【SS】シエスタと四則/帝ナギ



「ナギー、ナギー? 起きないね」
瑛二さんがそう言って、眉を下げて笑った。
その後ろに立っている瑛一さんも口を開く。
「名前にくっついて、そうしていると年相応に幼く見えるな」
「ナギは普段大人びてるからね。あははっ、姉弟きょうだいみたいで可愛いなぁ」
瑛二さんは膝に手をついて身を屈めて、私達を見下ろしている。
私の隣にはナギさんが居て、私の胴に両腕を回して、くっついたまま寝息を立てていた。
「瑛二も昔はこんな風に、俺に抱きついて寝ていたぞ」
「ちょっ、やめてよ兄さん、苗字さんの前で……」
瑛二さんが恥ずかしそうに瑛一さんに抗議する。瑛一さんは、はははと笑った。
「しかしそうだな、眠っているのを起こすことも無いだろう。俺たちだけで先に出掛けるとしよう」
「そうだね。ナギ、ああ見えてロケではしゃいでたから、疲れてるだろうし」
「ああ。名前、」
瑛一さんが私に声を掛ける。
「ナギが起きたら連絡してくれ。どちらにせよ、その状況じゃお前は身動き取れないだろう」
瑛一さんが可笑しそうに笑いながら言った。
私は了解の返事をし、二人は部屋を出て行った。
冷房が風を送る音だけが響く。
久々の半日のオフ、HE★VENSの皆さんは今度の海外ロケに備えて買い物に出掛けるらしい。
ナギさんに誘われて私も寮までやって来たが、出掛けるまでに少し作業をしていたらいつのまにかこんな状況になっていた。
夏になったので寮の共有リビングには、カーペットの代わりに竹のラグが引かれている。私とナギさんはその上に居る。
ナギさんはこのラグが気に入ったようで、最近はソファに座らずに、このラグの上にぺたんと座っているのをよく見かける。今日もダイニングのテーブルを借りて作業をしようとしたら、「名前はこっち」と呼ばれてしまった。
冷房の音が耳に届く。
壁に取り付けられた冷房が、羽の向きを変えている。
冷えた風が届き、ナギさんの横髪を揺らした。
「どこに行くワケ?」
腰を浮かせば、急に声がした。
思わず下を見ると、眉を非対称に歪めたナギさんの顔があった。
「ナギさん……! すみません、起こしましたか?」
私が言うと、ナギさんは軽く溜息をついた。
だが何も言わずに、ぎゅっと私の胴回りに抱きつく力を強くする。
「それで? どこに行くつもりだったの? このスーパーキュートなナギを置いて、行くところが名前にあるのかな〜?」
首を傾げて、下から笑みと共に見上げられる。私のお腹の辺りにナギさんの頬が当たって、可愛らしく輪郭を変えている。
「いや、何か掛けるものを探しに行くつもりで……眠っている間に風邪でも引けば大変ですし」
「引くわけないでしょ? ずっと起きてたんだから」
えっ、と私は声を上げる。ナギさんは溜息と共に起き上がった。
かと思えば、私の二の腕を掴んで強く引っ張る。
「わっ、ナギさん!」
引かれるがまま体が倒れる。
90度回転した視界で隣を見れば、ナギさんの散らばる髪があった。
二人並んで寝転がった状態で、ナギさんが天井に向かって腕を掲げ伸びをした。
「あーあ、瑛一と瑛二ったら、好き勝手言ってくれちゃって」
ナギさんの横顔は天井に向かって口を尖らせる。
「幼く見えるとか、きょうだいみたいーとか。ていうかロケははしゃいでたんじゃなくて、はしゃいでるように見せてたの。その方が可愛いナギが、一層可愛いでしょ?」
ナギさんのくるくる表情の変わる横顔を眺めながら、目を細める。
と、横顔がこちらに向いた。
「ちょっとー、何その顔! 名前までボクを子供扱いする気ー?」
睨むような視線が飛ぶ。
だがふとそれが緩む。
「この状況で?」
起き上がったナギさんの、顔には逆光で薄暗い影が落ちた。私の二の腕のすぐ横に、細い腕が付かれている。
「…………『状況』?」
瞬きをして繰り返す。
ナギさんはその可愛らしい顔を露骨に歪めて、大きなため息を吐いた。
腕を離して、再びゴロンと横になる。
「まあいいけど。名前がキュートなナギをお望みなら、まだ可愛いナギでいてあげる」
瞼を閉じて天井に向かってそう言う。何の話だろう?
隣を見つめていたら、ナギさんの瞳が長い睫毛を立ち上げて開く。黒目が動いてこちらを見た。
「ねえ、抱き着いてもいい?」
大きな瞳が私をじっと見つめる。
「え? はい、どうぞ」
「どうぞって……はあ名前って本当」
ナギさんはため息をついたが、私の体に腕を回してぎゅっと身を寄せた。
ナギさんのピョンピョンと跳ねた髪が、首元に当たって少しくすぐったい。
近い距離にナギさんの大きな瞳がある。
その瞳は不意に少し瞼を伏せた。そして上目遣いのように顎を引いて私を見る。
首筋に何か触れる感覚があった。
ナギさんの細い人差し指が、私の首筋から顎へ添うように撫でたのだった。
「あはは、ナギさん、くすぐったいです」
笑って言えば、ナギさんはまたため息をついて指を離した。
かと思えば、五本の指は私の後頭部に回る。髪に指が沈み、撫で付けるように何度か触れる。
そのままナギさんが口を開く。
「名前ってさーあ、ボクに対してドキドキしないワケ?」
「『ドキドキ』……?」
手が後頭部を撫でている。床に2人寝転がって、近い距離で向かい合うこの空間は、声がずっと近くに感じた。
「ドキドキっていうのは、あまり……ナギさんと居ると安心するんです。心地良いっていうか」
「それ褒めてるの?」
「もちろんです。ナギさんは私よりずっと歳下ですけど、しっかりしてて、頼れるって言いますか」
「ふ、ふーん。まあ確かにボクは天才だし? 何でもできちゃうけどね!」
「はい、頼もしいです」
笑って言えば、ナギさんは言葉に詰まったように身を引いた。柔らかそうな頬が赤く染まっている。
「て、いうか名前が危なっかし過ぎるんだからね! この前だって綺羅と2人っきりで買い出し行ってるし〜」
「え、駄目ですか? 綺羅さんですよ……?」
「ダメなものはダメ! ボク以外と2人っきりにならないで」
口を尖らせてナギさんが言う。「え、ええ……?」と私は流石の難題に首を傾げた。
頭の後ろの手の動きが止まった。そしてその手に、グッと力が込められる。
体が引き寄せられ、ナギさんの胸元に顔が埋まった。
「名前は誰のもの?」
ナギさんの柔らかい素材の衣服の中で、声を聞いた。
「ほら、言ってよ」
耳元で囁くような声がした。
ゾク、と背中に駆け上がる感覚があった。
「……ナ、ナギさんのものです」
自分でも訳の分からないまま、声が少し跳ねた。
「そうでしょ? だったらボクの言う事、聞けないわけないよね?」
顔を上げると、目を細め、口の端を上げた笑みがあった。
「……はい」
それをぼうっと見上げたまま返事をした。
「なるべく頑張ります」
「ソコはハイだけでいいでしょ……」
冷房が風の音を立てた。やっぱり少し設定温度を下げようか。


「あはは」
微睡みの中、優しい笑い声が降ってきた気がした。
「ふたりして寝ちゃってる」
「通りで連絡が来ないはずだな」
「ほんま微笑ましい二人やなあ。見てみいナギちゃんの寝顔、無防備でめっちゃ可愛いわ〜」
「ナギの幼子のような温もりは心地良い……。眠りについてしまう気持ち、天草も分からないでは……ない」
「って倒れんなよ。はあもう寝てやがる」
「人が多い場所だったからな、シオンも疲れたんだろう。大和、部屋まで運んでやってくれないか」
「りょーかい。ったく、はしゃぎ過ぎだっての」
「ブランケットを……持って……来た……」
「そやな、風邪引くとアカンし掛けたりぃ。あっそや写真撮ったろ」
「ヴァン、またナギに怒られるよー?」


Fin
prev next
back top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -