
それでも神子殿を守り導き、そして慶くんを将軍の座に据えることが出来たのだから、その功績は称えて欲しい。

「リンドウ、お前はどうするのだ?」
「僕?…そうですね、とりあえず休みたいかな。ここのところ慶くんに酷使され続けてたし」
「どうやらまだ働き足りぬらしいな。リンドウ、江戸の様子はどうだ?龍神の神子が燭龍を倒したことによる影響は出ておらぬのか」
「休みに関しては聞かないふりですか。……僕が探る限りは、悪い影響は見られませんよ。清浄な気が神泉苑を中心にきちんと巡ってる」
「そうか。ならばいい。私はそういったことは分からぬからな、お前がいてくれて助かる」
「……っ」

さらりと感謝を述べられ、少しだけ耳が熱くなる。
この人はずるい人だ。
きっと僕が離れていこうとしていることに気づいていて、そんな風に引きとめようとするのだ。

「でも、もう僕はお払い箱でしょう?この先は気を見ることも、僕が何かをすることも、必要ない。慶くんは将軍になって、僕よりずっと優秀な陰陽師を召抱えることが出来るし……何より僕はもう、役目を果たしましたから」

厭味な言い方だっただろうか。
前髪を指で引きながら、僕はすっと目を逸らして俯いた。
これ以上慶くんに関わってはいけないと分かっている。
壊してしまう前にみっともなく逃げ出してしまうのだ。
その方がしがみつくよりずっと僕らしい。

「何を言っている?私はお前以外の陰陽師を傍に置くつもりはないぞ」

けれど慶くんはそんな僕の言葉を真っ向から否定して、さりさりと衣擦れの音を立てて僕へと近づいてきた。
畳を滑る足袋の音。擦れる袴の音。
歩き方すら、慶くんは洗練されている。僕よりももっと、将来を約束された家格の高い、男ゆえに。

「リンドウ」
「止めてくれませんか。僕はもう、リンドウじゃありませんよ」
「ならば斉基と呼ぼう」
「……それも嫌なんですけどね」
「我儘な男だな、相変わらず」

ふ、と慶くんのくちびるが解ける。
柔らかく笑う慶くんの笑顔なんて、滅多にみることの出来ない貴重なものだ。
男らしく精悍な顔が少しだけ丸みを帯びた印象を与えるような、とでも言えばいいのだろうか。
甘さを含んだその顔に僕はらしくなくどくりと胸を弾ませた。

「リンドウ、は、神子殿のためにつけられた二つ名。だから役目を果たした今となってはどうでもいい名なんですよ」

それを誤魔化すようにリンドウの名を説明すれば、慶くんは顎鬚を撫でながら静かにそれを聞き入れていた。
幼い頃からいつかやってくる神子のためにとあらゆることをさせられてきた僕を、慶くんは身内ゆえに知っている。
その役目を疎ましく思う反面、占った僕の運命に逆らうことも出来ずに「龍神の神子」という偶像にのめり込んでいたことも。
それを壊すことを恐れていた僕も。
慶くんは、知っている。

「私にとってお前は、リンドウであり斉基だ。どちらの名もお前に相応しいものだと思っている。だが、名乗る名に困っているのなら、リンドウを名乗れ。最早私以外お前をそう呼ぶこともあるまい。その名は私のものだ」
「よ、し、くん…?」

八葉と神子殿以外が僕をリンドウと呼ぶことはないだろう。
八葉もあちこちに散り、神子殿も帰ったとなれば、確かに僕をそう呼ぶ人は誰もいない。
慶くんが言う通り、僕をリンドウと呼ぶのは、きっとこの先慶くんだけだ。

くちびるを噛む。
昔から、慶くんを「お気に入り」にすることは止めようと思っていた。
意図的に避けていたのもあるし、慶くんと僕の身分の差をそのまま距離にしてきたのだ。
慶くんはそんな僕の努力を無視して傍に置こうとするわ過剰な接触をしてくるわで本当にずるい男だけれど、結局今も慶くんは壊れていない。
見れば、慶くんは不敵に笑っている。
その目は僕を見て少しだけ優しく緩んでいた。
ずるい、と呟く。
こんなのどうやって逃げたらいいのか、僕には全く分からない。

「私はお前に壊されてなどやらぬさ。無論、逃がしてもやらぬ。私の傍でお前こそ壊れてしまえばいい」

大きな手のひらが僕の腕に触れ、そのままぐっと力任せに掴んで引き寄せる。
物騒な言葉とは裏腹に、慶くんの身体は酷く温かい。
ずっと逃げ続けていた感情を突きつけられて僕はもう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
好きとか、嫌いとか、そんなものではなくて。
僕の上に君臨するのは、慶くんでしかないのだと思い知らされる。

僕の方が年上なのに、慶くんにいいようにされるなんて面白くないのに。
それでも縋りついた背中は知らない間に凄く広くなっていて、慶くん、と呼んだら甘ったるい声でリンドウと呼び返されて、もうだめだった。

「慶くんなんて、壊れちゃえばいいのに」

僕はもう、きっと粉々に壊れる寸前だ。

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