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▽ 君ありて幸福(龍馬×瞬) 後編


人に命を狙われ、逃げ延びたという「非日常」に遭遇したわりに、その日の眠りはまるで泥のようだった。
何度経験しても慣れることのない緊張に、普段ならば寝付くことの方が難しい。
また襲われるかもしれない。
いつ誰が部屋に踏み込んでくるか分からない。
命の危機に際したときの人間っていうのは、手負いの獣に近い状態なんじゃないかと思うほどだ。

だが、今日は驚くほどすんなりと眠りに落ちていた。
瞬が同じ部屋にいたからだろうか。
そこにいるだけで心が落ち着き、こいつがいれば大丈夫だと思わせられる。そういう何かが瞬にはある。

(俺の対―――たった一人の、俺の)

愛しいと思うことを、止められればいいのに、と思う。
俺の気持ちはきっと瞬には負担だろう。迷惑だろう。
気づかないふりを続けていたけれど、こうして些細なことで心の中にふわりと浮かんではぱちりと弾けていくから厄介だ。
自分の心ひとつままならない。

(どうにかしてやれたらよかったんだがなあ…)

鼻の奥が妙に熱くて、すん、と鼻を鳴らす。
すると空気が抜けた喉がピリッと痛んで、カラカラに乾いていることに気がついた。
そうなると少しずつ意識も覚醒してきて、何やら現のさらさらと衣擦れの音が聞こえてくる。
気になって何となく腫れぼったいような目蓋を押し上げた俺の目に、月の光を弾く銀の髪がまるで絹糸のように美しく煌いているのが映り込んだ。

瞬、と声を掛けようとして、口を閉ざす。
俯いて静かに腕を動かしている瞬の、所作の美しさに声を奪われたからだ。
頬に掛かる髪を耳に掛け、また下へ戻す。
指が離れた髪には月光を弾く水の玉が残っていた。

ぽつっとそれが畳を濡らした音に瞬が手を止める。
浅い溜息。
長い睫毛に縁取られた紫の瞳が物憂げに細められ、そしてするりと俺に移動した。
息を呑むその白い喉の動きに、カラカラになった喉へなけなしの唾を流し込んだ。

「起こしたか?」
「…いや、今目が覚めたとこっちゅうか…喉が渇いて、それで」
「発熱したからだ。龍馬、手を貸すから身体を起こせ」
「ん、ああ…すまんな、瞬」

乱雑に着物で手を拭うと、瞬は俺の脇の下に手を差し入れ、そのまま起き上がるのを助けてくれた。
突然近くなった距離に動揺する俺には気づかずに身体を離し、文机の上に用意しておいたらしい水を差し出してくる。
俺のことなど放っておけばいいのに、こうして気遣ってくるところが憎らしい。
ますます気持ちが止まらなくなるじゃあないか、と水を啜ると、瞬はまた手を下げてちゃぷんと水音を立てた。

「…それは?」

湯飲みを畳に置きながら尋ねれば、瞬は手にしていたものを引き上げてぐっと手に力を入れた。
捲り上げた袖から見える腕は無駄なく筋肉が乗っていて、俺よりずっとしなやかに見える。

「汗を掻いて気持ちが悪いと言ったのはお前だろう、龍馬」
「確かにそう言ったが…もしかして、瞬…」

熱まで出て寝汗が酷かったであろう俺の肌はさらりとしていて、血がこびり付いていた右手も綺麗になって布が巻かれていた。
そこまでされて目が覚めなかった自分にも驚きだが、俺のたった一言からまさかここまでしてもらえるとは夢にも思わないだろう。

優しい、のだ。
瞬は、優しすぎてそれを隠すために執拗なまでに冷たく振舞う。
お嬢にも―――俺にも。
そうやって押し潰された瞬の心を、誰にも気づかせずに捨てていく。
潔すぎて不安になるのは俺だけだろうか。
いつかそうやって自分の命まで手放してしまいそうな危うさを秘めていると、強く感じるのは。

「怪我人を放って置くわけにもいかないだろう。今後に支障を来たす上にゆきが悲しむ」

ほら、今だって。
そんな言葉で俺を突き放して、冷たい顔を見せるんだ。

「瞬は?瞬はもし俺が死んじまったりしたら、悲しんじゃくれないのか?」

湯の入った桶から手を離し、瞬は真っ直ぐに俺を見た。
菫の目は真意を探るように揺らがない。
今だけは俺を見つめている。
闇の中、俺以外はきっと映っていない。

「……馬鹿馬鹿しい。八葉だから失えない、それだけのことだ」

関わりを断とうとする低い声はそれでも僅かに揺れていた。
ずっと見てみぬふりを続けていたのに、こんな風にされたら出来るものも出来なくなる。

左手を伸ばして瞬の腕を掴む。
熱のせいか瞬の腕はひやりとしていて、月明かりに冷やされてしまったかのようだ。

「それでも俺はお前さんのことが好きだぜ、瞬」

腕を引く。
ぐらりと傾いた瞬の身体を怪我をした右肩では支えられず、そのまま二人で布団の上に倒れ込んだ。
衝撃で傷口は痛んだが、それよりも瞬の重みが愛おしい。
すまないな、と小さく呟く。

「好きになっちまったんだ、許してくれよ」

返事も抵抗も、何もかもが闇に消えた。
本当は許しを乞うことすら優しくないことだと、俺は知っていたけれど。


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