ゴミ箱 | ナノ


▽ 拍手ログ(桜ゆき)


とても可愛いひとがいる。
ゆきちゃん。時空を超えてやってきて、私の心をすべて奪っていった、ゆきちゃん。
名前を呼ぶだけでこんなにも心がざわめいて、心臓がばくばくどきどき、暴走を始めてしまうほど、可愛くてたまらない、私のこいびと。

ゆきちゃんの世界にやってきてからというもの、私は毎日好きなように物を書き綴り生活を送っている。
日々あったことや思ったこと、それらを文字にするだけで金子がもらえるというのはとてもありがたい話だった。
どうやら私の観点から物事を捉えるとこちらの世界の人々には新鮮で奇抜に映るらしい。
斬新な発想だとか、文壇の奇才だとか、大層な名前がつけられてしまって、少し面映い気持ちを味わっている。

けれど、この世界では仕事をしなければ生きていくことが難しい。
私が出来ることといえばそういったことしかなかったわけで、まさに天職だということになる。
ゆきちゃんへの思いを文章に込めれば「ピュアな恋心をあの福地桜智が美しく切なく描く!」などと謳われ、今ではどうやらそこそこ売上のある作家になることが出来た。
私にしてみればゆきちゃんへの偽りない気持ちを小説という形に変えただけだというのに、こちらの世界の人は大袈裟だ。
実体験ではあるものの、本の中身が私の気持ちであるということは、私とゆきちゃんだけが知っていればいい。

ペンを取り、紙にその先端を滑らせる。
こちらの筆に慣れなかった私に、ゆきちゃんが最初に贈ってくれた「万年筆」。
すうっと伸びていく線がまるでゆきちゃんのように綺麗で、筆よりも書きやすくてとても気に入っているものだ。
深い緑色をしたその万年筆を握っているとゆきちゃんのことを思い出して筆が進む。
可憐な少女と、その少女を恋い慕う男の物語。
夢中になって愛しいゆきちゃんを思って書き進めていると、時計が夕方の五時を知らせてくれた。

徐々に夕焼けに染まっていく町。
二人で見た夕日を思い出して私はそっとペンを下ろした。
ゆきちゃん。
会いたくて、恋しくて、胸が震える。
どれだけ紙の上にゆきちゃんの姿を綴っても、それは私が思い描くゆきちゃんでしかない。
本物のゆきちゃんの柔らかく甘い笑顔の前では、こんなものはただの線だ。

「ゆきちゃん……」

会いに行って、いいかい。
そう尋ねればきっと笑顔で頷いてくれるだろう。
携帯電話というものを使えば今すぐでもゆきちゃんの声を聞くことが出来るし、今日は学校が終われば私のところへ遊びに来てくれる約束をしているから、待っていれば必ずゆきちゃんに会うことが出来る。
分かっているのに、それでも。
そわそわと落ち着かなくなる自分を抑えきれずに部屋を飛び出した。

私が行くのが先か、キミが来るのが先か、果たして。

靴を履くのももどかしくて、私は革靴の踵を踏み潰した。


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校門前で待っている福地さんにざわざわする生徒。
怒る都。
ぽやんと笑うゆきちゃん。


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