03 恋路妨害|絢人(+鍵・鈴)
ふむ、と考え込むような顔をして、鍵は手にしていたキセルからぽんぽんと灰を落とした。
背中に隠れている鈴がその行為を見咎めて「だめです、鍵さん!」と声を上げたものの、現実に汚れや穢れを齎すようなものではないため、鈴の抗議には耳を塞ぐことにする。
それよりも問題は坊―――七代千馗の隣に立つ男の方だ。

「珍しいこともあるもんですねぇ」

空になったキセルでトントンと肩を叩く。
千馗が友達を羽鳥の家に連れてきたことは今まで一度もなかった。
探索中に千馗のサポートとして見ていることはあっても、実際に会うのは今回が初めてで、勝手が違う。
だからほんの少しだけ警戒を抱いてしまうのは仕方のないことだった。

「ちょうど帰りに会ったからさ。ウチに興味あるって言うし連れてきたんだ。絢人、こっちが鍵さんで、こっちが鈴ちゃん」
「……坊、あっしらはそこの御方には見えませんって」

嬉しそうにそう紹介されても、鍵としては反応に困る。
第一鍵も鈴も秘法眼のような希少な力を持っていない限り見えない存在なのだ。
例え絢人が札憑きであろうと、一時的な力を手にしただけで秘法眼とは根本が違う。
さてどうしたものかと考えあぐねていると、絢人がゆるりと薄い唇に笑みを刷いた。
視点は鍵にあるわけではないが、そこにいる存在を確かに認めている表情だった。

「探索でサポートしてくれてると千馗くんから聞いているよ。初めまして、僕は香ノ巣絢人…主に情報面で彼の力になっているよ。ふふ―――見えないものに挨拶というのは初めての経験だね。千馗くんと一緒だとそんなことばかりだ」
「それじゃ俺が変わり者みたいだろ。鍵さん、本気にしちゃだめだからね」
「充分変わり者だよ、君は。まず封札師の時点で普通じゃない」
「あっ、それ差別って言うんだからな!絢人だって札憑きだし普通じゃないだろ」
「……坊、いつもそんな感じなんですかい?随分と仲がよろしいようですが…」

延々と続きそうなやり取りに割り入り、鍵は指先でキセルをくるりと回した。
探索中や羽鳥家の中にいるときの千馗の様子とは明らかに違う。
生き生きとしていて、年相応に友達との会話を楽しんでいるように見えた。
鈴も朗らかな空気に少し緊張が解けたのか、おずおずと鍵の背中の向こうから顔を覗かせている。

「え?……ああ、うん。いつもこんな感じ」
「坊はそのくらいがちょうどいいかもしれやせんね―――ああ、悪い意味じゃあありませんよ」
「ぬしさま、とっても楽しそうなのです。鈴も見ていて嬉しいのです」
「そのくらいって…鍵さんも鈴ちゃんも俺のこと子供扱いしてるだろ…」

急に声のトーンを落とした千馗に、絢人が話の流れを読んだのか口許に手を当ててくすくすと笑いを零した。
千馗の頬に差した赤味は羞恥からか。
鍵は細い目を更に細めて二人の様子を静かに眺める。
この短い期間、他者にレールを敷かれて歩き続けてきた千馗という少年の、そのレールから半歩ほどずれただけの姿だ。
花札も、封印も、この土地の行く末も関係ない、こんな運命に巻き込まれさえしなければ、逆にこの姿があるべき姿だったのだ。
人という存在の命は短い。
長きに渡ってこの土地を見守り続けてきた鍵には想像もつかないほど、この一瞬の時間が大切に違いないのに。

「坊―――……その力、恨んだことはありやせんか」

力さえなければ。
そう考えたことはないのだろうか。
ふとそう尋ねた鍵に、痴話喧嘩を繰り広げていた千馗の顔がことりと傾く。

「何もお役目を背負わなかった頃に戻りたいと思わないんですかい?」

言葉が聞こえていないはずの絢人も空気が突然シンと静かになったことが分かったのだろう。
笑みをすっと消したかと思うと千馗の横顔を双眸で捕らえ、唇を引き結んでいた。
しかし千馗はやはり―――ふにゃり、と気が抜けるような顔で笑う。
決して愛らしくも格好よくもない笑顔だが、不思議とほっとする笑顔で。

「思ったことがないとは言えないけどさ。俺が封札師に選ばれたから絢人にも会えたし鍵さんにも鈴ちゃんにも会えたんだろ?だからこれでいいんじゃないかなあ。なるようになるし、何とかするし。俺も絢人も…皆もさ」
「坊…これは野暮なことをお聞きしてしまいやしたね」
「ぬしさま…鈴は、鈴はもっとぬしさまの力になれるように精進するのです〜!」

耳をぴんと立てて決意を新たにしている鈴に手を伸ばし、千馗がぽんぽんと頭を撫でる。
途端オロオロしだした鈴を横目に鍵は前歯でキセルの吸い口をカチリと噛んだ。
鍵の視線の先には絢人がいる。
何も見えないはずの鍵を真っ直ぐに見つめ返しているのには些か驚かされるが。

「やれやれ、そんな目で睨まなくてもいいでしょうに…」

涼しげな顔から感じるのは、敵意に似て、そうではなく。
ふ、と口の端を上げた鍵は、鈴の襟首を掴むと千馗から引き離した。
はわっと驚いた声を上げた鈴をぽんと放り投げ、放物線を描いた鈴を丸い目で追っていた千馗にちょいちょいとキセルで絢人を指し示し、「あんまり放っておくと、拗ねちまいますよ」と笑う。

「あっ…ごめん絢人!俺一人で話してても分かんないよな」
「ようやくそこに気づいてくれたのかい?随分と遅かったじゃないか」

瞳から剣呑とした色がすっと消え、絢人の唇には再び笑みが戻っていた。
一癖ありそうな性格からは想像も出来ないほど分かりやすい態度に鍵もにやりと口許を歪める。

「鍵さん酷いのです〜、鈴を放り投げるなんて…」
「人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られてなんとやら、ってね」

これもまた人の醍醐味、とキセルを咥えた鍵に、小さい神使が不思議そうに目を瞬かせた。


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