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▽ 君ありて幸福(龍馬×瞬) 前編


ずっと気がつかないふりをしてきた。
気づいてはいけないものだと知っていた。
だから目を背けて笑っていたのに、こんなときばかり都合が悪いことばかり起きてしまう。
―――否、都合が良かったのかもしれない。
少なくとも、俺にとっては。




「坂本龍馬、覚悟ッ!!」

夕闇の中、足早に宿に向かっていた俺に向かって白刃が煌いたのはつい一刻前。
路地裏から飛び出してきた男の刀が俺の肩を掠めるのが先で、左手で抜いた銃が男の肩を撃ち抜いた時には右手の中指から血の玉がぽつぽつと落ちていた。
硝煙の臭い。
何度嗅いでもいいとは思えないそれを潜り抜けるかのように足を踏み出す。
背を向けて走り出した俺を、男が追ってくる気配はない。
肩を撃たれた痛みと衝撃で動けなくなっているのだろう。

(そのままじっとしててくれよ)

帯刀辺りにはどうして確実に仕留めないのかと呆れられそうだが、奪わずに済む命ならそうしてやりたい。
銃を腰の革帯に戻しながら、右肩を押えて宿へと駆け込んだ。

流石は常宿と言うべきか、俺の傷に驚くこともなく周囲を確認して部屋に通してくれた女将に感謝しつつ部屋に上がると、どうやら今日は随分と盛況だったのだろう、一人部屋ではなく二人部屋だったことに気がついた。
自室を追い出されたらしい男がゆっくりと振り返る。
綺麗な銀の髪をさらりと揺らし、菫のような宝石のような紫の目が俺を捕捉した。
俺よりずっと年若いのに、芯が通っていて大人びていて、だが危うい一面がある。
そんな瞬から目が離せなくなったのはいつの頃からだっただろうか。

「…龍馬、怪我をしたのか」

淡々とした低音に、右肩の痛みを思い出して苦く笑う。

「ああ、ちいっとヘマをしちまってな。反応が遅れてこの様だ。けど心配は要らんぜ。掠っただけで、大した怪我じゃ、」
「お前の言葉は当てにならない。見せてみろ」
「……本当に大丈夫なんだがなあ」

仕方なく瞬の前に腰を下ろし、腕を差し出す。
だが、当然のことながら肩の傷がそれで見えるはずもなく、ジロリと睨まれて俺は左手でガリガリと頭を掻いた。

「ふざけているのか」
「そういうわけじゃあないが…あー…まあいいか」

留め具を外してばさりと外套を落とす。
傷口を見せるためには更に脱がなければならない。
誰かに肌を見せるのが恥ずかしいとか、そんな初心な気持ちはもう持ち合わせていないが、相手が瞬となると何となく、途端に気恥ずかしさが滲み出てきてしまう。

着物の袖から右腕を引き抜くと、瞬は俺の気持ちなど全く気づきもせずに傷口に顔を近づけた。
刀で切りつけられた、肩から腕にかけて斜めに走る赤い線。
血は勢いを弱めたものの、まだじくじくと湧き出ているようだった。

「…切り口は綺麗なものだな。消毒して傷口を保護しておこう。しばらくはあまり右手を動かすな。傷口が開くぞ」
「このくらいの傷ならいつものことだろ?大丈夫だって」
「傷口から菌が入ったらどうする?碌な治療も出来ない場所で悪化させるわけにはいかない。お前はゆきの八葉なんだ、もっとしっかり自覚を持て」

まただ。
瞬の言葉に眉を寄せ、腹から息を吐き出した。
瞬にとって俺は「お嬢の八葉」、それ以上でも以下でもない。
怪我を心配するのも「八葉を失えない」から。
欠ければ天海を倒せない。
だから俺を生かそうとしている、それだけのことだ。

だが、俺は「八葉」という道具じゃあない。
俺は俺の意思でお嬢を助けたいし、瞬とも関わっていきたいと思っている。
八葉の前に俺は坂本龍馬なのに、瞬にとっては逆で、俺は坂本龍馬ではなく地の青龍だ。

それが―――悔しい。
どうすれば瞬の目に「坂本龍馬」を映すことが出来るのか、そればかり考えてしまうほど。

「…これでいい。今日は発熱する可能性が高いから、早めに休め。しばらくはゆきに同行することも避けた方がいいだろう。ゆきには俺から説明しておく」
「なあ、瞬」
「何だ?俺がいると寝付けないのなら、部屋を出ているが」

言ってしまおうか、と一瞬ぐらつく。
俺の傍にいろよとあの手首を引いてしまえば、きっと易々と俺の腕の中に閉じ込められるだろう。
怪我を慮って、抵抗らしい抵抗もしないまま。
銀の髪に指を絡めて細い顎を指で掬い上げ、唇を重ねればどれほど―――。

(甘い、味がしそうだ)

「いや、寝つきはいいから心配するな。お前さんを部屋から追い出したら俺がお嬢に怒られちまう」
「…そうか」

喉を鳴らしたことに気づかれただろうか。
瞬はふいっと目を背けると、そのまま押入れから布団を出して二組並べて敷いてくれた。
布団と布団の距離は、遠すぎず近すぎず。
飛び越えるにはあまりにも広い溝だ。

「俺は風呂に行ってくる。お前は寝ていろ」
「ああ、今日は流石に風呂は諦めるかな。走って帰ってきたから汗臭いし血塗れだし気持ち悪いことこの上ないが、瞬に怒られるよりはましだろうさ」
「一体俺を何だと思っているんだ、お前は」

呆れ声に目を伏せる。
唇は上手く笑みの形になっていただろうか。

「仲間だろ、大事な、さ」


>>続

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