BLっぽい小説 | ナノ


▽ 以上、以下(龍馬×瞬)*現代パロ


今日の夕飯は、鍋にしよう。
さっぱりとしたポン酢で食べる水炊きはどうだろう。
鶏の手羽先ともも肉をたっぷり入れて、茸と水菜、冷蔵庫に余っていた大根と白菜も入れればそれなりのボリュームにもなる。
万能ネギを散らして一味唐辛子を掛けて食べるのもいい。
そうしよう、今日の夕飯は水炊きだ。

珍しく病院での研修が早く終わったときくらい、しっかりと料理をして食べなければ身体が参ってしまう。
それでなくとも「痩せたというより窶れた」と言われることが増えたのだ。
少しずつ涼しくなってきたとは言え、まだ暑い日が続いているのだからこれ以上体重が減ると体力も落ち、健康維持がしづらくなる。
それを防ぐためにも今日はしっかりと栄養を摂り、早めに就寝することに決めた。

スーパーに入り、鍋の材料を見繕う。
決めた通り茸と水菜と肉を籠に入れ、久しぶりに飲んでみるかと缶ビールを手に取った。
あまり美味しいとは思わないが、時折この苦味が欲しくなる。
飲んで寝てしまえばきっと疲れも取れるだろう。
鍋の材料とともに二缶レジを通し、俺はようやく家路に着いた。


ゆきの家を出て一人で住むようになって、もうしばらく経つ。
自分が生きて再びこの世界に戻ってこられるとは思っていなかったが、その思ってもいなかったことが実現してしまったのだ。
ずっと心に圧し掛かっていた事柄が神の気紛れにより解消され、俺はすぐにゆきの家を出ることを決意した。
俺の使命は全うされ、これ以上傍にいる理由もなくなっていたからだ。

勿論ゆきのことは今でも心配で、何かあればどんなことだって力になってみせる。
何を投げ打ったとしてもゆきのためになるのであれば惜しいとは思わない。
そのくらいゆきのことは大切だ。
だが、俺が傍にいることがゆきの幸せでは決してない。
ゆきにはゆきの人生がある。
俺が近くにいることでそれを歪めるようなことがあってはならない。

それが俺にとってもいい選択だったのだろう。
忙しい毎日の中、こうして何も考えずに生活する、たったそれだけのことに充実を感じることが出来る。
消えることを考えず、夢も見ず、研修や勉強に打ち込める。
俺自身のために使う時間、それが言い様もなく貴重だと思えた。
ふとした折りにゆきのことが頭を過ぎるが、ゆきに何かがあればきっと俺の血が何かしらの反応を見せるはずだ。
だから、この距離のままで大丈夫だと確信もないのにそう思ってまた医学書を捲る日々。
そんな他愛もない毎日が続く―――はず、だった。


部屋の前に辿り着き、買い物袋を一旦床に下ろして鍵を外す。
このマンションの鍵は妙に音が大きくて、ガチャン!と金属音が廊下に響いた。
その音を皮切りに隣の扉がひょいと開く。
これはここ一ヶ月で慣れてしまった光景だ。
慣れたくもない光景だったが。

「よう、瞬。今日は随分と早いんだな」
「……お前はいつも通り家にいたのか。暇なんだな」
「暇っちゅうか、お前さんと違って時間に融通の利く職ってだけだろうが」

よっと、と掛け声らしきものを上げ、ぺたりとクロックスを引っ掛けて外に出てくる。
茶色の癖毛なのか寝癖なのか分からない髪をばりばりと掻き、だらしないスウェットに身を包んだこの男があの「坂本龍馬」だと誰が信じるだろう。
少なくとも俺は信じたくない。

「で、今日の晩飯は何だ?材料からすると…軍鶏鍋か!」
「…軍鶏など俺の行くスーパーには売っていない」
「鍋は鍋なんだな?よし、ここはひとつ俺もお呼ばれして…」
「呼んでいない。寧ろ避けたいところなんだが」
「そう言うなよ。第一一人で鍋だなんてつまらんだろ?ああいうのは皆で囲んで賑やかに食べるからいいんじゃないか」

静かに食わせろ、と反論する余地もなく龍馬の手がビニル袋を持ち上げた。
鍵もかけずに自分の部屋を放置した男は部屋の主よりも先にドアを開けて不法侵入を果たしている。
俺の部屋の玄関に脱ぎ散らかされたクロックスと、裸足の足の裏。
それらを見て眉間に勝手に皺が寄ったが、龍馬はお構いなしにキッチンへと進み袋の中身を物色し始めていた。

「おーい瞬、ビール一本もらっていいか?」

いいかも何も、既にプルタブを起こしているのはどこのどいつだ。

「こりゃ酒が進みそうだな。よし、俺の部屋から秘蔵の酒を持ってきてやるから、今日は飲むぜ、瞬!」
「俺は明日も研修だ。それに勝手に話を進めるな、俺はお前と鍋を突付くつもりは毛頭ない」

仕方なく部屋に上がり、自分の靴と龍馬のクロックスを並べて揃え、キッチンへ向かう。
トレーナーの袖を捲り上げて臨戦態勢に入った龍馬はどうやら材料を切るのを手伝うつもりらしい。
足手纏いだから座っていろと言いたいが、それだとここにいることを許可してしまうことになる。
帰れと言ったところで素直に聞き入れる性格でもない。
しかし、黙っていれば黙っていたで既に鶏もも肉をまな板に乗せて包丁を握り締めているではないか。
軽く痛み出してきた頭のこめかみを押えて「龍馬」と低く呼べば、龍馬は実に嬉しそうに笑って俺の方を振り向いた。

「あーあーそんな顔しなさんなって。大体、お前さん、これ一人分の量じゃないだろ?ちゃあんと俺の分が入ってるの分かってるぜ」

ゆき以上に勝てない相手がいることを、身をもって知る瞬間だった。

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