【SS】予告ホームラン/桐生院ヴァン
※名前変換ページの「ニックネーム」欄へ入力をお願いします(ヴァンが呼ぶ想定で)。



「やっぱ負けた時は、スカーッと打ちに行くに限るなあ」
金網の扉を開けバッターボックスへ入っていく背中を見送りながら、勝ったときには『あんなん観せられたら、じっとしてられへんわ!』と言って入って行ったのを思い出した。
「よっしゃ、ニックネームおるし、ええとこ見せたるで〜」
そんなことを言いながら、機械にコインを入れる。その様子を苦笑いながら、緑のフェンス越しに見ていた。
夜のバッティングセンターは、煌々と照明が眩しい。
「あっ! そやニックネーム、」
と、不意に背中が振り返る。
先程までユニホームを着ていたが、着替えて今は私服姿だ。皮のジャケットにVネックのシャツを合わせて、ジーンズを履いている。
ヴァンさんはフェンスに顔を近づける。
「ホームラン当てたら、付き合うた時みたいに……」
「ヴァンさん! 球!」
目先にボールが飛んでくるのが見えて、私は思わず叫んだ。
「うわ危なっ! そやもうコイン入れたんやった!」
ヴァンさんが一球をギリギリ躱して、慌ててバットを構える。
「ちゃんと見てないと危ないですよ」
「いやその通りやけどっ!」
カキーンと良い音が響いて、ボールが打ち返される。張られたネットに沈んで落ちる。
「ワイ割と大事なこと言おうとしてたんやけど、なあっ!」
カキーンとまた球が飛んでいく。
また余所見をすると危険だし、あまり話しかけない方がいいだろうと思って黙って見ていると、ヴァンさんがバットを振りかぶりながら叫ぶ。
「ちょおっ、何かも訊いてくれへんのっ!」
カキーンと当たるが、下へ飛んで転がる。
「だって、集中できないんじゃないですか?」
「いやいやワイプロやないで! ちゅーかこんなん、ニックネームにええとこ見せよう思ってやっとるだけっ!」
良い音が金属バットに響いて、ボールが高く飛んだ。
「うわ惜しい! ニックネーム今の見た!?」
「ヴァンさん球!」
「いや、球よりワイ気にして!」
ヴァンさんが嘆きのようなツッコミをして、飛んで来た球を打ち返す。手前に転がった。
バシュン、とまた勢いよく機械から球が飛び出す。
ヴァンさんは慣れているから良いかもしれないが、見慣れていない私からすれば豪速球だ。それと対峙しているのが気が気じゃない。
当たったら絶対に痛いし、万が一怪我なんてしたらと考えると、球の行き先より次の球の方へ目が行ってしまう。
大体プロの試合では、バッターはヘルメットやプロテクターなんかを着用しているじゃないか。そんなペラペラの普段着で、あそこに立つなんて考えられない。
カキーン、とまた音が鳴る。
それにヴァンさんはすぐこちらを振り向く。
カキーンと打つ音は広く響いた。
ナイターで観戦した試合が終了したのが21時過ぎだった。電車で事務所の近くまで帰ってきて、今は21時半くらいだろうか。
真っ暗な空を背景に灯る照明。見渡して見ると、バッティングセンターに人気ひとけはない。響く金属バットの音も、遠く離れたボックスから一つ聞こえてくるくらいだ。
「今の見とった!? ってまた見てへん!」
ヴァンさんが振り向き、ずっこける真似をする。私は反射的に視線を球の出所へ向ける。
「いやいやニックネーム……まあええけど……」
ヴァンさんが何か言いかけたが、諦めたのか再び背を向けてバットを構え直す。
「要はワイから目ぇ逸らせへんようにしたらええっちゅうことやろ?」
念入りにセットされた後頭部と、広い背中から声が聞こえた。
「ほんならニックネーム、この一球あそこに当てたら、ワイと結婚してや!」
目を見開く間も無くバシュンと球が繰り出される。
カキーン! と、今日一番の良い音が響いた。
白い球が高く飛んで、距離を伸ばして、放物線を、描き。
ポスン、とネットに着地した。
「かーっ! 惜っしい!!」
ヴァンさんの大声が響き渡った。
ボールはホームランと書かれた的の、数センチ下に着したのだった。
「もうちょい距離足りんかったなー! あとちょっとやったのになぁ」
「バ……ヴァンさん球来てます」
「ニックネームー! もうちょい余韻に浸らせてぇな〜」
ヴァンさんが嘆きながら再びフォームを正した。「けどこれワンチャンあるで」と言ってバットを構える。
20球を終え、結局一球も的に当てることは出来なかった。
「いやーアカン! 試合も負けるし、ツイてへんなあ」
よっこいしょ、と呟いてヴァンさんが私の隣に腰を下ろす。プラスチックの青いベンチは、少し色褪せている。
「適当に買ってきてもうたけど、ニックネームカフェオレでええ?」
「あ、はい。ありがとうございます」
ヴァンさんが差し出した缶を受けとる。ヴァンさんの反対の手にはコーラが握られていた。
プシュ、と炭酸の音がする。
「しっかし、ニックネームがおるから絶対勝つ!思たのになあ。勝利の女神やし」
「いや、私が観戦に行ったの一回だけじゃないですか。勝利の女神って……確率以前の話ですよ」
「そんなことあらへんで」
ヴァンさんは口元へ持っていったコーラを、飲むことなく膝へ下げて言う。
「ニックネームと出逢ってからええこと尽くしや! 間違いなくワイの勝利の女神、エンジェルやと思っとる」
「自信持ってええで!」とウインクをされる。
コーラに口をつけ、どんどんと飲み干していく様を横目に見ながら、私は誤魔化すようにプルタブを開けた。
プシュ、と響く。
缶を持ち上げ、口を付けた所で、ヴァンさんの声がした。
「さっきのホームランは逃してもうたけど、」
缶に口をつけたまま視線を向けると、目が合った。
真っ直ぐに私を捉える視線と。
「ニックネームの心には、どストライクに響いたんちゃう?」
力強く目元を歪め、顔が近づく。
「っう、」
喉にカフェオレが流れ込み、ゲホッケホッ、と思わず噎せた。
「ちょおっ、大丈夫!? 」
ヴァンさんが背中をさすってくれる。
背中から伝わる、その手の大きさにも、鼓動が早くて。
「い……いつからピッチャーになったんですか……」
身を屈めて咳き込む合間に、何とか呟く。
「え? ああ確かにホームラン言うとったのにストライク……いや、厳しいなあニックネーム、そこは見逃してぇや」
ヴァンさんはそう言った後、呆れたように笑った。
「ホンマ、可愛え恋人やわ。咳き込みながらも照れ隠しって」
笑い声とともにそんな言葉が頭上から聞こえた。私は思わず顔を上げる。
「照れ隠しなんかじゃ……」
「はいはい、わかっとるって。そやけど、もうちょい素直になってもええんちゃう?」
「何もわかってないじゃないですか……」
私は顔を歪めて呟く。
「ワイは、ニックネームのこと愛しとるで」
見上げた横顔、その視線がチラリと私に向く。
「この世の誰よりも、アンタだけを。ほんで、ニックネームの心を撃ち抜けるのは世界中でワイだけやって、言える自信がある」
強気な笑みを浮かべた、ヴァンさんは言った。
その瞳には、夜の深い色と、ナイター照明のダイナミックな明かりが光ってみえる。
「よっしゃ、」
固まったままの私をよそに、ヴァンさんはパンと自分の両膝を叩いた。
「ほんならホームランは、……ステージの上でな」
その指が、私の顎の輪郭をなぞった。髪を軽く揺らして離れる。
眉を歪めて、細めた目元が見えた。
「そろそろ帰ろか、あんま遅うなると心配するメンバーがおるし」
ヴァンさんは言って、コーラの残りを飲み干すと立ち上がった。
「ニックネームを独り占めの時間も終わりかあ〜」
伸びをしながら、歩き出す。
何が独り占めだ。私の心はいつだって。
そうして願わくば貴方にだってそうあってほしい。いや。
「愛してます! 私だって貴方を、撃ち抜いてみせますから!」
背中に向かって叫ぶと、目を丸くしたヴァンさんが振り向いた。
この人と出逢ってから、その剥き出しの情熱にあてられてから、どんどん欲張りになっていく。胸が燃え盛るようで、全部を手に入れたいと、手に入れられると、思えてしまうんだ。私だって、貴方と出逢っていい事尽くしなんだ。
「……なんやニックネーム……えらい可愛えこと言うてくれるやんか……」
「そうじゃなくて、」
言いかけたところで、突然ヴァンさんが笑った。
眉を思いっきり下げて、まさに破顔という表情は、少し幼くも見える。
「ほんま……」
ヴァンさんはそう呟くと、大きく息を吸い込んだ。
「最高やな! ニックネーム!」
そう叫んで飛びついてくるものだから、私は思わず声をあげる。飲みかけのカフェオレが溢れる!
そうして今日のようにホームランを逃したあの日、ヴァンさんが言った言葉を思い出した。
『アンタとやったらどこまでも行ける。お互いに高め合って、想像も出来へん場所へ。だからワイと付き合うてぇや。アンタの心を誰よりも熱くするって、約束するから』



Fin
prev next
back top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -