ゴミ箱 | ナノ


▽ おぐリン3(捏造)


念願の休暇を手に入れた。
供もつけず、同伴者もいない、気楽な一人旅だ。
神子殿とあちこちを歩き回っていた頃は一人になること自体少なかったからか、こんな風に一人でいるとほんの少しだけ寂しいような気がしてくる。
八葉や神子殿と一緒にいるのは邪魔臭くもあり、鬱陶しくもあり、楽しくもあった。
八葉を妬ましく思う自分だとか、彼らに頼られて気をよくする自分だとか、そういうのは本当は見たくないし嫌だったけれど、今となってはいい思い出だったように思う。
気のせいかもしれないけれど。

そんなことを思い出しつつ宿の一室でぼんやりと座り込みながら、僕は天井を仰いで溜息を吐いた。

働き通しで疲れたからどうしても暇をくれ、とあの(僕に対してだけ)我儘で尊大な従兄弟に頼み込み、こうしてのんびりとしているわけだが、本当はあの従兄弟―――慶くんから距離を置くためでもあった。
次期将軍として少しの醜聞も許されないようなあの男が、何をとち狂ったのか男に、それも僕に手を出し、今ではすっかり僕が情人のようなってしまっている。
こんな関係はよくない、と僕が何度苦言を呈したところで、暖簾に腕押しというやつだ。
寧ろ逆に山に張り手をしているようなものかもしれない。何せ、慶くんは僕の言葉なんかじゃびくともしないのだから。

毎夜毎夜酌をして、三日に一度ほど肌を重ねる。
そんな関係がいつまでも続くはずはないし、そもそも続いてはいけないものだ。
それでも望まれれば拒みきれずに脚を開く僕は意志の弱いだめな男なのだろう。
僕が心底嫌がって拒否すれば慶くんは止めてくれる優しい人だと知っているのに、僕に触れて、熱い眼差しを向け、劣情をぶつけてくるのが嬉しいだなんて、どこまで僕は馬鹿なのか。
いっそのこと離れてしまえばこの気持ちだってどうにか治まるはずだと思ったのに、こうしていても頭に思い浮かぶのは慶くんのことばかり。
本当に、僕はどうしようもない馬鹿だ。

「……記憶を封じる呪でも使ってみたらいいのかな」

はあ、とまた溜息を重ねる。
思いも、記憶も、全てどこかへ仕舞い込めたのならいいのに。
出来もしないことを思って、目に掛かる前髪を指で摘んでは手慰みに弄った。

「やだなあ。何で僕、こんなに格好悪いんだろう」

慶くんを壊してしまうのではと恐れていたあの頃よりずっと、今の方が女々しくて格好悪い。
このままだと壊れるのは慶くんじゃなくてきっと僕だ。
こんなこと初めてで情けないことにどうしていいか全く分からない。
見当すらつかなくて逃げ出したはいいけれど、それも数日のことでまた僕の邸へ戻れば同じことの繰り返しが待っている。
結局は、そういうことだ。

「慶くんの馬鹿、変態、髭オヤジ」

あの顔を思い浮かべてぶつぶつと陰口を叩いたそのとき、

「誰が馬鹿で変態で髭オヤジだ、リンドウ」

懐でそんな声が聞こえてきて、僕は思わず「うわあ!」と悲鳴を上げて飛び上がってしまった。

「よ、慶くん?」
「その様子だと私に聞こえると分かっていて言っていたのではないようだな。先ほどから何やら面白いことばかり聞こえてきたが」

懐を恐る恐る覗き込むと、白い紙片が目に入った。
そういえば旅に出る許可を与えることを散々に渋った慶くんを説得すべく、これで連絡がつくからと渡したものの片割れだった。
時空を越えるわけではないから慶くんに渡した式神だけで一応充分に会話は可能だし、陰陽師である僕がそれを持つ必要は全くなかったのだけど、それではつまらぬとわけの分からない我儘を押し通されて僕もこうして式神を持たされていたのだ。
この式神を慶くんだと思えということだろうかと、そのときには案外可愛いことをするなあと思ったものだが、よくよく考えればそんな可愛げのある人ではない。
考えが甘かったと心の中で舌を打った。

同じ術をかけてある、二つの式神。
そして僕は今、慶くんのことを考えながら言葉を口にした。
式神が僕の手になかったのなら絶対にこの声は慶くんに聞こえなかっただろう。
二つあることで力が増幅され、些細なことなのに僕の言葉が慶くんに届いてしまった。
どうして慶くんがそんなことを知っていたのかは知らないが、以前神子殿に渡したことがあるから、それを知って詳しく調べたのかもしれない。
何にせよ聞かれてしまった事実は覆らないのだから後悔してももう遅い。

「……盗み聞きなんて趣味が悪いですよ、御奉行」

あえて昔の呼び方をすれば、慶くんは小さく笑ったようだった。
声しか聞こえないから想像するより他はないが、存外機嫌はよさそうだ。

「人聞きの悪い言い方をするな、リンドウ。私はそのような真似はしておらぬ。勝手に式神が喋りだしたまでのことだ」
「はいはい、どうせ悪いのは僕ですね」
「悪いとは言っていない。臍を曲げるな」
「……そうやってまた年上を馬鹿にして、」
「年上とは思えぬほど可愛い、とでも言ってやろうか?」
「あのね、慶くん。お戯れは勘弁してくださいよ」

さらりと照れもせずに可愛いだとか好いているだとかを言う慶くんに、僕の方が恥ずかしさを隠し切れずに赤くなるのはいつものことだ。
主導権はいつだって慶くんが握っていて、僕は振り回されて振り回されて、気づけばもうぼろぼろになってしまっている。
そういうのが嫌だから旅に逃げたのに、これでは顔が見えないだけでいつもと変わらないじゃないか。

「戯れではなく本気なのだがな」

視線を畳に落として眉根を寄せて耐えていたのに、響く声音の甘さに背筋がぞくりとした。

「早く戻って来い、リンドウ。お前がおらぬと手酌では酒が不味くて仕方がない」
「……誰かに酌をさせればいいでしょうに、そんなもの」
「古来より酒は何かを愛でながら飲むのが慣わしだ。月然り、桜然り…ならば私が愛でるのはお前だろう、リンドウ」
「何ですかその屁理屈は…っ」
「花の名を戴いたお前を花とするのは当然のこと。紫苑の髪も白い肌も私が愛でるに相応しい花だ」

もう三十も過ぎた男を花と呼ぶ慶くんの気が知れない。
頭がおかしいんじゃないかと言ってやりたいのに、意に反して頬がカッと熱くなった。

「やはり声だけでは足りぬな。この腕に抱き、くちびるを吸い……白き肌に触れたくなる」
「あ、あのさ、慶くん、仕事の最中じゃないの?馬鹿なことに時間を割いている場合じゃないでしょうが…!」
「何、少し筆を止めたところで大勢に影響など出ぬさ」

くつくつと笑う慶くんに、僕は式神の繋がりを立とうと意識を集中させようとしたけれど、慶くんの言葉は止まらず、集中が乱されてしまった。
どこに触りたいだの、触ってどうしたいだの、まるで寝所での睦言のように次々にあらぬことばかりを言ってくる慶くんに、ここが宿の一室だということを忘れてしまいそうになる。
言われるたびに、頭の中に浮かぶのは行為の最中の慶くん、で。
その慶くんに触られているような心地になって、つい息が乱れてしまった。

「顔が見れぬのだ、声くらいは聞かせろ、リンドウ」
「やっぱり、変態、じゃないですか…っ、この、髭オヤジ…!!」
「何とでも言うがいい。だがその変態の言葉に随分と息を上げているようだな……そろそろ、硬くしているのではないか?」
「―――ッ!」

事実、僕の下肢は既に重だるく熱を溜めていて、情けないことに慶くんの感触を思い出して芯を持ち始めていた。

「…そんなわけないですよ。じゃあ、僕これから夕餉を食べに行くんで」
「おい、リンド、」

けれどそんなことを慶くんに言うわけにもいかないし、何より矜持が許さない。
声だけで勃起したなんて格好悪すぎる。
未練を振り払うようにして印を結び、何事か文句を言っている慶くんの言葉を聞かずに式神同士の繋がりを断った。
聞こえなくなった声を惜しいと思う気持ちに苛立ちつつも身体の熱を追い出したくて深々と息を吐く。
慶くんの手元にある式神の術を解いてしまえば旅に出ている間は一切関わりなく過ごせるだろう。
なのに僕はそれも出来ず、一方的に話を打ち切っただけでまた慶くんが望めばなすすべなく繋がってしまうのだ。

「……今日は飲もうかな」

きっと夜には慶くんが式神を使って僕を呼ぶだろう。
そのときに、声だけでどうにかされてしまうのは酒の力だったと思いたいのだ。


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江戸版テレフォンセクロス

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