04 花爛漫|絢人
自分の命か、世界か。
それを同じ天秤に掛ける日が来るなんて夢にも思っていなかった。
友達と馬鹿やったり、彼女が出来たり、大学に進学して楽しいキャンパスライフを送ったり…人並み以上でも以下でもない、そんな平凡な人生を送るのだろうと漠然と思い描いていた。

しかし、現実はそんなに甘くはない。
甘いどころかこの年にして死に向き合う羽目になるとは寝耳に水もいいところだ。
本当に、人生は何があるかわからない。

実感が湧かないからか俺自身はそれほどショックを受けてはいないけれど、皆の動揺は筆舌に尽くしがたいものがあった。
特に燈治は俺以上に俺がこれから向かう未来について憤りを感じていたと思う。
親友の死、それも目の前で生きている人間が進んで死の中に飛び込んでいくというのは燈治にはつらく苦しいことだろう。
俺だって燈治が俺の立場になったとしたら、回避出来る方法を必死に探すはずだ。

だけど、現実はそんなに甘くはない。
俺が命を懸けてやらなければ皆がいる世界が終わってしまう。
俺一人の命と皆の命、どちらが重いかなんて比べるべくもない。

だから、やっぱり俺は死のうと思う。
それが最善の方法なら、ちっともこの命なんて惜しくない。

(けど…まだやりたいことはあるんだよな)

こんな状況で燈治たちと遊びに行くわけにもいかず、ついた先はもう馴染んでしまった喫茶店。
ドッグタグのドアを開けると、マスターがふと表情を和らげて俺に「よく来たな」とお決まりのセリフを投げかけた。

「マスター、珈琲お願い」
「…絢人の相手でもして少し待っていろ」
「え?絢人来てるの?」

すい、と指差された方には大きな花の塊があった。
奥まったテーブル席に似つかわしくない豪華な花の隙間から、確かに寇聖の赤い制服の色が見える。

「絢人?」

声を掛けて近づくと、花の横からひょこっと絢人が顔を覗かせる。
左手に花、右手に花を切る用の鋏を持っていた。

「何してんの、それ」
「見ての通り、花を活けているのさ。僕の家が注文を間違えて大量に花が余ってしまったらしくてね…廃棄するのも忍びなくてこうしてここに持ち込んだんだ」
「へえ…」

パチン、と音を立てて茎を切り落とした絢人は、大きな花器に手際よく花を飾っていく。
飛坂から聞いたことのある絢人の話を思い出して何となく胸がぎゅっとなった。
絢人は洞に探索に行くたびに綺麗だと見たこともない花を褒めるけれど、どれだけ花を好きで大事にしていても家を継ぐことは出来ないらしい。
一輪ずつ丁寧に活けていく絢人を見ていると、本当は華道の道に進みたかったんじゃないかなと思えてくる。
情報屋としての絢人は知的好奇心が人よりずっと強い、大人びた面を持っているけれど、花に触れる絢人は全く別人だ。

「そんなに見つめられると照れてしまうんだが……僕が花を活けているのが珍しいかい?」

パチン、とまた大きな音がする。
それきり手を止めた絢人は手にした花をくるくると弄びながら俺を見ていた。

「見るの初めてだし…何か、いつもと雰囲気が違う」
「ふふ、ギャップがあるっていうのも中々いいだろう?」
「…うん」

思わず素直に頷いた俺に、絢人が目を丸くする。
それから蕾が綻ぶみたいにふんわりと笑って、鋏を置いて立ち上がった。
手には、花。
何ていう花なんだろう。
絢人の手にあるとそれが凄くしっくりとしているように感じる。
本当ならばあんな力がなくても綺麗に生きられる人だったんだろうな、なんて…意味の分からないことを思った。

「これもギャップかな。よく似合うよ」

す、と左耳の上に差し込まれたのはさっきまで絢人の手にあった花だった。
花を飾られて喜ぶ趣味はないけれど、絢人が嬉しそうにしているから俺も笑った。

「ありがとう」
「貰い物の花だけどね。そんなにも喜んでもらえるなら、次はもっとちゃんとした花を贈るよ」
「あはは、これで充分!」

店に満ちる、珈琲の匂い。
けれど顔の横からは甘い花の香りがしている。
もうすぐ死ぬとか、そんなことが嘘のような穏やかな時間。
絢人は何も言わない。
俺が死ぬとか、世界がどうにかなってしまうかもしれないとか、絢人にとっては大差ないのかもしれなかった。

「あ!…そうだ。その代わり一つお願いがあるんだけど」

我ながら名案だ、と思うことが突然閃いて、俺は絢人の手を両手でぎゅっと握った。
突然握られた絢人は一瞬目を瞠ったけれど、それでもいつも通り端整な顔を優しく緩ませて俺の言葉を待ってくれる。

「俺が死んだら、洞に咲いてる色んな花で俺の墓を飾ってくれる?」

絢人が綺麗だと言った花を、絢人の手で。
そう思うと案外死ぬのも怖くないような気がした。

「……君は本当に予想外のことばかり言うね」
「だめかな。そしたら何か、頑張って死ねそうな気がしたからさ」
「他ならぬ君がそう言うのなら―――僕しか叶えられないことだしね、分かったよ」
「まじで?ありがとう、絢人!」

ぶんぶんと両手を掴んだまま上下に揺さぶる俺に、絢人は苦笑を浮かべながら落ち着いた艶のある声で俺を呼んだ。
甘くて、凄く好きな声。
俺は手を止めて絢人を見た。

「その代わり報酬はきっちりもらうよ。そうだな…美しい人の依頼なら一打をお願いするが、生憎君は男だ。報酬に悩むくらいの時間は与えてくれたまえよ。折角の大仕事だ、じっくりと考えたいからね」

そっと絢人の手が離れたかと思うと俺の頬をなぞり、ふ、と唇が柔らかい曲線を描く。

「それまでは―――生きていてくれ」

その目に宿る切実な熱に、俺は頷く以外の何も出来なかった。




(カナエさん…邪魔はいけない……)
(くぅん…)


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